転校やら引っ越しやら叔父やら
設定とシナリオは友人の田井中亮祐と共同で考えています。共通のイメージを持つのが難しい!
「えー、皆も知ってるとは思いますけども、河津くんは明後日の日曜日には引っ越してしまうので、学校に来るのは今日が最後になります」
松之畑高校、3年D組。担任の先生は事務的に話す。
しかし、河津 勝星が引っ越すことを誰も知らなかった。
彼には友達がいないのである。
だからこそ今回の場合はざわめきが起きた。おそらく河津勝星がクラスメイトに影響を与えた唯一つの瞬間である。ざわめきは長引き、収まりそうもないので先生が耐えかねて言う。
「どうしたというんだ?」
「せんせー、オレ、さっき河津が帰ってるところ見ました」
彼の最後の言葉は誰かの耳に入ることは無かった。
「あら、カッくん。お帰り。皆にお別れの挨拶できた?」
「んー」
「あっそ。カッくんまだ持っていくもの決めてないでしょ?段ボール二つ用意したから要るものと要らないもの分けておいてね」
「あぁ」
勝星は言葉数が少ないが幼稚園児ではない。高校2年生だ。
部屋の片付けの前に冷たいお茶をグググッと飲むべく、リビングに向かった。
「あ、勝星!お帰り!久しぶりだねー」
「……なんでいる」
「だってこの家に一回も来たこと無かったから。引っ越すんでしょ?その前に遊びに来ようと思ってて」
この、我が物顔でお菓子を食べながらテレビを見ているおじさんは勝星の叔父である。
「仕事は?」
「今、仕事中ー」
と、お菓子をさらに一かじりしてふざけた声でいう。
「ゲーム作ってるんじゃないの?」
「5時から打ち合わせだからそれまでは自由ってところ」
「あぁそうなんだ」
勝星は冷蔵庫からお茶をとりだしコップにそそぐとココココと音がする。
「勝星は相変わらずだなー。今もあれやってんの?」
「あれか、あれな……」
と言ってお茶を一気に飲み干す。
「流石に6年も前に発売したゲームを未だにやってるやつはいないか」
勝星はそのまま無言で部屋を出ようとする。
「まあ、ゆっくりしていってよ」
バタン。
勝星の部屋は2階にある。漫画の雑誌が平積みで並んでいる。CDがケースに収まらず乱立している。服が床に散らばっている。
勝星はため息をついた。しかし、こうなった時の勝星は心を鬼にして物を捨てるタイプだ。ストレス発散するように段ボールに積めていく。
漫画雑誌は4年分毎週買っていたものが溜まっているわけだが、一括資源ゴミ行き。超有名アーティストの隠れた名盤と呼ばれる、プレミア価格で取引されるようなアルバムもまとめて要らないもの段ボール行き。服は全体の9割りは不必要と判断した。
勝星の仕分ける手が、あるゲームのパッケージを掴んだまま止まった。
「これか……」
勝星はゲームを見つめる。
目を細め、持つ方の手が微かに震える。反対の手は強く拳を握っている。
「うわぁ散らかってんなー」
背後に叔父が現れる。
「なにしに来た」
「あーこれこれ!!」
叔父は勝星から取り上げてパッケージの表と裏をくるくる返しながら見る。
「懐かしいよなー!俺が会社入って初めて参加したプロジェクトだから思い出深いわー!」
「はいはい」
勝星はゲームを取り返して、段ボールにできた山の頂上にそっと置く。
叔父は呆気にとられる。
「ちなみにどっちが不必要な方の段ボールなの?」
「二つとも」
勝星は部屋の真ん中にあるスーツケースを指差す。
「必要なのはスーツケースに収まるから」
「えー捨てちゃうの!?俺があげた思い出の宝にしてくれないの?」
「宝とか言ってたら引っ越しできないんで」
「寂しいねー。昔はさ、会うたびに、いい感じに進んでるって言ってくれてたじゃん!」
「昔はね」
「久々に付けてみようぜ!」
「おい!」
叔父は勝手にゲーム機を掘り起こし、ディスクを入れた。
「スイッチオーン!!」
叔父はスタートボタンを連打している。
「もう4時だよ。打ち合わせいかなくていいの?」
「ちょっとデータ見たら行くよ。あ!すげえ!プレイ時間カンストしてる!」
そこでゲーム画面が止まる。
「あれ?あれ?動かない、あれ?」
「それ、10回に一回ぐらいしか読み込んでくれないんだよ」
勝星はゲーム機の電源を落とす。
「随分やりこんだから……」
勝星は再び片付けようとする。
「……勝星!お前に仕事を頼む!」
「嫌です」
「断るの早すぎ!大丈夫。お前の好きなことだよ!」
「引っ越しの作業があるんで」
「引っ越しが終わってからでいい。引っ越し先で学校はすぐあるのか?」
「手続きがあるから一週間くらいは学校ないけど……」
「渡りに船!お前に頼みたいのはデバッグという仕事だ。知ってるか?」
「なんとなくしか知らないけど」
「そうかそうか!デバッグとは発売前のゲームを心いくまで楽しめる最高の仕事だよ!明日からうちの会社に来てくれたまえ!」