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限りあるからこそ  作者: 白木蓮
第1部
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僕の今01

 こんな未来が訪れようとは、この時代の人たちは夢にも思わなかっただろう。

 大学の研究室で僕は江戸後期の浮世絵を前にしていた。得てして無関心な己が微小に興奮している。蔵から発見されたばかりで絵の状態は悪い。刷毛で埃を慎重に払う。


「奇跡だ。岩佐作の最後の作品、百物語。二千年ずっと蔵で眠っていたなんて」

「こっちはそれのさらに上を行く」

 隣で絵の修復作業をしている友人が、四つん這いで作業していた半身を上げた。

「十五世紀に活躍した画家、アンジェロの聖母子だ。幻の作品なんて言われて信憑性が薄かったが、実在したことを証明できた」


「よく見つけたな。アンジェロにかける光宏の執念はすごいよ」

「そりゃ最後の一枚となれば過去にも渡るさ。なんせ、これですべてのアンジェロ作品が揃ったことになるんだから」

 光宏は過去に戻って聖母子のありかを探していた。本当に絵は存在するのか、存在するとしたらその絵はどんな旅を経て、いまこの時代のどこにあるのか。


 ――タイムトラベル。時代を遡ることは三食の飯を食うぐらいに簡単に実現可能になった。ただ誰もが時間旅行できるわけではない。過去に干渉して未来が変わるようなことがあると大事だから。資格を得るには明確な目的はもちろんだが、特に人格が審査に影響する。もっとも適しているのは無関心者、つまり僕たちのような人間がタイムトラベラー資格を取りやすかった。


 僕は光宏の変化に気づいた。

「また変えたのか? 顔」

「分かる? 十歳若返らせてもらったんだ」

 光宏はけろっと笑った。修復作業に居合わせた先週までは、笑うと目尻に小皺ができていたのに、ピンと張りがあった。


「いまいくつだ? 表面上は」

「青春を謳歌中の十八歳でーす」

「僕より八歳年下か」

 光宏は片眉を下げて後頭部をさすった。

「いまの彼女が十八でさ。おじさんはヤダって言われちゃって」

「そんなくだらないことで。半年前に三十の女に惚れて、歳を合わせたばかりじゃないか」


「なんだよ、結城。お前、いつから肉体移植反対派になったんだ」

 と不快そうでもなく光宏は僕を笑った。

「反対とかそういうんじゃなくて、女に合わせ過ぎだと言ったんだ。容姿で好きになるならないが決まるなんて、不健全だと思う」

「顔そのものを変えたわけじゃないぜ。若いころの自分に戻してもらっただけだろ」


「同じじゃないか」

 違うよ、と笑い飛ばして光宏は作業に戻る。

「けどちょっち疑ってんだよね。彼女、生の十八だって言うんだけどさ~」

「歳を誤魔化してるって?」


「うん。会話がたまに合うんだよ。百年前のドラマを知ってたり、とっくに死んだ俳優のファンだとか言い出したり。疑うだろ?」

 と言いつつもあまり気にしているようには感じられない。自分の彼女のことなのに井戸端で噂に明け暮れるおばちゃんのような言い草だ。光宏は本当に彼女のことを好きなんだろうか。


「極めつけはさ、カラオケに行ったとき」

「彼女が古い曲を歌った」

「惜しい!」

 光宏は親指を鳴らす。

「その逆! 俺が歌った古い歌を聞いて、懐かしい~って涙ぐんだんだぜ?」


 吐息と一緒に僕は小さな笑みを零した。

「それは疑惑も芽生える」

「だろう? まあさ、実年齢が百超えてたって構やしないけど。なんで女って隠したがるんだろうな」

 光宏はからんころんと頭を振った。溶剤を浸した綿棒で絵のクリーニングを続ける。眼を凝らし、ロボットに任せられればな~、とぶつくさ言いながら。


 完全自動化された乗り物。食事を取るのが面倒な者のための、一粒摂取すれば一食分の栄養と満腹感を得られるサプリメント。家庭ロボットは一家に一台は普通で、産業用、医療用などを合わせると、人間よりもロボットの人口のほうが多い。人の手を必要とすることが大幅に減った現代だけれど、絵の修復などの繊細な作業はロボットに任せられなかった。


「何もかもロボットがやってくれるんなら、僕たち人間は不要になってしまうよ。それと、女は若く見られたい生き物らしいよ、いつの時代も。たとえ肉体は若かろうが」

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