アルバート・アイラー
琥珀の花 2 アルバート・アイラー
アルバートがこの部隊に配属されたのは今から半年前の事だった。 両親の知り合いであったマセロ大佐が自身の部隊ーーー第二十二爆撃飛行隊であるーーーに是非と手を回していたことから、この部隊配属されることとなった。
アルバートの両親は既に双方とも他界している。
先の戦争で彼の父は徴兵され、陸軍歩兵としてマセロと一緒の戦地で塹壕戦を戦い抜いた。その後結婚し、アルバートを授かったーーーしかし、戦争の時に負った傷が原因で神経を患い、彼が六歳の時に精神病院へ入院しそれきり戻らなかった。その後死亡したとの知らせが届いた。死因ははっきりしていない。
アルバートの母親は元々体が弱く、病床に臥せっていた。しばらく小康状態が続いたが自らの伴侶の死を聞いてすぐ、後を追うように病死した。
両親の死後、アルバートは祖父に引き取られた。祖父は既に高齢であったため、祖父との生活もさほど長くはなかったが、比較的平穏な暮らしであった。アルバートは大学にも進学し、植物学を専攻することとなった。
アルバートが植物に興味を持ったのは祖父の影響であった。祖父在野のアマチュア植物学者として一目置かれる人物であった。アルバートを引きとった後、祖父はどう接したらいいかわからなかったため、とりあえず自分の趣味であるフィールドワークに彼を誘い、植物について様々なことを教えた。このことが両親を失ったアルバートに取って悲しみを紛らわすために一役買う事になり、その時の影響が大きかったがために植物学を専攻するに至ったのだ。
アルバートの祖父は言っていた。
「如何に森が自然のものとは思われていようとも、人の手が加えられていない森というものはもうほとんどないのだ。故に、森を探索し、研究することは人の在り方、行く末を占うものでもある。人の業。欲そのものが森に投影されているといっても過言ではないのだよ」と。
幼いアルバートにはその言葉をしっかりと理解することは出来なかったが、その言葉は呪文のように彼の頭に響き渡り、今も彼の意識にこびりついていた。
大学を卒業する頃、召集令状が彼の元に届いた。戦争は大学在学中から続いていたが、彼の国ーーーベラム共和国ーーーは小国であり、さほどの戦力を連合軍に割いていたわけでもなかったのだが、戦争も長引き、人員不足が顕著になったため、アルバートにも招集がかかったのだ。
彼自身は十八の頃に、既に一度陸軍に入隊し、予備役の身となっていた。ベラム共和国は小国のため、国民には最低でも一年程度の軍務に就くことが義務付けられていたためだ。十八歳から二十五歳の間にそれが義務付けられていたのだが、彼は十八歳になってすぐさま軍に入隊した。
目的は軍務経験者に与えられる特典のひとつ。国立大学の授業料の免除であった。
軍務に就いて一年後、彼は除隊し軍の助成を受けて大学に進学し卒業した。その後、予備役を対象とした六週程度の訓練を受け、マセロ大佐の口利きの結果、陸軍航空部第二十二爆撃飛行隊に入隊することになった。
これが彼の今に至る経緯である。
アルバートは自身の配属先の決定にあたって、マセロ大佐の強い要望があったことを、配属地に向かう輸送機の中で知ることとなる。
◆
予備役を対象とした訓練を終えた後、人事部に向かい、簡単な儀礼的なやり取りの後、配属先を記した書類を渡された。書類には、【貴君を陸軍航空部第二十二爆撃飛行隊に配属することをここに決定する】と書かれていた。書類にはマセロ大佐のサイン。マセロ大佐………そういえば、父の友人に同名の人がいたはずだ。本人だろうか………?まあいい。
階級は軍曹。以前軍隊に所属していたことと、大学を出ているということ。並んで、航空部隊は任務の遂行にあたって独自の裁量を持って望まなければならないことから下士官の位が与えられたとのことだ。
なんというか、あまりにも雑な印象なのだけども、まあそれが俺の国の人材不足という点と、小国故に戦争の基幹部分に関わっていないというところから来る気質なのだということにしておいた
書類の子細に目を通していると人事担当官が話しかけてきた。
「君。陸軍航空部第二十二爆撃飛行隊への配属だったね?マセロ大佐とはどういった関係で?」
「マセロ大佐ですか?父の友人に同名の軍人がいましたが同一人物かどうかは………同一人物だとしても私自身はそれほど面識があるというわけではないのですが………。」
唐突に質問されたが思った以上にスラスラと答えていた。
「あー………おそらく同一人物だよ。通例によればね。ええと………」そう言いながら人事担当官は、ちらと書類に目をやり俺の名前を見つける。「アルバート軍曹か。なるほど。そういった関係か。なるほどなるほどやはり縁が、か………。」
人事担当官はブツブツとつぶやいている。
「あの?何か?」
「?何も聞いていないのかね?てっきりマセロ大佐から連絡が行っているのかと思ったのだが………まあその様子だとそうだろうな」そう言って人事担当官は少し笑い、言葉を続ける。「マセロ大佐が第二十二爆撃飛行隊の基地司令になって以降、配属される人員はもれなくマセロ大佐の関係者が多いのだよ。まあウチの軍では人事に介入して身内で固めようとする者は彼だけではないのだが、まあ少し気になってね。それで君に尋ねたと言うわけだ。」
「そういうことなら。まあ自分も関係者ではありますね。かなりの遠縁だと思いますが」
「まあ、大したことではないんだ。確認したかっただけだ。それではな。アルバート軍曹。」
そう言って人事担当感は話を切り上げた。敬礼。
「マセロ大佐か………」
輸送機への道すがら、思わずつぶやいた。
マセロ大佐が父の友人と同一人物だとしても、俺自身は二・三度しか面識がない。最初に会ったのは父が施設へ入院する時だった。その時マセロ大佐は父には危うい場面で何度も救われたと言っていた。
そのことが影響しているのだろうか?何もそんなところで配属の如何を決めなくても………まあいいか。人事にどんな事情があったとしても自分が気にすることではなさそうだ。
所詮、軍務に就くことには変わりないことだし。
そんなことを考えているうちに、輸送機に搭乗する順番が来た。 この輸送機に乗る者は俺の他にも数人いたが、配属先はそれぞれ違うようだ。先ほど待合室で少し話をしたが、俺と同じ第二十二爆撃飛行隊への配属者は見当たらなかった。
「おーい!おーい!陸軍航空部第二十二爆撃飛行隊に配属されるアルバート軍曹!アルバート軍曹はいるか?」
輸送機に乗り込む直前、声をかけられた。
「はい、アルバートは自分ですが。」
「ああアルバート軍曹だね。マセロ大佐から手紙を預っている。受け取り給え」そう言って男は言葉を続けた。「君は幸運だな。アルバート軍曹。この戦争と戦後を生き抜くためには最良の配属先だよ!グッドラック!」
そう言うと男は去っていった。
グッドラック………まあうん、そんなに配属先の上官に知己がいることが重要なのかとも思ったけども、なんのコネもないよりかはマシではあるのだろう。それにしてもグッドラックは………いいすぎじゃないか?
◆
陸軍航空部第二十二爆撃飛行隊基地に向かう輸送機の中、アルバートは基地司令であるマセロ大佐からの手紙に目を通していた。
その手紙の冒頭は、軍人らしい儀礼に則った挨拶から始まり、アルバートの父とは先の大戦で同じ部隊に配属されて以来の友人であったこと、何度も危険なところをアルバートの父に助けられたことといったような、アルバートの父との関係性を綴ったものだった。
その後は、小さい頃のアルバートには二・三度面会していること、アルバートの父の死去については非常に残念だったこと、その後、アルバートの家族に対して色々尽力しようとはしたものの、多忙を極めたためそれが叶わなかったことを悔やんでおり、今回のアルバートの配属への口利きはそのことへのせめてもの償いであることが書かれていた。
アルバートは思った。何故?この配属がせめてもの償いに相当するものなのだろうか?と。
マセロ大佐が父の友人のマセロと同一人物であることはこの手紙の内容を見るかぎり明らかだ。そして、マセロが父に対して恩義を感じていたものの、多忙のためになかなかその恩義を返す機会を逸していたということがわかる。その気持ち自身は有難いものではあるがそれを理由にわざわざ自分の配下に配属する意図がわからないのだ。
双方とも軍隊に所属し、上官と部下の関係である以上は如何に知己であろうともそれほどの恩を返すに値するほどの報奨をアルバートに与えられるはずもない。むしろ、あからさまにそれが行われるとするならば、マセロにとってもアルバートにとっても軍人としての立場が危うくなる危険性の方が高くなるだろう。
あの手紙を渡してくれた男の言うような「グッドラック」といった状況とはいささか違うような………。アルバートはそう訝しがりながら手紙を読み終えた。
(まあ、子細については基地に着任した際に直接伺えばいいだろう………)
アルバートはそう思いつつ、目を閉じ、目的地に着くまでの間、少し休んだ。
………
アルバートの疑問はマセロ大佐に会い、第二十二爆撃飛行隊の現状を聞くことで直ぐさま氷解した。一切の戦争行為をサボタージュし、商売に従事し私腹を肥やす………。軍規違反も甚だしいその話にアルバートは当初面食らったが、上官命令である。反対のしようもない。それに、商売で儲けた豊富な食料品と嗜好品、そして懐に入る軍からの給料以外の稼ぎ………そうした魅力には逆らえず、そのような状況に順応していくのにそう時間はかからなかった。
あの男の言葉が響く。
「グッドラック!」