伊藤氏は思案する①
最近のスケジュールには最優先事項とばかりに、叔父である社長からまめに行くようにと秘書課を巻き込んでの仕事がある。沙織嬢が勤める宮物産に営業する事だ。契約はプライベートの件で初めての挨拶した時に宮久保社長に調整していただいた。もちろん値切られ我が社の契約金ランキングでも依然として最下位を更新し続けているのだが、裏話として他の営業社員には最低ラインの基準になるので、有り難がる有様だ。しかし、宮物産の全支社、全営業所と契約しているので一件の価格が安くとも数が物をいい結構な契約金にはなった。
ソフトを複数の箇所でオンライン使用していくために微調整をするのだが、普通ここからは技術社員が出向して正式運用に持って行くのだが、沙織嬢がいる宮物産本社総務課には俺直々に行けるようになっている。
元婚約者の浮気騒動がきっかけではあるが、こちらとしては是非とも沙織嬢と親しく交遊を深め、いずれは伊藤家の嫁に来てもらう算段を家族ぐるみでしている最中だが、遅々として進んではいない。彼女の鉄壁の防御は普通の女達とは違い、こちらの意図を尽くかわし続けている。その技術は計算なのか天然なのかと秘書課の中では賭けの対象になっているらしい。元カレがどうやって交際にまでこじつけたかに関しては、あの男のここ最近の行動が物語っていた。さすがにそこまでするとこちらの品位が疑われるためすることはないが、ストーカー行為をしなければ気付いてももらえないかと、ここまでスルーされると考えてしまう。
今日、午後から宮物産のアポイントメントがあるため、他の仕事の調整を特急で進めている。小さくため息をついてペンを止めると、秘書がコーヒーを差し出してくれたので顔を上げると、いつもの秘書ではなくニヤリと猫のような顔をした口うるさい奴だった。
「さすが部長、沙織様にお会いできる日は仕事がお早いですねえ、ええ、ホントに。いつもであればこちらとしては決裁が溜まらずに済むのですが、いっそ、沙織様に秘書になって頂ければ本社に戻られても、我が社の利益は右肩上がり間違いなしでしょうねえ~、そう思われますでしょう、社長」
クルリと向きを変えてパーテーションの向こう側に仕切られた簡易応接コーナーに声をかけた。そもそもコーヒーを差し出したのは、社長秘書であり、従姉妹の伊藤真由美だった。
「島谷さんはどこに言ったんだ?」
「お使いに行ってもらったわ。あちらの総務課の方達にも味方になって頂きなさい!私の母校の後輩が一人いるの。部活も同じなので融通はきくわ。彼女は美味しいものが大好きだから、手土産は欠かせないの」
社長のはす向かいに座り優雅に、自ら煎れたコーヒーを一口含み、ニッコリ微笑み合ってい
た。社長はチラリと俺と目を合わせてため息をあからさまについた。
「隆史がまだお付き合いできていない事が驚きですよ。何をやっているんだか・・・・・呑気にしていると森青年のようなのがまだ出てきますよ真由美のツテで何とかなるならつかいなさい。いつまでも兄さんに愚痴を聞かされる身にもなってもらいたい」
「父が何か言いましたかね? 」
暗い顔をこちらに向けて、眉間にシワを刻ませていた。
「もうね、酒を飲みながらだから煩くって、家は真由美が婿をとって孫が二人居るでしょう、そこも愚痴の対象になっているからね、結婚後でいいから先に子供作っちゃっていいよ、そうしなさいよ!」
連日父に愚痴られつづけ、そうとう堪えたのか普段は温和な叔父がぶちギレていた。
しばらく伊藤氏続きます。