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Only You!  作者: 羽衣
7/14

六話 夢・集合





―――桜と別れて自宅に帰った時、俺は激しく体調が悪かった。


ただ頭が痛いだけなのだが、この痛みが尋常でない。


遂には床に倒れ伏し、気絶ともとれる眠りに落ちた。


軽い吐き気がブラックアウト寸前まで続いたが、それを堪えるのは造作もない。


簡単に意識が欠如した俺は、疲れのせいか夢を視た。


その夢は俺の脳に焼き付き、決して消えることはない。


そう、今でも簡単に呼び起こせる。


あの光と闇を………。


俺が視た夢は、俺のものであって俺のものでない。


俺は真っ白な光の中、ただフワフワと浮いていた。


周りには人の気配どころか、建物すらない。


どこから光が差しているのかは判らないが、その世界はとても安心できる。


しかし、そこにあるのは俺だけではなかった。


いつの間に現れたのか、俺の目の前には一粒の闇。


真っ黒で怪しいソレは、モヤのようにフワフワと浮いていた。


そう、俺と同じように。


やがて黒い闇は、ヒト型へと姿を変えた。


明らかに体積が足りないように思うのだが、その黒い闇は変形を止めない。


完全なヒト型へとなった黒い闇は、口も無いくせに俺に喋り掛けてきた。



『久しぶりに運動すると、疲れるな』



いや、なんて答えていいのか判らない。


判らないので、そうか、と適当に流した。



『ま、意味が判らなくても仕方ないさ。俺が優性で、お前が劣性なんだから』



またもやワケの判らないことを。


少しばかりムカついたので、俺は言い返してやることにした。



『お前一体なにモンだよ。目も鼻も口も、カタチしかないじゃないか』



『はは、それはお前も同じだよ、柊一』



『……なに?』



慌ててカラダを見てみると、俺のカラダはあいつと同じモヤになっていた。


色が白い、という点では少し違う。



『俺もお前も、何ら変わらない存在だ。自分とケンカ出来ないように、俺たちは争うことすら出来ない』



『……俺はお前が嫌いだ』



『俺だって嫌いだ。だが争えない。俺とお前は同じだから。自己嫌悪ってやつさ』



『さっきから言ってる意味が判らないが、これは俺のせいか?』



『お前は劣性だから仕方無いって言っただろ。俺はお前が柊一だと理解出来るが、お前にはムリだ』



『不公平なのはガマンしてやる。で、お前はなにモンでここは何処なんだ』



『ここは俺たちの心象世界。ここからカラダを観察できる。そして、“俺”と“お前”の住処であり、意識』



どうやらコイツとは話が噛み合わないらしい。


抽象的すぎる発言はマジで判らん。



『俺がここまで理解出来るのは、お前が居るから。俺だって外に出ればお前と同じ無知者』



まるで笑っているかのように両手をヒラヒラさせるマックロクロスケ。


その仕草は何となく俺に似ていた。



『百聞は一見にしかず。カラダの所有権は俺にあるから、証拠を視せてやるよ』



その言葉を聞いた途端、ヤツのカラダが白くなった。


明るい世界は変わらない。


だが、確実に何かが変わっている。



『今交代した。優性の俺が具現化したんだ。その証拠にお前、黒いぞ』



ハッとしてまた自分のカラダを確認してみると、さっきとは反転して俺が黒い。



『俺もお前も一つなんだ。幾つかの条件が揃わなければ、こうやって会話出来ない。当然、俺たちの知識はここでなければ発揮出来ない』



『やっと読めてきたが、もしかして俺は二重人格者か?お前がもう一つの人格でさ』



俺の発言は的を射ていたのか、失礼なことに腹を抱えて大爆笑された。



『はははっ!そうか、二重人格かっ!優か劣かでここまでとは!』



涙でも流しかねないような笑い声は、不思議と癇にさわらない。


それどころか、自分が多重人格者ではないという事実に安堵していた。



『人格が複数あるわけじゃない。意識が二つあるだけだ。俺が外に出なければ感知すら出来なかっただろうな。俺は今までナリを潜めてたワケだし』



『じゃあ何でお前は出てきたんだ。どこに出たかは知らないけど』



その当たり前のような質問が、ヤツの触れてはならぬ琴線に触れてしまった。



『お前が呼んだんだろう……!あの時!!』



身に覚えがないので、そんな風に怒らないで欲しい。


困惑しまくるからな。



『お前じゃムリだから俺がやったんだ!八年前だって――――』



そこまで言って、ヤツは押し黙った。


急に冷静になったかと思うと、また俺とヤツの色が変わった。


白と黒、その二つが入れ替わる。



『―――早いな。さ、お別れだ。俺が出るのはあまり良くない。水野や泉によろしくな。あと、桜にも。それから―――妃奈には、謝っといてくれ』



何でその名前を知っているのかと訊ねようとした時、俺は目が覚めたようだ。


カーペットの上とはいえ、床で寝ていると体が痛い。


ワケの判らん夢を視たせいで、まだ頭が痛い。



ピーンポーン



どうやらさっきからインターホンが鳴っているようだ。


体を起こして時計を見てみると、見事に八時。


そうか、休日は昨日で終わりなワケで、するってーと来訪者は妃奈か。


さらにするってーと、遅刻確実だべ。


体は重いし頭は痛いし、もうサボタージュだ。


俺は急いで玄関を開け妃奈を迎える。



「おはよう……って、アレ?」



妃奈が首を傾げる。


多分俺が着替えていないのを見ておかしいと思ったんだろう。



「妃奈、悪いけど俺今日学校休む。体調不良」



「もしかして風邪?なら私が―――」



「看病はいいよ。ホントに大丈夫だから、安心して学校行っといで」



俺は妃奈に歩み寄り、ポンと頭に手をのせる。


妃奈が恥ずかしがったから、手をのけて軽く背中を押す。



「……ホントにいいの?」



「ああ、いいよ。メシ食って寝てるから」



すると妃奈は了解してくれたのか、くるりと背を向けた。



「あ……妃奈」



知らず知らず、妃奈を呼び止めていた。


小動物のように振り向く妃奈は、どこか可愛らしい。



「ん……なんか、ゴメン」



「?いいよ、別に。それより、インスタントとかレトルト食品ばっかり食べてちゃダメだよ。栄養偏っちゃうから」



説教するように言いつけた妃奈は、行ってきますと手を振ってから歩き始めた。


学校に向かう妃奈の後ろ姿は、何だか凛々しかった。



「……なんで謝ってんだろ、俺」



俺もさっさと家へ戻った。


本当に風邪を引いてもイヤだし、なにより意味がない。


だが、学校はサボったものの、ヒマだ。


とにかくヒマで、授業中であるのを承知していながら泉に電話してやった。


残念ながら電源を切っていやがった。


それから二十分後、泉から電話が掛かってきた。


内容はもちろん、苦情。



『お前な、もし俺が電源入れてたらどうするんだ。あの時は数学だったんだぞ』



などと文句を言ってきた。


数学の教師は厳しいことで有名で、ケータイを携帯していることがバレようものなら、それこそゲンコを二、三発譲渡される。


受け取り拒否は不可だ。



「ああ、悪かったよ。少し魔が差しただけだから、そんなに怒るな」



『まぁいいさ。柊には大きな借りがあるしな。それより……ん?西園寺、昼休みに会うとは、俺の今日の運勢は大凶か』



お、どうやら泉と桜が接触したらしい。


それよりあいつ、桜を挑発するようなことばかり言うから、昼休みは危険の法則が出来上がるんだ。



『ああ、お察しの通り柊だ。は?電話貸せ?いいだろう、通話料は一秒一万円だ。それで……ひでぶっ!!』



……ああ、秘孔を突かれた泉の姿が目に浮かぶ。


桜にも恩があるんだから、優しく接しろよ。


泉の冥福を祈りつつ、俺に飛び火しないよう願う。



『柊一、私に無断で休むには署名が600兆人分必要って言わなかったけ?』



また意味不明なこと言ってるなぁ。


600兆なんて、一体どこの星に行けばそんなに人間いるんだよ。


地球上の全人類かき集めても100分の1にも満たないぞ?



『冗談はさて置き、何で休んだの?』



「体の調子が悪かっただけだよ。それから、俺は桜に連絡する必要も術もない」



『そうだっけ?それより、体大丈夫なの?』



「全く、女子ってのはみんな心配性なのか?桜が心配するくらいだから、北京原人の時代から根付いてたんだろうな」



『わ、私はただ……昨日色々あったから、その、まだ痛むのかなぁとか思っただけで、心配じゃないの。柊一のケガは半分私のせいだし……』



本当に、桜のこういう所はずるいと思う。


俺の発言からして怒ってもよさそうなものを、こんな風にか弱い女の子っぽい声で返してくるんだから。


ギャップが激しいよ、桜さん。


ま、桜も実はちゃんとした女の子なんだけどね。



「桜、他人が気にかかって案ずるのを、心配って言うんだ。知らないなら辞書に書き足しとけ。あと、暴力とか暴行みたいな単語は修正ペンで真っ白にするのを忘れずにな」



『制裁は消さないから。それと、部屋を掃除してお茶とお茶請けを用意しておいてね』



それっきり、ツー、ツー、としか聞こえなくなった。


桜がワザと可愛らしく『ね』を語尾に付けるからには、何かが来るな。


それから泉、桜には助けてもらったんだから、態度を改めて割り切れよ。


……でないと、死ぬぞ。


おっと、このセリフは言ってはならん。


空中で大破が結末だったもんな。


可哀想に、ハイジ(?)。







――――数時間後、予想していたことだが、インターホンがけたたましく鳴り響いた。


客人が誰かは分かりきっているため、急いでガスコンロの火を止める。


お湯を沸かしているのがバレれば、妃奈にとっちめられそうだ。


玄関先でドアを開けると、予想通り妃奈が。


そして続くように桜が―――?


さらに泉と水野まで―――!?



「待て待て、何だって大軍でやってくるんだ。聞いてないでごわす」



「いいじゃない、ヒッキー。みんなで看病に来たよー」



水野、その呼び方では俺が引きこもりみたいに聞こえるからやめてくれ。


ていうか、皆さんコンビニの袋を持参してるあたり、うちでパーティーでも?



「看病など建て前で、本当は遊びに来た。だがな柊、みんながお前の心配をしているのは真実だ。とくに俺は大きな借りがある。黙ってはいられん」



おお、微妙にいいこと言ってないか?


なかなかの好青年ではないか、泉。


それに、みんな制服姿なのは、直接来てくれたからなのだろう。



「柊くん、ちゃんとお昼ご飯食べた?」



「あ、ああ。目玉焼きでも作ったっけな〜?」



いきなりの尋問に、思わず声が裏返った。



「そっかー、で、ホントは何食べたー?」



「いや、だから自分で作――」



「何を、食べたの?」



「期間限定……みそ味カップヌードルです……!」



「もうー!またそんなのばっかし!育ち盛りなんだからもっと栄養のあるものを食べなさい!」



僕には料理なんて出来ないんです……妃奈さん。


「もう……夕飯は私が作るから、キッチン借りるね」



妃奈はやれやれと言わんばかりにキッチンへと向かった。


そして、適度に温められたお湯を見て、俺をキッと睨みつける。


ああ、バレたか。


間食としてだから、許して下さい。


ぶつぶつと文句を言いつつ、冷蔵庫をガバッと開ける。


あ、食材がほとんど入ってないや。


中身に絶望した妃奈は静かに扉を閉め、またもや俺にキツいひと睨みをくれた。



「まあまあ、落ち着けよ神谷。幸い、近くにスーパーがあるんだろ?何とかなるさ」



よし!今日はいい調子だぞ、泉。



「今日は一晩中遊びまくるんだから、そんな事きにしないっ!」



どうやら水野さんは問題発言が多いな。


泉はともかく、女の子……しかも美女を三人も泊めれるワケないだろ。


俺の神経が擦り切れる。



「そうだな、夜通し語り明かすがいいさ。妃奈んちで」



「何言ってるの殺菌くん。友達なんだから同じ布団で寝るのは当たり前でしょう?」



同じ布団で眠るつもりなのか!?


それと、俺は殺菌くんじゃない!


ていうか俺の家に泊まるのが前提なのかよ。



「水野。残念だがな、うちは公序良俗に反する行いに手を貸すことは出来ないんだ。他をあたってくれ」



「あら不思議、公序良俗に反する行いを、ツキリンはするのかな?」



「ツキ…!?いや、俺がではなく、泊まるという行為自体が反するのだ」



「若い男女が一緒に寝ること?おかしなコトが起きる確率がゼロなら、別に関係無いじゃない。それともキミはやましい気持ちがあるのかい?」



「いやいやいや、絶対ない!」



「そう、私たちにもないわ。あなた達が変な気を起こさなければ、何も起きない。なのにそれを危惧するのはあなたにやましい気持ちがあるから。違う?」



「でも俺にやましい気持ちなんか……」



「なら何も起きない。何も起きないなら問題ない。違う?」



いかん、丸め込まれている。


水野がこんなにも口が達者だとは気が付かなかった。


しかしこれだけは譲れない。


何としても死守せねば!



「みんなの意思を無視は出来ないだろ。ほら、桜だってさっきから黙ってるだろ?きっと不服なんだよ」



「私は別にいい」



あらま、桜さんあっさり承諾ですか?


何か理由がありそうだが、しょうがない。


泉は水野派っぽく頷いてるし、残るは妃奈だ。


この状況を打開するのだ。



「妃奈〜。何とか言ってやってくれよ〜」



冷蔵庫をガン見している妃奈に弱々しい声で助けを求めた。


献立ではなく打開策を考えてくれ。



「んー、私は賛成だよー?もともと泊まりに来るつもりだったし」



「はあ!?マジですか!?」



おかしい、今日のみなさんはすこぶる態度がおかしい。


そうだ、桜が簡単に了承することがおかしければ、何の脈絡もなく急に『泊めろ』なんて言い出す水野もおかしいんだ。


何故?


何故、桜は今日、泉のケータイをぶんどってまでして俺にあんなことを告げた?


桜の性格からして、あんたの家に泊まるくらいなら野宿の方がマシだー、とか言いそうじゃないか。


どうしても俺の家に泊まらなければいけない理由がある……もしくは、そうせざるを得なかった………?


おそらく後者だろうが、その理由が判らんな。


―――よし、妃奈よりもまず、桜に直接訊こう。



「……仕方ない。一時この問題は保留にしておこう。ハラが減っては戦は出来ぬとか言うし、晩ゴハンの食材を買ってくる。実はさっきから腹ペコでな。あ、ついでに桜借りるから」



俺は立ち上がると、未だ戸惑う桜の手を取った。


そして半ば強引に部屋から連れ出し、自宅を飛び出た。


……我ながらもう少し自然にできないものかと反省する。


家を出たまではいいものの、桜のキョトンとした顔が不自然さを物語っている。


だが、ここからが肝心だ。


いかに桜から情報を聞き出すか……いや、ストレートに訊いた方がいいかな。


ともかく俺は、桜を連れて近くのスーパーへと向かった。


家の前でウロウロしているのがバレたら大変だ。



「桜、悪いけど荷物を持つの手伝ってくれ。一人じゃ辛い」



「え…いや、それは構わないけど……」



まだ困惑気味な桜を引き連れ、歩みを進めていく。


日はすでに傾いているとはいえ、暗くなるにはまだ幾分早かった。


俺がこの土地に帰ってきてからまだあまり時間が過ぎていないし、春は未だ折り返し地点にも立っていない。


そのことを考えると、今まで色んなことをしてきたなと思う。


思い出の密度…と言うべきか、結構中身は詰まっていた。


八年前、俺が祖父の家に預けられてからこんなことは一度もなかった。


別に楽しくなかったワケじゃないが、この土地の人間の方がバラエティーに富んでいる。


この木枯のことなんか全っ然覚えていないのに、やはり懐かしい。


小柄でおとなしい幼馴染み曰わく、俺も全然変わっていないそうだけど。


やはりこうして町中を歩いていると、感慨に耽ってしまう。


見る景色が新鮮に映っているにも関わらず、何故か和んでしまう。


これが、故郷というものなのだろうか。


そうして、二百メートル程歩いて坂道を登る途中、急に桜がハタと足を止めた。



「……柊一、ずっと気になってたことがあるんだけど」



桜は困ったような顔で呟いた。



「何だよ、桜。歩き疲れたのか?」



「ううん、そうじゃないわ。ただ、いつまで手を握ってるのかなぁ、って思っただけ」



「え?ああ、スマン。ついうっかり忘れてた」



どうやら俺は、部屋からずっと桜の手を握っていたらしい。


慌てて手を離すと、桜はまた俺と肩を並べて歩き出した。


気になるんだったらもっと早くに言えばよかったのに。


俺は、横に並んだ桜を盗み見る。


桜は別段楽しそうではないが、不機嫌でもなさげだ。


視線を少し下げ、細く白い首を見る。


桜の透き通った肌に、特に異常は見受けられなかった。


俺が不甲斐ないばかりに危険な目に遭った桜は、首を絞められていた。


あの時は見た瞬間視界がぼやけ、頭に血が昇ったような気もするし逆に落ち着けた気もする。


だが情けないことに、それからの記憶があまりハッキリしていない。


ふと辺りを見回せばみんな気絶していたし、何故か腰には桜の腕が巻き付いていた。


気のせいかもしれないが、桜はあの時泣いてたように思う。


あくまでも勘なんだが。


――ていうか、失念していた。


俺は桜に訊かないといけないことがあるんだった。


何のために連れ出したってんだよ、全く。



「なあ桜、一つ訊いていいか?」



「分かってるわよ。私がどうして柊一の家に泊まることをオッケーしたのか、でしょ?」



ありゃ、バレバレか。


最初から気付いてたのか、桜。



「昨日の話なんだけど、私がお土産的なモノ貰ったの覚えてる?」



ああ、あの箱か。


少し薄めの、制服買った時に付いてきたようなおっきい箱。


あの中身は……きっとアレだったんだろうな。



「実はアレが原因なの。家に帰って開けてみると、その……とにかく言いづらいのが入ってた。捨てるに捨てられないし一応置いてあるんだけど……」



桜はそこで言葉を詰まらせた。


どう話すものかと悩んでいるようだ。


考えている姿を見ているのもいいが、俺の意見も一応聞いといてもらおう。



「桜……もしかして、水野に脅された?」



ぴくん、と反応した桜は、黒い瞳に驚嘆の意を示した。


どうやら俺の考えは的中していたらしい。


なんか、危険を察知したリスみたいになってる。



「よし、話はだいたい解ったよ。箱の中身は言わなくていいから安心しなさい。―――しかし、桜も大変だなぁ」



「え――?柊一、もう分かっちゃったの?へぇ、意外と頭いいんだー」



ふむ、意外は余計だがな。


―――考えてみれば簡単だ。


俺たちがメイド一族を助け、普通のブツをお礼に貰えるなんて思ってない。


渡したのが、桜はメイド服が似合うと賞賛していた人物なら尚更だ。


でもまぁ、確かに似合ってたけどな、物凄く。


で、それが桜にだけ渡されたということは、桜に需要が有るにしろ無いにしろ俺より桜の方が適しているワケだ。


何故かは言うまでもない。


桜が美人で、女であるという前提のもとにメイド服が似合っていたからだ。


それを家に置いておく―――タンスかクローゼットかは知らないが、やはり他人に見られるわけにはいかないだろう。


多分水野は、もし断られたら桜んちに泊まるー、とかなんとか言ったんだろう。


それが本人の知らない間に、桜にプレッシャーをかけていたんだ。


なんせ、見つかればひどいことになるからな。


あんなモノがクローゼットに入っているのを偶然発見すれば、誰だって驚く。


そして扉を閉めた後に言うんだ。


“コスプレって何が楽しいのー?”ってね。


それを未然に防ぐために、俺の家に泊まるのを認めなきゃいけなかったんだ。


俺でもきっと、そうする。


誰だって避けるべき危機だと思うさ。



「……分かっちゃったってことは、もちろん箱の中身も分かっちゃった?」



「ああ、だが安心しろ。俺の考えはあくまで推測だし、桜が俺に言わない限りアレを受け取ったってのも曖昧だ。言いふらす気とか毛頭ないけど、一応言っとく」



そう、俺がアレの名称を桜から聞いてしまえば、それは事実になる。


事実を知られては、口を封じなければいけない。


それが如何に信用に足る相手だとしても、不安は残るだろう。


でも逆に俺が“真実”としてその名称を聞かなければ、俺の推測は推測の域を出ない。


真相は闇に葬られたまま、誰一人気付くことはない。


暗黙の了解の方が、お互い気が楽だ。



「そ、ありがと。けど私は、柊一になら教えてあげてもよかったわよ?」



「何でだよ、俺が言いふらすかもしれないんだぞ?」



俺は少し笑いながら答えた。



「大丈夫。柊一はそんなことしない。柊一は、言っちゃいけないことは言わないし、やっちゃいけないことはやらない。そういう信頼できる人と一緒に居るのは楽よ。将棋で例えるなら、金将かしら?」



なるほど、使い勝手がいいと。


相手を詰める時とか便利だもんな。


しかし金将とは、俺も買いかぶられたもんだ。


やはり思い出すと自分が情けない。



「そんないいモンでもないさ。それより、スーパー見えてきたぞ。何を買うか考えないとな」



俺は、いつの間にか目前へと迫ったスーパーを指差す。



「そうね。早く済ませて帰りましょ」



その時桜は、とてもご機嫌だった。


太陽のようなスマイルは眩しいばかりに輝いていた。


そんなこんなでスーパーに突入し、適当な材料を買い込んだわけなんだが……その結果――――。




「こんなの買ってどうするのーーー!!」



などと妃奈に怒鳴り散らされている次第である。



「牛肉、じゃがいも、カレー粉。それにプリンとようかん。ここまでは神谷も許してくれたかもな」



俺と桜が妃奈にとっちめられているというのに、数メートル離れた所で買い物袋を漁っている者が二人ほど。


もちろん水野と泉だ。



「けど、熱湯三分とか五分とか書いてある商品はまずったわね。しかも大量に」



怒られるのは分かってたんだが、やはり先のことを考えるとだなぁ……。


一応カレーを意識してみたんだが、いざ材料を買うとなれば、何がいるかが判らない。


桜はあまり口出してこなかったし、自分なりに頑張ったのだ。


では、購入した食品を紹介しておこう。



牛肉2パック。

じゃがいも数個。

カレーのルー7箱(適当に一掴みしただけなのだが、妃奈曰わく“有り得ない”のだそうだ)。

ようかん五個。

プリン五個。

インスタント食品大多数。

その他菓子類等。



――――以上だ。



「ま、まぁ怒らないで下さい。プリンやようかんもあることですし……」



こちらとて、妃奈対策がないわけではない。


女の子は基本的に甘いもの好き、という桜の助言によりプリンを。


桜の希望によりようかんも追加。


ようかんもプリンも、効果はなかなかに抜群であったようだ。



「……はぁ。今日は特別に許します。では罰として、柊くんのようかんとプリンを半分私に譲渡すること!」



なんだ、やっぱり食べたいだ。



「でも妃奈。そんなに食べると太――――」



すみません、反省しておりますので、そんな怖い顔で睨まないで下さい。


ごめんなさい。


何はともあれ難は去ったようなので、次は妃奈の番だ。


そのための買い物でもあったワケだしな。



「じゃあ妃奈。早速晩ゴハンの支度をしよう」



そう言って俺は、妃奈をキッチンへ連行した。


リビングからキッチンまでそう大した距離ではないが、ヒソヒソ話をする分には聞こえないと思う。


棚に長年保存されていたエプロンを二人分引っ張り出し、妃奈にその一つを手渡した。


エプロンなんて久々だな。


きっと中学の調理実習以来だ。



「さ、美味なるカレーを目指してガンバろう」



俺の所信表明をどう捉えたのか、妃奈は訝しそうな顔をした。



「……お肉とじゃがいもだけだよ?」



そこには右手に肉の入ったパックを、左手にじゃがいもを装備した妃奈がいた。



「ルーさえあればカレーだろ。プリンでも入れちゃう?」



妃奈は小さくため息をつき、俺のジョークを流してくれた。


まぁ、イモと肉のパレードもまた一興だ。


俺と妃奈がキッチンに立っている間、残された三人はどこから引っ張り出してきたのか人生ゲームをエンジョイしていた。


歓声があがりまくっている。


そんな雑音を気にせずじゃがいもの皮を剥いている妃奈は、妙に様になっていた。


馴れているの一言では片付けられない少し静かな雰囲気。


大げさに言ってしまえば、神秘的とか神々しいみたいな感じだ。


強く母性を感じるというか、清楚な気を漂わせている。


そんな妃奈に見とれていたせいか、俺は未だ徒手空拳であった。


エプロンを着けたからにはと思い、勇ましく包丁を取り出す。


そしてじゃがいもを一つ手に取り、妃奈のを手本にしながら見よう見まねで皮を剥いていった。


じゃがいもをくるくる回しながら皮を剥くのだが、なかなか上手くいかない。


何よりムカつくのは、剥いた皮が繋がらないことだ。


妃奈はスルスルと長くなっていくのに、何故か俺のは断片となって落ちていくのみだ。


俺が二つ目に差し掛かろうとした手を伸ばしたその時、



「柊くんのじゃがいも、なんかちっちゃくない?」



妃奈からの指摘を受けて自分の作品を見てみると、確かにちっちゃかった。


最初から一回りも二回りも縮小してしまった無残なじゃがいも。


しかも形が、元の丸から角張った多角形へと変化しているのは何故だ?


すでに幾つものじゃがいもを制覇した妃奈と、一つだけの俺。


数では負けているが、切り落とした部分の体積なら俺の方が上じゃないか。



「じゃがいもはこれで終わり。柊くんこういう作業慣れてないんだから、後は私がやるよ」



「……そうだな。俺が手を出したら邪魔になりかねない」



俺はサッサとエプロンをハズし、遠くの方にぶんなげた。


かといってキッチンから出て行くわけでもなく、ただ突っ立っているのみだ。


妃奈一人に任せるのも気が引けたし、訊かなくちゃいけないこともある。



「……なぁ妃奈。何でさっき、俺の家に泊まるとか言い出したんだ?」



食材を炒める妃奈は顔をこちらに向けない。


向けられてもアブナいから困るんだがね。



「柊くん一人じゃ何かと大変じゃないかなー、と、優しい幼馴染みは心配しているワケですよ。体調悪いならなおさら」



「本当にそれだけ?」



「うん、それだけ」



……なんか、拍子抜けだな。


何事もないのは結構なんだが、あっさりしすぎている。


桜のことがあったせいか、どうやら俺はマジになりすぎてたらしい。



「柊くんは……もし私が体調崩したら、泊まりに来てくれる?」



「え!?妃奈んちにか!?それは……健康な青年男子として問題が………」



「………そっか。ふつうそう思うよね」



「うん。だから、いつも元気でいてくれよ。妃奈が元気なくして俺まで元気なくなったらどう責任取ってくれるんだ」



「……柊くんまでなくなっちゃうの………?」



「うん、多分。だからいつも元気に笑ってなさい」



「――うん。私はずっと笑ってるから、柊くんも笑っててよ」



俺が小さく頷くと、妃奈はまた料理に集中し始めた。


その時の妃奈の表情はどこか嬉しげだった。


フライパンが奏でる肉を焼く音すら喜々としている。


俺は完全に立ち尽くし、ただ妃奈を見つめるだけ。


やがて、カレーらしくなってきた食べ物にフタをする妃奈。


どうやら料理は一段落したらしい。


あとは煮込むだけ、と小さくこぼした妃奈はエプロンをハズし、人生ゲームの輪の中へと駆けていった。


あちらも一回戦が終了していたらしく、結果は水野の圧勝。


泉は家が燃えるなどの災難に遭ったらしい。


俺もいつまでも立ち尽くしているワケにはいかないので、ついでに輪の中に混ざった。


時刻はすでに六時、早ければ夕食の時間だ。


西日が差すリビングで、俺たちは飽きもせず一緒に人生を満喫した。


言うまでもないが、そのほとんどの人生において水野は億万長者だった。


かくいう俺は常に崖っぷちで、職業はフリーター、詐欺には遭うわゴルフコンペでぼろ負けするわ、約束手形と長い付き合いとなった。


あ、クルーザーも買わされたっけな。


とにかくそんなどん底の人生でも、なかなか楽しかった。


そして、俺が全ての約束手形を手中に収めた頃、カレーの完成を妃奈に告げられた。


フタを開けると、まさしくカレーの香りが立ち込んだ。


空きっ腹にひびく何とも言えぬ良い香りだ。


ふと時計を見ると、あれから一時間も経っていた。



「これは……。柊、俺たちが泊まるのは反対ではなかったか?」



いつの間に距離を詰めたのか、泉涼太が隣にいた。


そのすぐ後ろには水野がひょっこりと顔を出している。



「あぁ、反対だったが、見ての通りカレーの量がハンパじゃない。一人じゃ食べきれないから手伝え」



鍋になみなみと作られたカレーは、明らかに五人前。


それでも二日は保ちそうな量だ。


こんなに食べるとインド人になってしまう。


妃奈の企みかどうかはこの際ほっといておくとしよう。


実際俺も、このメンバーと一緒にいるのは楽しい。


もうやけくそだ、みんなまとめて泊まってけ。


公序良俗に基づいたお泊まり大会を開催してやる。



「おっ!?今認めたね、五月柊一クン」



珍しく俺を本名で呼んでくれるのは嬉しいがな、水野。


もし文字にする際は『五月』ではなく、『皐月』にしてくれよ。



「あらかじめに言っとくぞ、寝る部屋だけは別々にする。これは絶対だし規定事項だ」



「そんなの当たり前じゃない。私と泉くんは多分構わないけど、それじゃ他の人が保たないっしょ」



なるほど、よく分かっていらっしゃる。


そこまで分かってるなら自重してもらいたいんだがな。



「でも、寝間着とかはどうするんだ。神谷のを借りるにしても限りがあるだろ?」



そこで泉が疑問を口にした。


確かに、と顔をしかめる俺と妃奈。


もしや中止か?そうなのか?



「その点は大丈夫。ここからじゃあ多分、桜の家が近いだろうから、借りに行くよ」



リビングで一人焦る桜。


そう言えば水野に来られちゃ困るんだったけ。


背後から殺気にもにた桜の視線が刺さる。


“止めなきゃどうなるか……判ってる?”なんて幻聴が聴こえてきたくらいだ。


殺られる……俺が殺られる……!



「…なあ水野。それぐらい桜一人でも大丈夫だろ?」



「何言ってるの。私が借りるんだから私も行かなきゃ。それが筋ってモンでしょ?」



「いや、桜は気にしないって。そんなに気ぃ遣うコトない……と思う」



俺と水野が桜に目をやると、首振り人形のようにコクコクと頷く。



「……桜、私が家に行くの避けてない?桜の家に泊まるって言った時も本気で拒否ってたし」



す、鋭い……!


いかん、この場で食い止めなければ俺の命がっっ!



「いや――困るっ!え、ああ―――そうっ!水野に勝ち逃げされたまんまじゃ困るっ!」



「――――え?」



「水野、人生ゲームボロ勝ちしてたろ。俺が人生の厳しさってモンを叩き込んでやるぜっ!」



なんとも言えぬ静寂が訪れた。


水野は少し考えた後、ひらめいたかのように顔を上げた。



「――よしっ!そういう事なら望むところ!勝利に酔うは真の強者と知れ!」



水野は腕まくりすると、続きをやろうと腕を引っ張った。


素早く定位置に着くと、俺にも早く座るようせがんだ。


こういう遊びになると急に子供っぽくなる習性があったのか。


そんなワケで何回やったかも分からない人生ゲームをまた繰り返すハメになった。


それも1対1のタイマンなんて、違うゲームにした方がよくないか?


俺が座ると、水野が先手を譲ると言ったので遠慮なく頂いておいた。


このゲームに先手の重要性は感じられないが、容赦出来る相手でもないので貰えるなら貰っとく。


そうして俺は、ルーレットという名の運命を指で弾いた―――――。

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