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限りあるからこそ  作者: 白木蓮
第1部
7/11

平和の森公園01

 翌朝、僕は渋谷駅前へ向かった。ハチ公という犬の銅像前が祥子さんとの待ち合わせ場所だ。

 外気で冷たくなった両手をすり合わせ、息を吐きかけながら仰ぎ見る。空は青々としていた。ぷかぷか浮いているパンのような雲は美味そうに見える。秋終盤らしい肌寒さはあるが、薄手のコートを着込んでマフラーをしていれば充分耐えられた。朝でこのぐらいの冷えだから昼ごろにはコートが邪魔になるかもしれない。


 さて、ハチ公はこの辺のはずだけれど。僕は左右に首を振る。見つけて、あ、もういる。と口の中で呟いた。

 昨夜までの雨の名残で周辺の石畳が湿っていた。銅像の後ろにある鉄パイプらしきアーチ型の腰掛けには、雨滴が残っているみたいで腰掛けている人は誰もいない。

 ハチ公の真ん前で温かい陽光を浴びている祥子さんが、僕に気づいて瞳を上げた。首を傾けてにこりと微笑む。今日の彼女は長い髪を可愛らしくポニーテールにしていた。


 僕は駆け寄って腕時計を確認した。まだ待ち合わせの五分前だった。

「待たせてすみません」

「いえ、私が早く来過ぎちゃっただけだから」

「どのくらい早く着いちゃったんですか」

「十五分前くらいです」


 そんなに早く、と僕はぼんやり呟いた。祥子さんはもこもこの白いマフラーを首に寄せる。ピンクの艶を放つ指先がしもやけのように赤い。

「待つのは苦痛じゃなかったです」

 言って、表情をころころ変える。

「結城さんまだかな? あっ来た。あれ? なんだ違う人――って一喜一憂してましたから」

 僕は祥子さんを一喜一憂させたようだ。そんなに今日を楽しみにしてくれていたのだろうか。なんともいじらしい。にわかに嬉しく思ったが、どう反応したものか。僕は後頭部を撫でつけた。


「とりあえず、行きましょうか」

 駅のほうへ足を向ける。

「どこへ行くんですか」

「どこか行きたいところはありますか」

「私が決めていいんですか?」

「特に考えてなかったので、行きたいところがあれば。差し当たり渋谷は出たいんですが。ごちゃごちゃした雰囲気は苦手で」


 計画性がない。自分で誘ったくせに我ながらやる気がなくて呆れる。

 僕の無精さに機嫌を損ねることなく、祥子さんはぱあっと笑った。外の明るさの下では彼女の顔色も多少健康的に見える。


「そんな気がしてました。夜のうちに行きたいところを調べておいてよかった」

 祥子さんは小さめのショルダーバッグを開いた。そして折り畳まれた用紙を僕に差し出す。

 開いてみると、彼女が行きたい場所、平和の森公園への交通アクセスがプリントされていた。思わずふっと一笑する。

 事前準備は抜かりなく。僕の気質を見抜かれていたみたいだった。

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