プロローグ
だいぶ前に企画しとある事情で頓挫した前三部作+αの内の第一部です。
とりあえず、あげておこうかなあといったフワフワした調子でアップします。
高射砲の森
琥珀の花 第一部
琥珀の花 1 プロローグ
ブゥウウウウウウンと、レシプロエンジンの轟音が静寂を切り裂いた。閑散とした森林地帯の緑と紺碧の空というのどかで美しい風景にはちっともそぐわない音だ。その、紺碧をくっきりと浮き立たせる山々の稜線を越えて、その轟音の発生源である黒い影が群となって現れた。
爆撃機の編隊だ。
群れの先頭の機が機首を大きく下げ高度を下げる。低空爆撃のコースに入った。随伴機がその動きに追随する。山々を越えて、その山の斜面に沿うように低空侵入してくる爆撃機の群れが、鉱山と森林に囲まれた地帯にぽつんと存在する町に向かっていく。
時代は、戦争のまっただ中だ。先の戦争で有用性が実証された、銃後、すなわち前線を支える物資の供給生産拠点への戦略爆撃任務が、このような辺境の土地にも及んでいる。
町中に半鐘とサイレンが鳴り響いている。爆撃機の襲来を告げるそれはけたたましく、町中に不穏な空気をもたらしたように見えた。
しかしながら、予想に反して、町は静かだ。半鐘とサイレンは未だ鳴り響いている。爆撃機のレシプロエンジンが発する轟音でふるえる空気が町にも到達しているというのに。
◆
町が奇妙な雰囲気に包まれる中、爆撃機内では乗組員たちが着々と仕事を仕上げるために奮闘していた。
《爆撃目標まであと八〇〇メートル。機首上げ、目標上空まで平行飛行を保て》
《高度安定。速度維持。全機ハッチベイを開け。投下タイミング計算はよいか?》
《投下タイミング、計算でました。カウントします》
《カウントダウン開始十、九、八、七………》
すべての爆撃機が爆撃体制に入った。通常の爆撃高度よりだいぶ低空を飛んでいる。
カウントダウンはなおも進む。
《………四、三、二、一、投下》
次々とハッチベイから爆弾が投下される。一機につき、大型の爆弾が四つ投下された。大地に向けて、四十五度の角度で落下するそれは地面に到達し………
ーーー爆発は起こらない。大地がえぐれただけだ。それも低空飛行で投下されたせいか、浅く長いものだった。爆弾の外装は流線型のそれを保っている。
町の建物には全く被害はなかった。それもそのはずで、爆弾は町の周辺部、開けた土地に全て投下されたからだ。
爆弾の投下後爆撃機はすぐさまスロットルを全開にし、機首を上げ上昇する。
轟音が轟く。
一瞬、すべての音と色が消えたような、そんな様相だった。
爆撃機の編隊が全て町から離脱し、あたりに静寂が戻る心地よい風が吹き、木々がざわめいていた。
《着弾確認。損害、なし。任務終了。全機帰投。我に続け》
爆撃機の群れがUターンし、山々の稜線の向こうへ行き見えなくなると、建物の中から人々が次々と出てきて爆弾の落下場所へと向かった。
爆弾に一番にたどり着いた一群が爆弾を解体する。その中身は………。
炸薬でも何でもなく、布類や食料品その他日用品が詰まっていた。
そして、紙切れが一枚。
【毎度ありがとうございます】
そう一言添えられた領収書が入っていた。
◆
帰投中の爆撃機の中。その任務の大半を終え、少しリラックスした状態の男たちが談笑をしている。
「今日もお勤めご苦労様様だな!いやはや、今日でいくら分の取引になったのかね?なあエリック?」
副操縦士のオーネットが言った。
「さあ?今日の商品はそれほど高価でもないですし。だからこそそのまま商品コンテナを投下できたわけですから………」
この爆撃機では、爆撃手を担当し、もう一つの仕事において営業を担当しているエリックが答えた。
「今日の任務の大本の取引はチャールス伍長が請け負っていたはずですよ。基地に帰ったら聞いてみてはどうですか中尉?」と会話に入ってきたのは通信士のセロニアスだ。「まあ、あいつはなかなか捕まらない男ですから難しいかもしれませんがね。今もそこら中で商売の取引をしているはずですよ。」
「おいセロニアス。中尉は俺と話しているんだ。口を挟むな小僧が。でしゃばりで物好きめが」
「?何か問題でも曹長?」
「ソレを問題だと思ってないのがお前の………まあいい」エリックは続ける。「中尉!自分は今回の取引についてはただの輸送請負にすぎないのでヤツの儲けについては正直わかりかねますが………まあとりあえず、奴の仕事の請負輸送任務の前金としてそれなりな額を受け取ってます。 それは後で明細を渡すとして。ソレを考えたらまあそこそこでしょうな」
「そこそこかよ!なんだよ!俺達の商売を後回しにしてあいつの商売を手伝ってやったっつうのに!大尉の低空飛行技術の無駄遣いじゃあないか。操縦スキルだけでも結構な金が取れるんだぞぅ。ねえ大尉?」
オーネットは隣に座る操縦士のセシルにそう話しかけた。この爆撃機の指揮を執っている。彼らの爆撃機乗員の中では最も階級が高いことは言うまでもなかろう。
しかしながら………そう、フランクである。フランクすぎる呼びかけである。上官に対するものとしてはあまりにも。
「そうだなあ………」そんなことも気にかけずセシルが口を開いた。「まあ俺は金はともかく、さっさと通常の軍務の責任飛行回数を終えてとっとと家族の待つ愛しの我が家へ帰りたいものだよ」
そう言うと、計器の横に貼り付けた家族写真に目をやった。少し日に焼けて色あせた写真。そこには彼自身とその妻、そして二人の娘が写っており彼に向かって微笑んでいる。
爆撃機の後部ではセロニアスがアルバートに話しかけている。
「なあアルバート。なんか俺問題があったか?ええと、中尉殿が知りたがっていたことを答えただけだよな?特に問題はないと思ったんだけど?」
アルバートは思う。そりゃあ俺とセロニアスの階級は軍曹で、エリックは曹長っていう階級差があって………上官同士の会話なのだから口を挟むにしてもそれなりに断ってからするべきであって………。
この部隊の軍紀は他のソレと比べてかなり緩い類に入る。そもそもが、辺境の部隊であり、主力としての戦力ではなく、示威効果を期待されている部隊であるのだから、最前線の部隊とは全く違う雰囲気が漂っている。
加えて、爆撃任務は全てサボタージュであり、主な仕事は軍事物資の横流しーーー先ほどの爆発しない爆弾がそうだ。ただのコンテナに成り下がっている。ーーーのほうが忙しく、主要な任務となっているという状況であるから、軍隊と言うより会社の様相を呈しているからだ。セロニアスがこの環境で、こういった階級差の問題を全く木にしていないのはそのせいでもある。
軍隊であるのに、軍隊としての任務を尽くサボタージュし、物資の横流しという商売に尽力をする部隊。
それがアルバートらが所属する第二十二爆撃飛行隊なのだ。




