伊藤氏は思案する②
お待たせしております。
宮物産
内線のコール音が事務所でなる。ワンコールで取るのがマニュアルになって久しく、新人、ベテラン関係なく、電話当番は回って来る。取れない時は両隣がフォローをする。それがここの会社のルールだ。あいにく当番が先に外線を対応しているため、フォローに入る。
「総務課二階堂です。はい、では受付まで出迎えます。ありがとうございます」
席を立ち、課長の居る席に向かって報告をする。
「課長、EMOの伊藤様来社されました。受付まで出迎えてから小会議室1にご案内します。」
「わかった、先に小会議室に行ってるから案内を頼む。」
そそくさと、先に準備された資料を手に持ち、二階堂女史とは逆方向に進む。他にも数人同じような資料を持って立ち上がる。
〇〇〇〇〇〇〇
午後一の時間に宮物産本社受付に到着した。今日は秘書が用意してくれた菓子折りがあった。従姉妹の真由美曰く、必ず二階堂さんに手渡すようにと言っていた。不自然にならなければいいのだが、真由美の存在を全面に出して回避すればいい。いつも日替わりで案内してくれる人が変わる宮物産は、良くも悪くも男女平等だ。沙織嬢にはまだ当たってはいないのだが、今では楽しみになっている。社内での運用を検討をしてみよう。
「お待たせしました。私総務課二階堂です。本日は人数が多いため小会議室までご案内します。」
エレベーターから女性が下りて、俺の前で立ち止まると、キビキビとしながらも女性らしい柔らかさを感じさせる挨拶だった。真由美の後輩に当たる二階堂さんのようだ。これはある意味当たりの日だ。
「ありがとうございます。つかぬ事を聞きますが、伊藤真由美を覚えておられますか?」
なにげに質問をすると立ち止まり、パッと表情をほころばせた。両手を合わせて、喜びながらもしとやかな仕草を見せる。よく見ると目もキラキラさせていた。勘違いをする男が沸いて来そうだ。
「清仁女学館に行っていらした、真由美お姉様の事でしょうか?私幼稚舎の頃よりご一緒させていただいておりましたの。高等部と大学部では特にお世話に為りましたわ」
「ええ、その伊藤真由美です。実は従姉妹なのですよ。宮物産との取引を聞き付けて私にお使いを頼むので、早く会えてラッキーでした。これ、真由美から二階堂さんに渡すように言われたのですよ」
愛想よく見える笑顔を貼付けて手に持っていた洋菓子店の紙袋を渡す。そして思い出したように聞こえるよう、少し間を取ってから、真由美からの伝言を告げた。
「・・・・それから、真由美が二階堂さんに、二人目を産んでから会えていないから、もしよかったらお茶でもと、言ってました。アドレスが変わっているそうなのでここに連絡が欲しいとも言ってました。連絡してやってください」
「あら、お姉様ったら。嬉しいですわ。早速連絡をとらせて頂きます。ひとまず、小会議室へ向かいましょう、上司が待ちくたびれてしまいますわ」
嬉しそうに手書きのアドレスが記入してある真由美の名刺を受け取ってもらえた。彼女が協力してくれるかはまだ不明だが、真由美に心酔しているようなので何とかしてくれるだろう。
「こちらが小会議室です。」
三度音を立ててドアをノックする。室内から応答があり、ドアを開けて入室する。
「失礼します。伊藤様お連れしました」
一歩下がって俺の入室を促して会釈をした。接客のマナーがとてもいい、ウチの秘書課の者達よりいいのではないだろうか
「伊藤部長、お世話になります。開発リーダーの貴方に来ていただければ心強い。早速ですが、我が社用のソフトに合わせた要望を各部門毎にまとめましたので見ていただきたい。項目のリストと、各詳細です」
少しせっかちなきらいのある栗林課長は、テーブルの上にある資料を説明しはじめる。横にいた若い、彼の部下らしき男が慌てて暴走を引き止める。
「課長、先に席へ着いていただきましょう!暑い中来ていただいたんですから、ね!伊藤部長、お好みの飲み物はありますか?」
慣れた様子で、上司の暴走を止める手腕は、中々のものだった。機転のきく者が一人でも居れば仕事は早く終わる予想がたった。つまりは、沙織嬢攻略も早く進めなければ時間が足らなくなりそうだ。