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Only You!  作者: 羽衣
9/14

八話 集いし闇



水野たちによる襲撃から、数ヶ月。


非常に残念なことに、親父が帰って来やがった。


親父を毛嫌いしているわけではないが、今まで一人で好き勝手やってきたため少し陰鬱になる。


ここ最近体の調子がすこぶる悪い俺にとっては良いことなのか悪いことなのか。


けれどまあ、帰ってきたものは仕方がない。


――――季節は夏。


あの暖かかった春が今ではムカついてくるほど、暑い。


ちなみに教科書も厚い。


ムカつく。


そんな陽射しが兵器としか思えない中、俺は毎日登校し下校する。


その繰り返しの毎日に現れた親父こそ、転機の象徴だった。


俺がいつものように帰宅すると、当たり前のようにヤツはいた。


まるでそこが自分の家であるかのようにくつろいでいる。


団扇片手に寝転ぶ姿が懐かしい。



「………よう、オッサン」



リビングで夢見心地のオッサンに一声かけ、自分の部屋へと戻った。


取りあえず着替えてみる。



「ったく……帰るなら電話の一本でもいれろよ」



一人ゴチながら、またリビングへと舞い戻った。


なんか眠ってしまっている親父を見ると、疲れてるんだろうなと思う。


だがそんな事はどうでもいい。



「親父、起きろ」



肩を揺すってみると、簡単に目を覚ました。



「あぁ…柊一か。何か用か?」



久し振りに息子に会って何か用かもないと思うが、用はある。



「妃奈のおじさんはいつ頃こっちを出るんだ?」



「なんだお前、気付いてたのか」



「当たり前だろ。妃奈はまだ気が付いてないだろうけどな。で、いつ頃?」



「一週間後には出立する。妃奈ちゃんについては、『頼んだ』だってさ」



「そうかい………」



おじさんが行ってしまえば、妃奈は一人。


女の子を一人で家に置いとくわけにもいかないし、どうしたものか。


一人でやっていけないなんて事は有り得ないが………てゆうか、妃奈がウチの家事を手伝ってくれなきゃ俺はとうに死んでいると言っても過言ではない。


神谷家にしろ皐月家にしろ、妃奈がみんなのお母さんみたいなもんだからな。


俺にとっちゃ妹みたいでもあり親父にとっちゃ娘も同然。


なくてはならない存在には違いない。


かといって妃奈だって年頃の女の子だし、ウチに呼ぶってのもなぁ………。


俺も何かと困るし………緊張の嵐だな、きっと。



「妃奈ちゃんが一人ぼっちじゃ可哀想だから、ウチに招待する。依存はないな?よし、これにて決定」



「ちょっ……!依存なんて山ほど―――」



俺の抗議の声を遮るかのように、最高のタイミングでインターホンが鳴った。


石化してしまった俺の横を通り過ぎて玄関へと向かう親父。


背後からガチャンと音がして、足音が近付いてくる。


もちろん二人前。


恐る恐る振り返ってみると――――



「な、なんで……!?」




     ◇




先日、彼の父から話を聞いた。


うちのお父さんがもうすぐ仕事に行くらしいので、私を預かってくれるらしい。


嬉しいのだが、抵抗がないと言えば嘘になる。


とはいえ誘いを断る理由もなく、取りあえず挨拶に行くことにした。


ウチから徒歩数秒、すぐとなりだ。


鞄を置いて家を出て、まずインターホンを押す。


少し前に彼からインターホンなんて押さなくていいと言われたが、未だ聞く気にはなれない。


ボタンを押して数秒、いつもならすぐに応答する彼にしては遅すぎる。


少し待ってからまた押してみたが、結果は同じく応答なし。


私とほとんど同時刻に帰宅しているハズだから、いないなんて事は有り得ない。


寝てる……なんて線も却下だ。


この短時間に眠ることなど出来ない。


少々不安になり、無礼を承知でドアノブに手をかけた。


簡単に扉は開き、中の景色を鮮明に映し出してくれる。


………?


玄関には、少し違和感があった。


いつもと違うような気がする。


だが、その疑問は視線を落とせばすぐに解決した。


常に一人分しかなかったハズの靴が、いつもより多い。


理由は当然、彼の父が帰ってきたからだ。


だから靴は必然的に二人分………でなければおかしい。


そう、目の前にはそのおかしい状況が広がっている。


靴が二組あるのは判る。


けれど、そのとなりにはもう一つ―――靴というか、ゲタのような履き物がキチンと置かれていた。


持ち主なんて推理して判るワケでもなし、気には止めなかった。


入ってみれば確実に判る事だ。


私は靴を脱ぎ、リビングまでの短い廊下を渡る。


リビングとの境目、境界にもなっているドアを数センチ開いたところで――――



「お前―――っ!何でここに居る!説明しろっ!!」



思いも寄らぬような大声で、そう叫ぶ声が聞こえた。


一瞬頭の中が真っ白になり、またふと我に返った。


今の声は取りあえず、彼のものだと思う。


あまりに感情が高ぶっていたためか、いつもと声色が違う。


しかし、本当にそんな事があり得るのか……?


日頃の彼は何があっても冷静で、あんな風に怒鳴り散らすことなんて絶対にしない。


それこそ想像出来ない。


でも、この私が彼の声を聞き間違えるワケがない。


そして私は―――無意識のまま扉を開いていた。



「あ…………」



そう漏らしたのは、多分私だ。


見慣れた景色の中に溶け込む人々。


驚いたような顔をしている彼と、隣にその父。


二人とも私を凝視している。


だが―――もう一人居る。


玄関にあったあの履き物といい、彼の向いている方向といい、明らかに第三者がそこに存在している―――!


おそらくそれは、扉の向こう側。


開けっぱなしになった扉の死角。


私は意を決して中に入り、扉を完全に閉めた。


パタン、という音と共に現れる第三者―――


視界に映るその姿は、私の全く見知らぬ人物だった。



「あー、えっと……紹介するよ、妃奈ちゃん。この人は俺の父にあたる人で、皐月 一木かずき



彼の父から紹介されたその人物に目をやる。


五月……という事は、彼の血縁の人なのだろう。


白髪頭の老人――――そんなイメージ以外浮かばないほど、見事な私の老人像だった。


古めかしい緑色の着物を着ていて、手には杖。


背は私よりも頭一つ小さめだろうか。



「初めまして……じゃの。どうぞ宜しく」



老人はしわがれた声でそう言って、手を差し出してきた。


節くれだった、細い手。



「あ、初めまして。神谷妃奈です」



私は友好的に握手を求められた事を嬉しく思い、同じく右手を差し出した。


手を握ろうとしたその時、私の手は強く握られた。



「え………?」



――――老人にではなく、数メートル離れていたハズの彼に。


彼は私を守るように目の前に立ちふさがり、私の手を強く握りしめていた。



「妃奈に触るな……!老害!!」



私の手を握ったまま、悪態をつく。


その姿はまさに驚天動地であり、彼のいつもの冷静さは微塵も感じられなかった。



「老害とは言ってくれるな、我が孫よ。ほれ、彼女も驚いているではないか」



老人―――五月一木は、穏やかな目でこちらに視線をやった。



「黙れっ!用件があるなら早く言え……!妃奈を巻き込むな!」



「ふぅ……黙れやら早く言えやら、ワケの分からん孫じゃ。よし、必要最低限の言葉でまとめよう」



老人は近くのソファーに腰をおろすと、威厳のある眼で彼を見据えた。


彼は未だ私の手を握ったまま、遮るように目の前に立ち尽くしている。


私は手を握り返しもせず、かといって振り払いもせず、ただ沈黙を守り続けるのみだった。



「柊一よ、単刀直入に訊くぞ」



「ごたくはいい。さっさとしろ」



彼は一段と手を握る力を強めた。



「ふむ。お主、この数ヶ月……“切り替わった”か?」



「………何の事だ」



「ここ最近、おかしな事はないか?そう、例えば―――」



老人は深く息を吸い込み、真剣な面持ちで彼を睨み付けた。



「―――何かの拍子に意識が断線し、その間の記憶が曖昧……とかの」



「――――っ!?」



彼は私の手をギュッと握り、また力を抜いた。


老人の言葉を聞いてから、彼の態度がおかしい。


会った時からおかしいのだろうが、今の彼はさらにおかしい。


多分、意識が断線とかそんな言葉だ。


何か思い当たる節が……あるのだろうか?



「やはり自覚があったか。皐月家の宿命……かの」



「でも、親父の代もその前も、ずっと昔からこんな事なかったんだろ?俺だってそうだ。何だって柊一に限って………」



「……親父も何か知ってるのか。ジジイにしろ親父にしろ、知った風な口振りじゃないか」



家族三人で話し合いが始まった。


彼も落ち着きを取り戻してきたようだ。


にしても、話が全く見えない。


皐月家の宿命とか、そんな話は聞いた事がない。


みんな私を置いてけぼりにして、話を進めている。



「ではまず、皐月家の話から始めようかの……。お嬢さんも聞いておきなさい。あながち無関係ではあるまい」



老人が話を始めた。


私も関係がある……?



「元来、皐月家は特異体質の子供が産まれる家系であった。その理由は判らん。遥か昔から、特異体質を受け継いだ人間には枚挙がない……と言うより、全ての人間がそうじゃった」



「……てことは、ジジイも親父もか?」



「ああ。一つの例外もなく、だ」



……どうやら皆さん、その特異体質とやらが理解出来ているらしい。


私も関係があるのならば、知っておく必要があるのではないか―――



「あの……その特異体質って何ですか……?」



誰に問うワケでもなく投げかけてみる。


途端に沈黙が広がり、視線が集中する。


訊いてはいけなかったのだろうか。



「……そうだな、妃奈ちゃんの言葉で例えると、二重人格……かな」



「二重人格って……!でも、柊くんに変わったことなんか―――」



「変わりなどないんじゃよ、言わばコピーなんじゃから」



老人が私を制するように答えた。



「本来現れるべき優性形質と現れぬ劣性形質。皐月家はその両方が現れてしまうだけなんじゃ」



優性形質と劣性形質については……いつか理科で習ったことがある。


確か、親の形質が現れた方が優性でその逆が劣性だったハズだ。


優劣ではなく現れるかどうかの問題らしいから、どちらかが優れていたり劣っているワケではない。


ただ、人間は優性形質を持って誕生する。


産まれた時点……いや、もっと前から決まっているハズだ。



「人格は一つなんだよ、きっと。妃奈ちゃんは優性形質を持って産まれてるだろう?もし劣性も持ってたら……どうなると思う?」



優性と劣性……その両方が具現するなど、有り得ない。


具現したならそれは優性であり……要は二人分の形質を持って産まれて――――



「二人分の形質……かな。産まれた後にそれが“切り替わって”しまう……?」



「妃奈、理解早いな。俺なんて今でもチンプンカンプンなのに」



「妃奈ちゃんの言った通り、皐月家は産まれた後に形質が“切り替わる”。でもそれは全て優性が勝るんだ。だから、結局優性形質が出てくる」



……その話が本当なら、何が問題なのだろう。


優性が出るならそれはそれでいいのではなかろうか。



「ところが柊一の場合、優性形質が引っ込んでるんだ。それで優性と劣性が拮抗し、今でもどっちつかずなんだ」



「多分……今の俺が劣性で、意識がない間の俺が優性だ。証拠に記憶が残ってない」



「何らかの理由で優性が出てこないとしか考えられんのう……」



「あのー………」



私はおずおずと、静かに意見する。


思ったことを、そのまま―――



「それで、何か問題があるんですか……?」



優性だろうが劣性だろうが、どっちも同じ柊くんなら別にいい。


それが私の意見だ。



「優性と劣性が“切り替わる”とな……もう、信じられないほど体が廃るんだよ」



「今はまだ大した事はないじゃろうが、あと数年の内に……廃人どころか、命すら失いかねんな」



「え――――!?」



そ、そこまで大変とは……思わなかった。


確かにここ数ヶ月、柊くんが急に気絶したり、救急車で運ばれた事も何度か……。


あれは全部……“切り替わった”時の反動――?


だとしたらそれは……大問題……!


てゆうか、何でこんなにもみんな淡々としていられんだろう。



「とにかく、今は形質を叩き出さねばならん」



「んな事言ったってどうするんだ。ぶん殴って治るならアテがあるが」



「優性が引っ込んだ理由を考えよう。最近柊一、何かあったか?」



命を――失う。



「いや、ここ最近は何もない。むしろ楽しかった。それは土地を移る前も変わらない」



彼が――数ヶ月の内に。



「ならばその前――幼年期に、何かあったのではないか?」



存在が――消える。



「木枯にいた頃のことなんてまるっきり覚えてない」



再会してまだ――数ヶ月なのに。



「柊一は記憶力はいい方だろう。少しくらい覚えてるはずだ」



二度と――会えない。



「いいや、本当にまるっきり覚えてないんだ。妃奈なら、何か覚えてるんじゃないか?」



五月柊一が――死ぬから。



「……妃奈?」



また――独りぼっち……?



「―――おい、妃奈。大丈夫か?」



肩が強く揺すられた。


見上げると、彼の心配そうな顔。


彼はいつの間にか手を離し、今度は私の両肩を掴んでいた。


なんだか急に、心細くなった気がする。



「妃奈……体調でも悪いのか?」



「ううん、何でもない……」



「……妃奈ちゃん、柊一がまだこっちに居た頃、何かおかしな事がなかったかな?」



おかしな事……と言っても、私が覚えてるのはかなり断片的な記憶だし……。


あの時の約束か、彼の性格や態度ぐらいしか……。



「かなり曖昧なんですけど……私たち以外に、誰かもう一人居たような………」



そんな気がする。


遊んだ時の記憶なんてほとんど残ってないが、彼と二人きりではなかった。


もう一人、同じ年齢位の子供が居たと思う。


私がこの話をすると、おじさんの顔が暗くなる。



「……もしや、アレが原因なのでは――?」



老人がおじさんに向かってそう言った。


おじさんは俯き、暗い表情をしていたが、やがて吹っ切れたかのように顔を上げた。



「柊一が小さい頃の話なら、有り得なくもない……か」



「アレ……?アレってなんなんだ、一体」



「……今は話せない。いつか話すかもしれないし、話さないかもしれない」



おじさんは、私に言っているのか柊くんに言っているのか判らないような調子で呟いた。


そして、およそ集中しなければ聞こえない声で『知ったところで……』と付け加えた。



「……今日はこの程度にしておこう。いずれまた、機会はくる」



老人は背をくるりと向け、失礼した、とぼやくように言ってからこの空間を去った。



「……すまん、柊一。しばらく家を空けるよ」



おじさんは私に愛想笑いを注いだ後、老人の後を追った。


急に残された私と彼は顔を見合わせ、言いようのない気まずさに襲われた。


今までの突拍子もない会話が嘘のように静まり返る。



「……ごめんな、妃奈。あんな意味不明な話されたら戸惑うよな……」



先に口を開いたのは彼の方だった。


深く懺悔しているようにも見える表情は、同時にひどく哀しいものでもあった。


私は何か言おうとしたが、かける言葉も見つからない。


遠くでヒグラシが鳴くのを聞きながら、日は傾く。


鮮やかな西日は、窓から容赦なく射してくる。



「なあ…妃奈……」



彼は穏やかな表情で呟いた。


その眼差しは中空を凝視している。



「どうか……したの?」



努めて冷静に、彼が戸惑わないよう答えた。


彼は一転して、強い決意を秘めた瞳で私を見る。



「一緒に……居てくれないか。俺の家でも妃奈の家でもいい。とにかく俺の傍に、居てくれないか………?」



強く見えた瞳は、やはりどこか哀しげだった。


決意に満ちているようで、不安に満ちていた。


私は彼に応えるため、静かに力強く頷いた。


すると彼は、困ったように眉をひそめながら微笑んだ。


――その笑みにはウソが詰まっている。


自分自身を偽るための、哀しいウソが―――







     ◇




――お昼頃、誰かが部屋に来た。


静寂しか存在しえないこの空間に、足を踏み入れる人間は少ない。


その数少ない人間である彼は、たまに私を訪ねてやって来る。


私には両親がいないらしく、他に身内もいないらしい。


だからその人が親代わり――なのかもしれない。


軽く挨拶をする彼に、私もお辞儀をする。


数週間前、彼がこの部屋を訪ねた時、彼は私にしばらく会えないと言った。


しかし、また彼はやって来た。


私がその事を不思議がると、彼は、予定外だと言った。


その後私は、いつもの質問をする。


彼が来る度にする、特別な質問。



“あなたはどうして―――ここに来るの?”



私が言うと、彼は苦笑した。


一体何度目の質問かと、呆れているのだろうか。


――いや、そんな事ではない。


彼は単に、答えずらいだけ。


そして彼は、何度目かも判らないというのに、言葉を返す―――――






     ◇




――――西園寺。


昔から、この名前が嫌いだった。


理由は簡単、人と違うからだ。


名字がではなく、イメージがだ。


西園寺と聞けば一体どういうイメージだろうか。


良家の令嬢、淑やかなお嬢様、貞操が堅い麗人……といったところだろうか。


もっとも、これらは私の場合なだけで、他の西園寺さんがどうかは知らない。


そして私は――この西園寺のイメージ通りの人間ではない。


貞操はまあ守ったつもりはないが、今のところやぶっていない。


もし…もしも名字が田中なら、同じイメージが湧くだろうか?


――答えはノー、だ。


ただ私の名前が西園寺なだけなのに、他人は私に私以上のモノを要求する。


だから私はこの名前共々、特別というのが嫌いだった。


一度、僕にとって特別な人なんだとか本気で言われたことがあったが、その時はヤバかった。


人間を初めて、ミンチ状ではなくペースト状にしてやりたいと思ったほどだ。


残念ながらそいつはひ弱そうな体だったので、一応踏みとどまりはしたが。


だってそうでしょう?


リアルにモザイクのかかる状態――効果音で言えば、グチャグチャとかペチャペチャとかニチャニチャになるのよ?


人間の練り物なんて想像するだけで気持ち悪くなりもん。


……それに、私はよくがさつとか乱暴とか言われる。


それはきっと私の父のせいだ。


父が、女の子は危ないとか言って習わせていた護身術が……いつの間にかその域を出てしまったから。


……曰わく、格闘技ではなく殺人技術の道を走っているらしい。


私の識っている技術は、あくまで護身術。


護身術は自らの身を守るためのモノであり、受け身でしかない。


傷つけられる、だから相手を制する。


原因となる力がなければ意味を持たないのだ。


だから私の護身術は殺人技術のように使われているんだ。


傷つけられる、だから相手を叩きのめす。


格闘技のように自ら闘うのではない。


程度の違いで分かれてしまうなんて、全く以て嘆かわしい。


……けれど、最近変なヤツが現れた。


どんなに痛い目に遭っても懲りずに私に話しかけてくる変なヤツ。


私に特別ではなく普通を求める変なヤツ。


殴られると分かっているのに言いたい事を自重しない変なヤツ。


――なぜかそいつには、本気で話が出来た。


自分を偽る事なく、ありのままに――――


そして、私がつい漏らした、『私らしく』という言葉を、そいつは肯定した。


私が私らしく在りたいと願ったら、そいつは当たり前のようにそれを認めた。


それが――たまらなく嬉しかった。


けれど、そいつは決してすごいヤツではない。


人の気持ちを理解することにおいて、ヤツ以下の存在などありはしない。


つまり、人の気持ちが解らないヤツなのだ。


運動神経はそこそこだが、成績は底無しに低い。


別に騒がれるほどの美形なワケでもなし、平均を下回っているようなヤツだ。


一部の女子達が何やら買いかぶっているようだが、所詮は買いかぶりだ。


理屈っぽいしたまにキザだし女装させられてたし。


あんなヤツがモテたら世界の男子全員がモテなきゃ不公平だ。


なのにアイツときたら妃奈と仲良いし。


お前に妃奈はまさに豚に真珠!


身に余る宝石は悲しいだけだ!


確か、妃奈とは家族ぐるみのお付き合い……だっけかな。


あ、でもウチのお父さんもアイツと仲良い。


なんか酒呑み仲間にされてるけど、大丈夫かなぁ……。


私なんて少し呑んだだけで意識がなくなっちゃったのに。


この前起きたらアイツ居るし!


その上寝顔見られたし!


普通見るかぁ?


見ても本人に言うかぁ?


……やっぱりアイツは変なヤツだ。


変人っていうのはきっとアイツの事を言うんだ。


しかも私の……む、胸まで見たしっ!


そりゃあ全部じゃないけど……かなりキワドかったな……。


前言撤回、ヤツは変人ではなく、変態だ。


変人+エッチは変態でしょう、間違いなく。


こうなったら責任を取ってもらおうか。


私がお嫁に行けなくなったらどうするのーとか言って。


けど……やっぱり無理かな。


私じゃきっと、そんなコト言えない。


それに、私はもうとっくにお嫁さんなんて諦めてる。


こんな可愛げのない凶暴なお嫁さんなんて、誰も貰ってなんてくれない。


それでも性格を直そうとか思わないのだから、自分でも筋金入りの頑固者だと思う。


私が結婚するには……この性格を知った上で今の私を求めてくれるような人と巡り会わなくちゃならない。


そんな事、有り得ないっていうのに――――






     ◇




――人は、何のために生きているのだろう……。


大学に進学しようが就職しようが、その先はみんな一緒。


働いて働いて……後は死ぬ。


それまでに家庭を持つ者もいれば、一生持たない者もいる。


しかしそれらに大差はない。


要は、一個人として、短いとも長いとも言われる人生の中でどれだけ価値のあるモノに出会えるか―――


妻が自分の命よりも大事、なんて言う奴は大馬鹿者だ。


あらゆる生物の本能――“生きる”ということを忘却してしまったのと同義だからだ。


約八十年前後で、自分が噛み締めることの出来る価値なんてあるのだろうか……。


この世の中、人間社会というモノは腐りきっている。


人のためと言い作り上げたこの世界に、価値などない。


本能を忘れかけた人間に、価値を見つけることも、ましてや作ることなど出来はしない。


ならば何故生きているのか―――


たくさん儲けるために働く、成績を上げるために勉強する。


人生の中に価値がないと知っていれば、そんなことしないだろうに。


だが逆に、気付いてしまえばどうだろう。


人生に価値がないと気付けば、あらゆる物事が無価値に成り下がる。


人間の社会に存在する限り……生きることさえも。


そこで摩擦が生じる。


生きていても仕方がないのに、働かねば生きていけない。


生きることが無価値なら――あとは死、あるのみ。


ただ無意味に生きることさえ出来ないから……死ぬ。


しかし、ここで踏みとどまる者もいる。


ただ単純に“死”が怖いから。


死にたくないから―――


生きていても意味はなく、何をするにしても無価値。


だからといって死ぬのも嫌。


これこそが最大の矛盾にして苦痛。


死ねない、けど生きていても仕方がない。


人が作った世の中を作り替えるなど絶対に出来はしない。


だから、そういう、言わば“生の真理”を知ってしまった者に、安息はない。


答えなど――どこにも在りはしないのだから……。




そう、精々出来るとすれば―――目を瞑り、希望もなく生きていくだけ………。




     ◇




“ぼくと―――けっこんしよう”



そんな約束を交わしたのは、遥か昔のこと。


淡い恋が芽生えたのも、ちょうど同じ時期。


自分の中の夢想に恋をし、その結果を他人に求める―――。


いつしか恋しい人は、傍にいた。


夢想なんてとうの昔に死に絶え、今はその残雪がわずかに残っているだけ―――。


でも……幼い恋心だけは消えることはなかった。



“こんど会うとき……およめさんになってくれる――?”



“こんど会うとき……およめさんになってもいい――?”



『――――デ……!』



“なまえでよんでいいのは――フーフだけだもん”



“わたしをなまえでよんでいいのは――きみだけだもん”



『ワタシヲ………!』



“ぜったいかえってくるからね……”



“わたしをむかえにきてね……”



『ドウシテ………?』



“いきたく…ないよ……”



“いってほしく…ないよ……”



『ヒト―ハ―――ヤ!』



“――ひとりじゃないでしょ?”



“でも、いや……”



ドウシテワタシヲ……ヒトリニスルノ―――?


ワタシモ……オヨメサンニナリタイ………。


ドウシテフタリダケ……?


……ワタシガケッコンデキナイナラ―――


―――バイイ………。


死ンジャエバイイ……。


死ンジャエバイイ……死ンジャエバイイ……死ンジャエバイイ……死ンジャエバイイ……!


……………死ネ……。


……死ネ…………!


―――――死ネ!


―――――死ネ!!!!!

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