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11「ウサギを捕らえよ」

 今回に限っては罠を用意しなかった。


 ジャッカロープなる悪いウサギさんが草をはみに来るのをジッと辛抱強く待つだけだ。


 現代日本と違って時間は山とあるからな。

 何日だってここで粘ってやるという強い気持ち。


 俺はルルティナたちを洞窟に戻して引き続き作業に当たらせると、ララ、ラナ、ラロの三人娘を左右に配して辛抱強く待った。子守を押しつけられたともいえる。


 彼女たちはあまりに暇だと騒ぎはじめやしないかと思ったが、祖先に狼の血を引く由緒正しい獣人の彼女たちは腹這いになってジッと待つということが苦にならないようだった。


 力を入れたのは日が落ちてからだ。だいたいがウサギというものは夜行性なのだ。


 夜、車を田舎で走らせるとヘッドライトの光で草むらがぴかりと赤く反射する経験は誰でもあるだろう。


 これらの運の悪いやつらはノコノコ車道に出てきてロードキルの対象になる。


 朝方、カラスがいっぱい高っているのはミンチにされた野生動物の死肉を喰らっているからだね。


 息をひそめて待っていると、沢の対岸でガサゴソ動く音がした。


 すわ! 獲物かと思い、いざ出番と奮い立って立ち上がると……いや、まあ。まいったな、こりゃ。


「お、俺の想像とぜんっぜん違うんですケド」

「うふーっ。がるるっ」


 いきり立った三人娘は幼いながらも一丁前に野生へと回帰したかのように唸っているが、対岸でひくひく鼻を蠢かせて立ち上がったそれは――普通にバケモノだった。


 なにせ体長は大型犬くらいはある。


 なんとも丈夫そうな枝分かれした角を持ったジャッカロープたちは、ひしひしと群れを成して対岸を制圧しはじめていた。


 数十ではきかない。一〇〇余羽は超えているだろう。

 ちょっと無策では飛び込む勇気が出んぞ。


「がうううっ」

「がるーっ」

「がふうぅっ」


「あ、こらっ。待ておまえたちっ!」


 俺が制止するのもまるで聞かず、三つ子たちが目を真っ赤に光らせ突撃を開始した。


 ああ、もおっ。こうなったら突貫あるのみだっ。


 引きずられるような形で俺がざあっと姿を現わすと、ジャッカロープたちはビクッと身体を鋭く震わせて遁走を開始した。


 これがまた早いんだ。暗夜でもよく利く俺の目の死角を突いて、四方へと群れは散ってゆく。


 いつものように立ったままじゃ追いつくことなんてできない。


 俺は本領を発揮するため四足の姿勢を取って、斜面を駆けあがるジャッカロープたちをしゃにむに追った。


 普通のヒグマですら開けた平坦な砂利道では時速六〇キロで走るケットラと並走するスピードを持っている。


 今のチート染みた筋力を持つ俺ならば優に一二〇キロは軽く出せるのだ。


 この巨体でチーターを超えるスピードと持久力を持つシロクマに駆け負けるなどはありえない。


 飛び上がって白いウサギのうしろ足に噛みつくと、わずかに素早さの鈍ったところへ「そおい!」とのしかかり、一瞬で首を噛み千切った。


 チラチラと赤い血が体毛に降りかかるのを構わず、野山をジグザグに走って、二羽、三羽、四羽とこのバケモノウサギを一方的に狩ってゆく。俺、絶好調。


 唯一反転して戦いを挑んできた特大の角を持つ個体がいたが、俺は軽く腕の一撃で頑丈そうな枝角をポッキーみたくへし折るとさらに追撃を続けた。


 相手はなりふり構わぬ総退却を決め込んでいるが、撤退戦ほど無防備になる状態は古今東西のいくさが教えてくれていた。


 なんと俺は、この日だけで二十七羽という転生はじまって以来の大殊勲を上げることとなった。こりゃ運ぶだけでも大変だぜ。


 ちなみに三つ子たちも協力してなんと自分たちだけで三羽ものジャッカロープを仕留めていた。美しき姉妹愛の発露というものだな。


 合計三十羽である。さすがにこの数をひとりでさばくのは無茶に等しい。


 あまり時間が経つと血が回って肉の味が落ちてしまう。


「ララ、お姉ちゃんたちを呼んでくるんだ。急いで」

「うんっ」


 全員がそろったところでウサギの解体がはじまった。


 すでにあたりは真っ暗なのでたき火を幾つも作って明度を保持する。


 このジャッカロープたちは大きめの犬とそう変わらない大きさだ。


 おそらく一羽三十キロはありそうだった。


 深夜の大収穫に驚いていたルルティナたちもナタや包丁を手にすると、慣れた手つきで解体を進めはじめた。


 ウサギの骨ってのは脆そうに見えて案外固いのだ。


 俺は素早くジャッカロープの赤茶色い毛皮を剥ぎ取ると、オノを使って四肢を切り落としてゆく。


 木製のボウルに切り落とした肉や内臓をバンバン入れてゆく。


 すぐそばに小川があったので余計な血を洗うことがすぐできてラッキーだった。


 頭を断ち割って脳みそも取っておく。実は脳の部分が独特のコクがあって美味いのだ。


 各部位の肉も実に筋肉が詰まっていて密度がある。

 噛めば噛むほど牙を弾き返すほどである。


 余りに量が多いので、三分の二は燻製にして冬に備える。


 んで残った分を半分は煮込んで鍋にして、もう半分を焼いて喰らうのだ。


 といっても十羽ほどは結構量があるので食いでがあるぜ。


 ちびっ子たちの瞳が深夜だというのに期待で爛々と輝いている。昼夜を問わず食えるときに食うってのが野生の法則だ。


「あの、クマキチさま。この緑のものはなんでしょうか」


 胃の内容物を掃除していたリリティナがジャッカロープの腸に繋がって出てくるモスグリーンの緑の塊を不思議そうに眺めていた。


「ああ。それは糞だよ。ウサギ糞だ。草とか未消化だから鮮やかな緑なんだ」


「ふ、糞っ?」


 リリティナはびっくりして腸ご糞をぺいっと投げ捨てた。ああ、もったいないなぁ。


 マタギはこの未消化で栄養価もまだある糞を必ず鍋に混ぜるっていうのに……。


 人によってはウサギさんの緑のコロコロを入れないとウサギ鍋の味がしないと文句をいう人もいるそうだ。


 ちっちゃな頃からオジィといっしょに猟師鍋を幾度も食ったが、糞を入れるのと入れないのでは確実に風味が違う。


 ま、今回はお嬢さまが嫌悪感を抱いているので入れなくてもいいだろう。


 俺も別に食糞マニアではないからな。糞にこだわりもクソもないわ。糞だけにな。


 にわかな宴に三つ子たちも興奮を抑えきれないのかあたりを意味もなく駆けまわっている。ときどき躓いてこてんと倒れるのがなんともいえずかわいい。


「おねーちゃんっ。あたしたちウサギさんとったんだよっ」

「とったんだよ」

「とりまくりだよっ」


「……そう」


 三つ子たちは両手をぐるぐる回しながらアルティナに元気よく報告している。


 そういや軽く流していたんだが、こいつら噛みつきだけで三羽も仕留めたんだよなぁ。


 よく見ると鋭い犬歯に血がこびりついていた。アルティナは鍋に浮いたウサギ肉のあくをすくうことに余念がないらしい。揺るぎねぇなぁ、この子は。


 そして深夜の爆食大会がにわかにはじまった。明け方までに俺たちは鍋のほとんどを食いつくし、焼いた肉も残らず胃の腑に収めた。ごっそさん。


 ちっちゃな子たちは食事の途中で疲労の極みに達したのか寝てしまったけどね。







 とりあえずログキャビン建材である丸太の皮剥ぎはほぼ終わった。なのでいよいよ組み立てに入る――前に、やっておかなければならないことが幾つかある。


 寸法合わせと刻み目だ。


 丸太をそのまま並べても当然のことながら積み上げることはできないので刻み目を入れなくてはならない。


 ログキャビンを建てるためには丸太の両端に馬の鞍型の刻み目(サドルノッチ)を入れる必要性がある。


 固い丸太に刻み目を入れるのはまる軽くあたりを取って、鑿でだいたいの刻みを丸く取り、オノやナタで削ってゆく地道な作業だ。


 チェーンソーがあればずっと素早く楽に終えることができるが、ないものねだりをしてもしょうがない。


「そんじゃ玉切りからはじめよっかな」


 玉切りとは打ち倒した木を寸法ごとに切り分ける極めて初期段階の作業である。


 木挽き職人がはじめに覚えるのがこれだ。俺は別段職人でもなんでもない。


 祖父のやっていた真似事ができるというわけで、本職からみれば素人仕事丸出しだろう。


 が、別に売り物を作りたいってわけじゃない。寒さをとりあえず凌げればいいって程度のレベルなのででき具合はご容赦いただきたい。


 そもそも玉切りは技術もなにもいらない。力さえあればオッケーなので、昔は両国の相撲上がり、すなわち廃業力士がよくやっていたものなのだ。


 俺はシロクマに生まれ変わった男だし、膂力に関しては万人力である。


 その点玉切りには向いているといえた。


 ここで登場するのが、ようやく出番を待っていた大鋸(おが)である。


 わかりやすくいえばノコギリの親分みたいなやつなのだが、これを使うのは専門の木挽き職人くらいだろう。


 普通のノコギリは水平な柄に歯がついているのだが、大鋸はちょっと……というか全然違う。


 歯に対して柄が「へ」の字に曲がっている。峰の部分がボコッとカマボコのように膨らんでいると思ってもらえばわりやすいだろう。


 とにかくこの異形な道具は太い材木を挽くのに適している。


 大工の使うような柄が平行なものであるならば、丸太を一本挽くのに時間と労力がかかりすぎるのだ。


 その点大鋸(おが)は歯が曲がっているので木材を上から押さえつける力が働き非常に効率がよいのだ。


 そして巨大な図体から大鋸(おが)は勘違いされやすいのだが、こいつが威力を発揮しているのは先端の刃先数ミリ部分でありギザギザ全体ではない。


 よく見ると刃先の先端一ミリ部分がちょんがけといってへこんでおり、そこで木材を削っているのである。


 また、普通のノコと違うのは、刃先は先端のほうが太く峰についている根元のほうが微妙に細くなっている。


 これは歯が木材に食い込んでいくと摩擦でキュッと締めつけられるのを防いでいるからだ。


 さて講釈はこれくらいでいいにして、と。


 俺は丸太を抱え上げると、運んできた死角の石で固定し、寸法合わせの玉切りを開始した。


 えっさほいさと大鋸(おが)を挽く。この作業はルルティナたちにも手伝ってもらった。


 実はうすうす気づいていたのであるが、ルルティナ、リリティナ、アルティナの三人は並みの成人男子程度の膂力は持ち合わせているのだ。


「さすがに俺ひとりでこんだけ挽くのは大変だからさ。手伝ってくれよ」


「えぇー。クマキチさま、私にこんな力仕事できますでしょうか」


 ルルティナが渡された大鋸(おが)を持ったまま不安そうに上目遣いで視線を合わせてきた。


 ううっ。そういわれると、そうかなぁと思ってしまう意志薄弱な俺。


「姉さん。いまさらかわい子ぶらないでくださいよ」

「なっ。リリティナ、あなたねぇ――!」


 白けた口調で諭される妹にルルティナが食ってかかる。


 え、えーと。オッケーってことでいいんだよねぇ……?


 ちょんちょんと背中をつつかれ振り向くと、ねじり鉢巻きをしたアルティナが三つ子を従えて、ふんすと気合をみなぎらせ「どんとこい!」と胸を張っていた。


 おお。なんかこいつは頼りになりそうだな。


「じゃ、じゃあアルティナはララたちと協力して上手く作業してくれ。わからないことがあったらドンドン聞いてくれよな」


「ん。任せて」


 そこでぎゃあぎゃあいい合っている姉たちとは違ってアルティナはなんともいえない鷹揚さが漂っている。こいつは信頼できそうだな。


 とりあえず建材の丸太は余裕を持って五十本ほどあれば足りるだろう。


 アホみたいに太い大樹を割るわけではないので、それほど日数も必要ないと思う。


 黙々と作業をしているうちに、時間はどんどんと経過してゆく。季節は晩秋であり冬が近づいているので日が落ちるのも早い。


 スピーディーに玉切りを終えて、とっとと刻みに入りたいところだ。


 夕飯を終えたのち、俺は件の天然温泉に浸かって疲れを癒した。


 シロクマなので不用意に熱を上げるのはどうかと思ったが、そもそも今の身体が純粋にクマと同様なのかはよくわからない。


 山に生きる生物はたいがい寄生生物に犯されているが、元来クマ自体はダニなどは少ない。


「ま、エチケットだよな……」


 間借りさせてもらっている家(洞窟)の住人は全員女の子なのだ。彼女たちの身に着けているものは質素であるが、数少ない数着をこまめに洗濯して着まわしている。


 ルルティナがいうには彼女たちが温泉に浸かっていると山猿などが興味深そうに見に来るらしいがさすがにクマである俺のときは臭いで恐れて誰もやってこない。ちょっと寂しいかな。


「そういや昔の信州の猟師は猿も捕まえて食ったって聞いたな」


 食べるのは無論ニホンザルだ。特に脳みそを啜るのが美味かったらしいが、人間にあまりに似ているので戦後くらいを境に食わなくなったらしい。


 まったく人間てのは口に入るものはなんでも食うね。


 湯から上がってぶるぶるっと水切りするとなんとも気持ちい。


 そういやこの身体、確実に二二〇はありそうなんだけど、モノが……なんというかかわいらしいのだ。


 結構ショックである。


 いやかわいらしといえども、人間に比べてはマシなのだが、大きさに対してアレじゃね? と、思った次第である。


 シロクマになんか転生したおかげで性的思考がまったく変わったのかな、と思いきや実はそうでもない。


 ルルティナなんか出るとこは出てるし、お尻もぷりぷりしているので、やばいかな? と思ったのだが、繁殖時期ではないのか、ピクリともしないのだ。


 これはこれで精神的に愛でられるのでよしとしておこうか。シロクマであっても小さな悩みくらいはあるのだよ。


「クマキチしゃまー」

「クマしゃまさわるー」

「いっしょにねゆのー」


 湯上りで毛を乾かした俺に三つ子たちがダイブしてくる。もう気分は父親みたいなもんだね。


 こいつらが実のところかわいくて仕方ないのだ。ロリじゃないよ!


 仰向けになって腹に乗って来る子供たちをぽんぽんと放り投げてキャッチする。


 ルルティナたちは差し込む月の光で繕い物をしながらくすくす笑っている。


 ああ、なんと平和な毎日だろう。


「がうー」

 甘嚙みしてくる三つ子たちをじゃらしながら俺はぐふっと鼻を鳴らし目を細めた。




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