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ひめきち童話

ゆうくんのさんぽ

作者: ひめきち

「お母さん、ただいま!」


 ランドセルをカタカタ鳴らして、ゆうくんが学校から帰ってきました。


「おかえり、ゆうくん。お手紙あるかな?」

「はい。通知表もあるよ」

「わあ、いっぱい二重丸ついてる。がんばったんだね。えらいなあ」

「たいしたことないよ。ふつうふつう」


 口ではそう言いながら、お母さんにほめられたゆうくんは、まんざらでもなさそうです。

 今日は終業式。二学期最後の登校日が終わって、ゆうくんの小学校は明日から冬休みなのでした。


「それじゃあ、ゆうくん。明日からまたお願いできるかな?」

「うん、お母さん。大丈夫だよ、まかせてね!」


 お母さんとゆうくんは、冬休みの間だけ、ひとつの約束をしました。


『クロのさんぽを毎朝すること』。


 クロというのは、ゆうくんのおうちのい犬です。真っ黒な毛並みのミニチュアシュナウザー。かしこそうな瞳と、三才だというのにおじいさんのようなおひげをしている犬です。


 ふだんクロを朝夕のさんぽに連れて行くのはお母さんなのですが、四年生になったゆうくんは長いお休みの間だけ、朝の当番を受け持つことにしたのです。


(夏休みだってやっていたんだし、へっちゃらさ。今度はラジオ体操がない分、もっと楽チンかもしれないぞ)


 ゆうくんはそう思っていました。



 ✳︎



 次の日の朝。


「わあ、寒い寒い」


 つぶやきながら起きてきたゆうくんに、お母さんは手ぶくろとネックウォーマー、ダウンジャケットを手渡しました。


「寒いけど、よろしくね。あったかいココアを作って待ってるからね」

「うん。じゃあ行こうか、クロ」

「ワン‼︎」


 クロは嬉しそうに飛びはねました。おさんぽが大好きなのです。

 リードを付けてもらう間も、待ち切れないようにクロの短いシッポはゆれています。ゆうくんは玄関のドアを開けました。

 びゅう!

 一歩外に出たとたん、ゆうくんたちに向かって風が吹きつけてきました。冬の朝は雪だるまだってこごえてしまいそうな寒さです。


「思っていたより冷えるなあ……」


 昨日まで毎日登校していたのと同じ時間帯のはずなのに、いつもより寒く感じるのはなぜなのでしょう? 背中のランドセルがないからでしょうか。笑い合いながらいっしょに歩く友達がいないからでしょうか。

 冬休み前よりグンと人通りの少なくなった道を、いろんな場所をクンクンとかぎ回るクロに合わせてゆっくりと歩きながら、少しでも寒くなくなるようにゆうくんは体をちぢこませました。

 道ばたの雑草には霜が降りています。おまけにクロのマーキングあとからは湯気が立ち上っていて、やっぱりそんなに寒いのかと、ゆうくんは思わずわらってしまいました。

 気のせいか、クロもふるえているように見えました。


「お前も寒いんだな。さっさと帰ってこたつでココアでも飲もっか、クロ」


 ゆうくんはそう言ってビニールぶくろにクロの落とし物をひろうと、こころもち足を早めました。クロも「わふん」と賛成してついて来ます。

 クロはもちろんココアを飲むことはできませんが、生まれた時からずうっとおうちの中で育ってきたせいか、こたつが大好きな犬なのです。


(よく考えたら朝早く出なきゃいけないって事はないよな。お日さまが上ってしばらくしてからの方が空気だって地面だってあたたかいだろうし、その方がクロだってうれしいはずだ)


 クロのためにも自分のためにも、明日のさんぽの時間はもう少しおそくすることにしよう、とゆうくんは考えました。



 ✳︎



 次の朝、ゆうくんは一時間おそく起きてきました。

 ゆうくんがリビングに顔を出したとたん、こたつぶとんの上に寝そべっていたクロが喜んでかけ寄ります。さんぽに連れて行ってくれる人をちゃんと見分けられる、お利口な犬なのです。


「おはよう、ゆうくん。お休みだからなの? 今日はおねぼうさんね。クロがずっと待ってたわよ」

「うん、分かってるよ。行ってくるね」


 ゆうくんは、気合いを入れて外に出てみます。はく息は相変わらず真っ白です。

 せっかく工夫してみたというのに、寒さは昨日とあまり変わらないように思えました。



 ✳︎



 そのまた次の朝。

 寒くなるとふとんから出るのもひと仕事です。ゆうくんはパジャマのままリビングに来ると、すぐにこたつの中へもぐりこみました。


「ワン!」


 クロがゆうくんのほっぺたをなめに来ます。おさんぽのおねだりです。

 でも、こたつから出る気のないゆうくんが腕をのばして抱き寄せると、クロはあきらめたようにゆうくんの顔をもうひとなめ。それからそのまま座りこんで、自分の前足の毛づくろいを始めました。

 ゆうくんは目の前のクロのすがたをぼんやりながめています。


(生まれたての時は両手のひらに乗せられるくらいだったのに、大きくなったなあ)


 はじめてクロがお家にやって来た時、ゆうくんは一年生でした。犬が飼いたい、犬が飼いたいとお父さんお母さんへ必死にお願いして、小学生になった年にやっとゆるしてもらえたのでした。


「クロ……」


 なつかしい気持ちになったゆうくんは、クロの頭をなでてやりました。

 クロはクウンと鼻を鳴らして、ゆうくんのうでまくらの上に横たわります。


 ぬくぬくのこたつと心地良い重みをあずけてくる生き物の体温は、ゆうくんの眠気をさそいました。ほほにふれる鼻の先だけがほんのりとしめっています。


(かわいいなあ、クロ。あたたかい)


 ゆうくんとクロは、こたつでいっしょにウトウトし始めました。

 お母さんが台所からあきれ顔で声をかけてきます。


「ゆうくん、おさんぽは?」

「ううん……もうちょっと、あったまってからー……」


 こうやって、クロのおさんぽの時間はどんどんおそくなっていきました。



 ✳︎



「ねえ、ゆうくん」


 冬休みが始まって何日目のことだったでしょうか、お母さんが言いました。


「気付いてる? おさんぽの時間がおそくなっても、クロはお家のトイレでしないでしょう。あれはゆうくんがおさんぽに連れて行ってくれるのをじっと待っているからなのよ」

「そんな事分かってるよ。でもぼくだけじゃなくて、クロだって実は寒がりなんだよ」


 本当は、お母さんの言葉にゆうくんの心は少しドキンとしたのです。

 でも、クロのことを好きじゃない、みたいに思われるのが不本意だったので、ゆうくんはついそう答えてしまいました。


「……ねえ。もし、ゆうくんが朝は寒過ぎて行きたくないって言うんだったら……」


 ためらいがちなお母さんの態度に、ゆうくんはカチンときました。

 きっとお母さんは、ゆうくんに朝のさんぽをまかせたのは失敗だったと思っているのでしょう。クロのお世話係をやめるよう、言おうとしているのかもしれません。

 クロ自身は別にいやがっていないはずなのに。


「やめてよ! おそくても毎日行ってるんだから、それでいいじゃん!」

「ゆうくん……」


 ゆうくんのけんまくに、お母さんは困った顔をしました。

 ゆうくんがクロを大好きなのは、お母さんだってちゃんと知っているのです。ただ少しめんどうくさがりなゆうくんとクロのことが心配なだけなのです。

 お母さんはもう少し様子を見ることにしました。



 ✳︎



 次の朝、ゆうくんはやっぱりおそい時間にクロとさんぽに行きました。

 クロは待ちかねたように早足で進んでいきます。息をはずませてついて行きながら、ゆうくんは考えました。


(お母さんはああ言ったけど、あたたかい方が絶対いいに決まってる。なんてったってクロははだしなんだからな)


 いつものマーキングスポットで、片足を上げたポーズのまま、クロが切なげにキュインと鳴きました。


「……あれ?」


 ゆうくんは首をかしげました。

 電信柱の根元が今日はぬれません。


(おかしいな?)


 数メートル進んだ先で、クロがまた立ち止まります。今度はポツポツ、とぎれとぎれの雨だれのような音が聞こえました。


(なんだろう。が悪いのかな? まさか病気?)


 気になったゆうくんは、いつものおさんぽコースより長めに歩き回りました。そのおかげか、何回かマーキングの動きをくり返すうちに、クロはいつもの勢いを取りもどしたようでした。ゆうくんはホッとしてお家にもどりました。


 おさんぽの後は、クロを室内に上げる前に、よごれた所をキレイにしてあげなくてはなりません。

 ゆうくんは玄関のかまちにすわると、ひざの上でクロをあお向けにして足のうらの肉球をふき始めました。それからマーキングの後始末をしてふと見ると、ウェットティッシュには黄色いウミのようなものが付いていました。

 ゆうくんは思わずクロを抱きしめて、台所に向かってさけんでしまいました。


「お母さん! クロが! クロがなんか変‼︎」


 あわててお母さんがやってきます。


「どうしたの、ゆうくん。変って何?」


 ゆうくんはお母さんに説明をしました。

 さんぽの時にクロのおしっこの出が悪かったこと、その時少し苦しそうだったこと、帰ってきてふいたら黄色い何かが付いてしまったこと。


(ぼくがめんどうをみてあげなきゃいけなかったのに)


 自分の勝手な考えでおくらせたさんぽが原因でクロを病気にしてしまったのだとしたら、ああ……どうしよう。


 うでの中のクロはつぶらな瞳でゆうくんを見上げています。

 ゆうくんは不安におしつぶされそうでした。


「ちょっと見せてね」


 お母さんはゆうくんに代わって優しくクロをだっこすると、もう一度ていねいにふいてあげました。クロは特にいやがる様子を見せませんでした。お母さんはクロをそっと床に下ろしました。


「キレイにしたから心配しなくていいわよ、ゆうくん」

「ほんと? クロはもう平気? 何だったの、これ病気?」

「うーん……オス犬にはたまにあるみたいだよ。原因はお母さんにはよく分からない。清潔には気をつけてたつもりだったけど、ストレスからくるっていう説もあるし……」


 それを聞いて、ゆうくんはくちびるをかみしめました。


(……ぼくが毎朝クロにガマンをさせていたせいもあるのかも……)


 ゆうくんは、のどのおくに、熱いかたまりがつっかえた気がしました。

 そんな表情を見かねたのでしょうか。そっと近よってきたクロが、ゆうくんのわき腹に体をすり寄せました。

 あたたかくてやわらかいクロ。

 ゆうくんは、クロが全身を使って「大丈夫だよ」と優しくなぐさめてくれているような気がしました。


「……ごめんな、クロ」


 クロの頭をなでてゆうくんが言うと、


「お母さんもごめんね。クロの不調に気付いてあげられなかったね」


 お母さんもクロのせなかをさすります。

 二人にかまってもらえてうれしいのか、クロはくんくんと鼻を鳴らしました。そのいつも通りの元気な様子に、ゆうくんとお母さんはホッとします。


「ねえお母さん。クロ、いちおう病院につれて行った方がいいかな?」

「そうね、そこまでひどくはなさそうだから、今日のところは清潔にして様子を見ましょう。いつもよりたくさんおさんぽに連れて行ってあげましょうね」


 ゆうくんはその日、お母さんといっしょにクロとたくさん遊びました。

 一日中気をつけていましたが、朝以来クロには変わった様子が見られなかったので、ゆうくんは夜安心してねむることができました。



 ✳︎



 そして次の日から、ゆうくんとクロのおさんぽは少しだけ早く始まり、かかる時間は少しだけ長くなりました。


 ゆうくんいわく、「北風がどんなに寒くても、心の中がポカポカしていればへっちゃら!」なのだそうです。



(蛇足ですが)

※注意※ 犬にも膀胱炎、包皮炎等があります。症状が続く時、酷い時は動物病院での診察をお勧めします。

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