110「呪いを解け」
アスティアのもっとも過ぎる提案を受けて俺はロビオラさんちに向かった。
ワンパターンですまんな。
けど実際問題マジカル的な問題に対処できそうな人物をほかに知らぬ。
困ったことがあったらすぐ頼ってネ。
といっていたし――いってたよな?
とにかく俺はロビオラさんのエルフがかったバブみに賭けるしかないのだ。
「あ、あのですね。別に全員ついてこなくてもいいのですが」
「なにをおっしゃいますかクマキチさま。我らは一心同体です」
俺の背後をゾロゾロトと続くウェアウルフ一族&漂泊の騎士。
ヴィオレットと目が合う。
「む、なにかなクマキチ殿。しんがりは安心して私に任せてもらおうか!」
気合たっぷりで甲冑をガチガチに着込んだ女騎士さんもなにやらやる気を見せている。
いいんだけど、いいんだけどさぁ。
「まぁ、これはこれは寒いところを……。さ、皆さま、あがってくださいな」
半ば予想していたことだが、ロビオラさんは俺たちを快く迎え入れてくれた。
前回来訪したときにちょくちょく来てくれといわれたような気がしたが――。
ううう、さすがにバツが悪いな。
先に謝っとこう。
「すみません、ロビオラさん。無沙汰が続いた上に、いきなりこんな大勢で押しかけちゃって、ふんとにもう」
「いえ、クマキチさま。そのお姿を見ればご苦労なされたことがわかりますよ」
彼女は不平ひとついわずニコリと笑って俺をなにひとつ責めない。
ううう、やっぱ心が痛いぜ。
「ふふ、わたしにできることならドンドン頼っちゃってください。クマキチさまの都合のよい女でも足を運んでいただけるのなら、それでわたしは満足しちゃうんですよ」
ロビオラさんはえへ、と舌を出しておどけて見せた。
泣くのを必死で我慢しているような、その健気さが俺の罪悪感を煽る煽る。
あああ、シロクマのカルマはドンドン積み上がっていってしまう。
「さ、あったかいお茶とお菓子を用意いたしますわ」
そっとあくまで自然な形でロビオラさんは腕を絡めて寄り添って来る。
チラと振り返るとルルティナからの熱い視線が背中に痛いぜ。
いや、彼女もロビオラさんに知恵を借りる手前自分を抑えているというか。
とにかく帰ってから怖いな。
「エルフ……! 色気たっぷり……! そんなっ! 信じていたのに、クマキチ殿……」
密かにショックを受けている女騎士さんはきっと俺とロビオラさんの関係をメチャクチャに誤解しているのだろうが放っておく。
アスティアはひゅーっと口笛を吹いて「やるじゃない」と不穏なつぶやきを漏らしている始末だ。
「仕方ないわねぇクマキチは。もっとも魔術に関してはアタシやお母さまがスペシャリストだから、最後は本宅に戻って頼るしかないってカンジ?」
なんか勝ち誇っている魔女っ娘リコッタは相手せず。
近衛声明張りに華麗なスルーを決めると早速本題に入った。
「ズバリいうと俺の身体が縮んだのはなんでなんすかねェ?」
「ちょっと待ってくださいね。そのクマキチさま、そこに立っていただけますか」
テーブルを挟んで座っていた俺はロビオラさんの指示に従って椅子から立った。
彼女はふむんと小指を自分の唇に当てると思案顔で眉を寄せる。
どこか切なげで美人はどんな動作をしても絵になるな。
ロビオラさんはつかつかと俺に歩み寄るとぽすっと抱きついて来た。
「ンなっ――!」
ガタガタッとテーブルを鳴らしてルルティナが立ち上がった。
が、今の俺は時間経過とともにさらに縮んだのか、ちょうどロビオラさんより頭ひとつ小さいので彼女の豊満な胸に顔を埋める結果となった故意じゃないぞコマッタナー。
「あ、やっぱり。ねえねえリコッタ。クマキチさまがこれくらいだとやっぱりちょうどいいわね」
「◎△$♪×¥●&%@#+?!」
なにやらルルティナが両手を振り回して聞き取れない言語で喚いている。
てか、ロビオラさん、なんだか息が……く、るし……い。
「というのは冗談です」
「とっととクマキチさまから離れてくださいっ」
「もう、ルルティナさんそんなに怒らないでくださいよ」
バチバチッとロビオラさんとルルティナの間に激しい火花が。
「――と、まあ冗談はさておきですね。クマキチさまはわたしの見立てによればプチマムの術にかけられています」
「は、プチマム? 初耳だな」
「魔術というよりかは呪いに近いですね。クマキチさま、ここ最近でそのような呪いを受けた覚えはありますでしょうか?」
「ンなもんな――い、といいたいことだがひとつだけ覚えはあるな」
俺が思い当たったのは、十日ほど前に賞金稼ぎの残党であるコココ族の最後のひとりを屠ったときに、やつが口にしていた摩訶不思議な呪文のことだった。
「コココ族ですか。対処療法的ですが、固定化の術をかけますので、それで一時的に縮小スピードは低減されると思います」
「え、解呪はロビオラさんでもできないの?」
「すみませんクマキチさま。わたし、魔術は若いころにちょっとだけ手ほどきを受けただけで。叔母が生きていましたらお力になれたのでしょうが……」
「いや、謝んなくていいよ。ロビオラさんがいなけりゃこれがなんなのかもわかんなかったんだしさ」
「クマキチさま、消えてなくなっちゃうの?」
怯えたような声を珍しくアルティナが上げた。
「ううん、そんなことないわよ。ただ、プチマムの魔術は対象者を縮めるもので、消すことはできないわ。ただ、目に見えなくなるほど縮んでしまえばちょっとしたことで命を失いかねないから……」
確かに顕微鏡でしか見えないレベルまで縮んでしまえば日常生活は不可能かも。
「ひの、ふの、みの、よの、いつ、むーのなな、やあ、ここ――」
むにゃらむにゃらとロビオラさんが固定化の術を詠唱し出した。
「とうっ!」
びかびかっと彼女の手のひらが光って俺の身体に放射される。
「クマキチさま、どうですかご気分のほうは?」
ルルティナが駆け寄って俺の身体をさすってくれるが、特に目立った変化はない。
「あ、うん、いや、とりあえずはなんともないかな。ロビオラさん、ありがとう」
「いえ、根本的な問題解決には至っておりませんので。困りましたね。本来ならば高位の術者に相談しなければなりませんが、この辺境では呪いを解く術者を探すことはかなり困難かと思われます」
「ねえ、ねえ。ねえさまークマキチさまどうなっちゃうのー?」
「ん。大丈夫よラナ。お姉ちゃんがクマキチさまをお助けするからね」
リリティナはかなり困った表情で袖を引くラナを誤魔化していたが――。
正味、マジどうしようかなー。
「んんん。確かにこの辺は森ばっかだし、すぐそばのアルムガルドに都合よく解呪専門のプロなお方とか営業してないかなー」
「アルムガルドでは魔術師自体が僅少であると聞きました。それにこのプチマムの縮小化はこうして手をこまねいているうちにどれほど進むかわたしではなんともいえませんので。そうですね、せめて高位の精霊の助力でもなければ――」
ん?
ああ、そういや都合よくそういう存在に心当たりがあるな。
というわけで俺たち一行はロビオラさん母娘を加えて近在に住む白の女王とドワーフのバリスが住む小屋に藁をも掴む思いで足を向けていた。
邪念を捨て去った白の女王は一連の戦いののち、己が荒ぶったことを深く詫びて俺ことシロクマと和解が成立していた。
彼女は神殿に封じられる前はヴァリアントの森を守護する精霊であり、手づまりな俺は彼女の知恵にすがるしかなかった。
白の女王とバリスは突貫で作った簡素な小屋で生活をはじめていた。
なんというか、ドワーフのバリスは本職である。
丸太など余っていた木材は提供させてもらったが、それでも三日経たぬうちに小屋を組み上げてしまった。
以前、人間たちの小屋でパクった大工道具も貸し出しを行ったが、俺たちが作ったログキャビンとは出来具合が雲泥の差なのだ。
「そうですか。確かにクマキチさまがかけられている呪はかなり古い術式によるものでしょう。ここまでのクラスになると、解呪が可能なのは西の森に住む沼地の魔女くらいしかわたしも思いつきません」
なんと……!
いきなり打開策が見つかったぜ、やったね。
「ジョアンヌ。漠然と西の森の沼地といってもクマキチさんは見当がつかねぇ。具体的な場所を教えて差し上げるんだ」
「それもそうですねバリス。失礼しました、今、地図を書いてご説明いたします」
つーか白の女王って名前があったんだ。
ちとびっくり。
にしてもなんだな。
焼けぼっくいに火がついたとはまさにこのことで。
以前は恋人同士だったふたりが所帯を持ったことは大変よろこばしい。
しかしここまで素直にいちゃらぶオーラを出されても対応に困るぞ。
リア充は滅せよ。
マジで。
「クマキチさま、沼地の魔女が住む森は隣領パールランドに入ってすぐの街リオウから歩いて一日の場所です。地図を作りましたのでお持ちください」
白の女王は羊皮紙に魔女の居場所を示した地図を描くと筒に入れて渡してくれた。
「ああ、白の女王とバリスさん。ありがとう」
「一緒に添え状も入れておきました。彼女とは数回会っただけですが、力になってもらえるよう頼んであります」
おお、俺とバトったときとは違って実に淑女的な心配り。
なんかスムーズに問題解決までのプロセスが浮かび上がってきて素敵。
「クマキチさま。準備ができ次第魔女に会うため旅立ったほうがよろしいかと思われます。プチマムの魔術は術者が死んだことによってさらに強まっております」
ぬう、死後に強まる念能力みたいなものか?
「プチマムの術によってクマキチさまが豆粒より小さくなるまでの期間はおそらく十日かそこら。隣領まで三日。森には行って魔女がいる沼地まで丸一日とすれば、それほど余裕があるとはいえません。早々にご決断を」
うん、白の女王がいうとおりだ。
とっととログキャビンに戻って支度をして旅立たねば。
幸いにも今の俺は通常女の子サイズの身長にまで縮んだから服装で誤魔化せないこともないだろう。
あ、けど、人間の領地を通行するなら案内人が必要じゃないのかな。
といっても、俺の知り合いってヨーゼフたち冒険者のみなさんだけだしな。
繋ぎはどう取ろうか。
「それでしたらクマキチさま、わたしが使い魔を送ってニンゲンの街まで伝言を送りましょう」
そういうと白の女王は小さく口笛を鳴らして手元に真っ白な小鳥を呼び出した。
スッゲー手品みたいだ。
「クマキチさま、この小鳥に手をやって伝言を伝いたい相手と街のだいたいの場所を思い浮かべてください。あとは使い魔が自分で探しますので」
ぬう、この白の女王なにげにロビオラさんより有能なマギウスである。
一家に一台は置いておきたいタイプ。
俺はそっと手のひらと使い魔さんの頭に乗せて、おそらくは街に帰還しているであろうヨーゼフの顔を思い浮かべた。
「あとは伝言をこの場でおっしゃってください。使い魔が伝えます」
うーん、ドローンより有能じゃね。
恐るべしファンタジー世界。
「――ええ、あ、えーとだな。俺だ、クマキチだ。ちょっとばっかりよんどころない事情で隣領のパールランドに行かなきゃならんことになった。できればおまえさんの伝手で信用できる道案内人を探しておいてもらえると助かる。突然で悪いけど、明日の朝、森の入り口で落ち合えれば大変助かります。ヨロシクね。っと、こんなもんかな?」
「ええ、結構です」
それだけいうと白の女王は窓を開けて小鳥を飛び立たせた。
いってらっしゃい小鳥さん。
道中気をつけてね。
「アルムガルドまでなら四半刻もかからず着きます。クマキチさま、本来ならばわたしが直接同行できればよかったのですが、この身はこの地に縛られていますので――」
「いや、ここまでやってもらえれば御の字だよ。あとは自分のことだから自分たちで宰領する。本当に助かった。感謝している」
「いえ、こんなことくらいでしかお力になれず、申し訳ございません」
白の女王はそういうと静かな微笑みを湛えて傍らに立つバリスに目配せをした。




