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Only You!  作者: 羽衣
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四話 乱心の奉仕者




「よしっ!見た目はほとんど女性に化けたし、後は口調と動作だけだな」


泉は感嘆か、それとも馬鹿にしているのか分からない笑みで俺を出迎えた。


桜は桜で仏頂面をしているらしい俺を見ては大爆笑だ。


どうもメイド服との組み合わせがツボにはまったらしいな。


先ほど鏡で俺のツラを拝見したが、まあ……女に見えなくも…ない…かな?といった程度である。


あの金髪娘のメイク技術には目を見張るものがある。


接客に関しては桜に任せるし、俺はただの戦闘員だからな。


出会った瞬間殴りかからなければいいが、桜ならやりそうだ。


俺はそんな不安を抱えながらメイドの基本動作を教育させられていた。


桜はかなり真面目に聞いているようだが、殺る…いや、やる気になったのだろうか。


一通りメイドの動きを叩き込まれた俺と桜は、泉やメイドレンジャーズと休憩を兼ねた雑談を楽しんでいた。


俺がメイド殺法を教えてくれと言ってみると、何故か桜の瞳が異様に輝いたのを覚えている。


それから約20分ぐらい経ち、部屋に電話の呼び出し音が鳴り響いた。


速やかに電話にでる清楚メイドさん。


ハイ、ハイ、と応答している清楚メイドさんは、用件が済んだのか電話を切った。



「ご指名、入りました。可愛いメイドを数人回して欲しいとのことです。十中八九、敵部隊と思われます」


どうやら変態さんがご注文のようだな。


遂に俺たちの出番らしい。


しかし出前感覚とはナメたマネをしてくれる。


戦闘準備が整った今電話してしまった自らの運命を嘆き、挑発的行動をとったことを後悔するがいい。


不吉を届けてやるぜ……!



「ふふ……。どうやら久々に、私の禁じ手を解放する時が来たようね……!闇の炎に抱かれて消えろ……!」


俺以上に背後からどす黒い殺気を放出している桜は、妙に殺る気だ。


しかし心配だな、この勢いが続けばいいんだが。


「では、これより『メイド狩り殲滅作戦』を決行するっ!柊と西園寺は最前線へ!後に後詰めが到着する予定だから、敵部隊の足を止めてくれ!他のメイドは俺と諜報活動だ!」


意気込んで何処かへ走り去っていった泉は放っておき、清楚メイドさんに戦闘区域の座標を尋ねた。


一応口で教えてくれたが、ちゃんと小さな紙にメモした地図を渡してくれた。


これで準備は万端、いざ、出陣!


物凄い勢いで桜と飛び出し、先ず手渡された地図を見てみる。


残念ながら土地勘というものがないため、勢いだけで走り出すことは出来ない。



「―――よし、行くぞ、桜」



メイド服を着ているとは思えないほど真剣な面持ちで走り出す。


桜は無言で頷き静かに付いてくる。


そして順調に進むこと約十分、指定されたのは、何の変哲も無いカラオケボックスだった。


まあ、当然のごとく含まれている萌え要素を除けばの話だが。



「虎穴に入らずんば虎児を得ず。離れるなよ桜、こっから先は戦場だ」



桜は俺の隣で立ち止まり、一緒に入り口を凝視する。



「んなコト言われなくても判ってるわよ。柊一こそ足手まといになったりしないでよ」



ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らし、仲良く足並みをそろえて虎穴へと突入した。


少し歩けばすぐに指定の部屋へとたどり着き、入室した。


意外と広いなというのが正直な感想だが、今はそんな場合ではない。


怪しまれないよう笑顔は絶やさず、標的を見据える。


人数は三人、言うまでもなく男。


イメージしていたオタクとは異なり、三人とも意外なまでに凡人そうな容姿をしている。


だが油断は禁物。


見た目だけで判断するワケにはいかない。



「桜……絶対に気付かれるなよ……先ずは演技に集中だ」



連中に気付かれないように隣にいる桜へと呟く。


桜は視線を動かさず、表情を強ばらせたままだ。


「だ、大丈夫よ、任せて……」



そんな事言われても、顔がひきつってるぞ。


いつもの人を威圧するような眼差しが消え失せているのは演技なのか素なのか。


どちらにしろ俺のする事は一つだ。



「あれ、ご主人様を前にして挨拶も無しかい?なんて躾のなってないメイドだ」




三人の内の一人、割と細身の俺が口を開いた。



「も、申し訳ありませんご主人様。馴れていないモノで……」



俺はすぐさまフォローし、桜に目配せをする。


ズバリ、辞儀の意。


素直に理解したらしい桜は、俺に合わせて頭を下げた。


なんて言うか、不快だ。


「ふぅ〜ん。―――ま、いっか。それはそれで」


男は品定めするように俺と桜を見た後、舌なめずりした。


うっ……この偽装パイオツを見るな!見るんじゃなぁい!



「柊一……私ああいう目で見られるの、地獄的にムカつくんだけど……」


声を潜めて呟く桜。


その目には“殺害して良いかしら”という感情が溢れている。



「落ち着け桜……今ここで暴れるのはダメだ。……少なくともアイツらが手を出すまでは………」


確証もないまま手をあげれば作戦自体は成功するかも知れない。


だがそれは、メイド派遣システムの崩壊を意味する。


それだけで済めばまだいい方かも知れない。


ヘタに手を出して訴訟でも起こされてみろ、俺たちは一方的に暴力を振るった野蛮人で、いくら人のためとは言え弁明の余地などない。


いくら俺でも少年院、いや、刑務所だけは勘弁だ。



「いつまでも突っ立ってないでさ、こっち来なよ。ご主人様に仕えるのがメイドだろ?」



こいつ……やっぱりどつき回したいが、今は耐えろよ俺。


取りあえず今は上手く立ち回らなければ。


細身の男は俺と桜を両隣に座らせ、その隣を挟むように二人の男が座った。


桜の隣に居るのは鋭い目つきをした男。


野生の勘が訴える私見だが、そいつはこの中で一番腕が立つだろう。


もしかしたら武術の心得でもあるのかもしれない。


対して俺の隣には、これまたおどおどした気の弱そうなヤツである。


少しくせっ毛の髪や年下のような童顔が、まさに弱々しい。


俺と桜は演技に徹し、好機を待った。


そろそろ我慢の限界とパルマフィオキーナを喰らわしかけたその時、奴らが動いた。


俺の左隣、細身の男が桜の隣に居る男に視線を送っている。


視線を送られた男は、俺の右隣の男に視線を返す。


視線を返された男はビクッとした後、ゆっくり立ち上がった。



「―――――?」



桜は今のやり取りを見ていなかったのか、不思議そうな顔をする。


男は扉の前に仁王立ちし、動く気配が無い。


………なるほど、そういうコトか。



「さあて、もうかれこれ十分くらいお話したかな?仲良くなった所で、お楽しみといきますか」



細身の男は、桜ではなく俺の肩に手を回してきた。


男とバレてないという確信と共に、何とも言えぬ危機感を感じた。


俺にではなく桜に、だ。


俺にこの軽口野郎ということは、桜はあの危険なヤツに襲われるハズ。


野郎に抱き寄せられるという猛烈な不快感を抑え、桜を見た。


やはりというべきか、両肩を掴まれて押し倒されている。



(――――よし!押し倒されれば正当防衛は成り立つ!今こそその人離れした鉄拳を見舞ってやれ!!)



俺の期待は桜に注ぎ込まれる。


次に見るのは動かなくなったサンドバックかと思いきや、これまたやはりというべきか、恐れていたコトが起きた。



「きゃ……!ちょ、離しなさいよ……!」



桜は両手首をガシッと固定され身動きが出来ない。


男は嫌がる桜の顔を見て楽しげにニヤリと笑った。


確かに桜は、技のキレも良ければ敵に対して躊躇うこともないだろう。


これまで制してきた試合も少なくないと思う。


だが、それはあくまで試合での話。


恐らく桜には、試合で倒した敵はいても暴漢を倒した経験はない。


だから、こうして試合ではなく純粋な悪意と対面した時、躊躇してしまう。


それに、こと“腕力”に関して上をいく男が相手なら恐怖からすくんでしまうのは必定。


桜はもともと、好きで人を攻撃したりしない。


それは俺が一番解ってる。


そんな桜に今アイツを迎撃することなど、出来はしない。


即座に劣勢を感じた俺は、肩に回された腕を振り払い、桜を押し倒している男に殴りかかった。


真横から脇腹に向かっての真っ直ぐな拳。


男は危機を感じたのか、身を大きく後ろに引いた。


俺の拳は空を裂きソファーの背もたれに突き刺さった。



「……ふう、いきなり殴りかかるとは。お前、男だろ。見た目だけじゃ判らなかった」



男はもう一人の男と肩を並べ、俺たちを嘲笑うかのように笑みを浮かべた。


そんなモノは気にせず、桜に手を差し伸べた。



「―――大丈夫か、桜」



桜は俺の手を取り、立ち上がった。



「う、うん、倒されただけ……。でも………」



桜は胸の前で自分の手を握っている。


震えるような声といい潤んだ瞳といい、戦意が感じられない。


ちっ……これはヤバいな。



「こいつの話じゃイイ女とヤり放題って聞いたが、こんな余興まで用意してるのか、普通」



ふてぶてしく隣の男を流し見た後、またこちらを睨みつけてきた。



「こ、こんなこと予想外に決まってるだろ……!……でもまあ、相手は女と男が一人ずつ……」



一瞬パニクったその男は、また桜を上から下まで舐め回すように眺める。


「その女とは後々楽しませてもらうとして、まずは野郎と遊ぶか……!」



鋭い目つきをした男は、躊躇もせず走り寄ってきた。


大きく振りかざした拳は、俺に向かって孤を描く―――!


俺は自身に伸びてくる拳を見て、確信した。


こいつは武術など会得していない。


多分運動神経だけでこれまでのケンカを乗り切ったのだろう、さっき俺が感じたのは絶対な自信から来る驕りだったのだ。


俺は棒のような腕を横から掴み、拳を止めた。


ギリギリと腕を上にあげ、睨んでやった。



「殴りかかられちゃこれは正当防衛だな………!」



一応断っておくが、これはあくまで正当防衛であり、決してムカついたとかそんなんじゃない。


男は不満げな顔をつくり、舌打ちを打ちながら俺の腕を振り払った。



「普通掴めるモンじゃねえよな、拳ってのは。お前、何かやってるだろ」


その問いに答えるつもりは無かったが、拳を振り上げるのと同時に口も開いていた。



「一言言わせてもらうと、お前の動きは確実に野生の熊より遅い!」



そう、技に技術がなければ掴むも避けるも造作ないのだ。


ハラをスかせた熊に襲われてみろ、睨まれるだけで足腰立たんぞ。


しかも鋭い爪は一撃で致命傷だ、そりゃイヤでも避けれるようになるさ。



「はあ?訳分からねえ……」



そんなモン分かってもらわなくて結構。


今は奴を殴り倒すだけ――!


俺が突き出した拳を苦もなく手のひらで受け止める。


空いたもう一方の手で奴を制しにかかるが、やはり受け止められる。


こうなっては純粋な力比べ。


互いの力は拮抗しているように見えたが―――。



「ハッ!おもしれーじゃん!!」



男は一瞬力を緩め、そのまま前につんのめりそうになる俺をぐるんと投げ飛ばした。


否、投げ飛ばしたというよりは引き倒したの方が正しいだろう、何しろ相手は力任せなのだから。


視界が回る時にあの細身の男は見えなかった。


どこかに逃げたのか隠れているのかは分からないが、変わりに不安げな眼差しで立ち尽くしている桜が見えた。



「柊一……!大丈夫!?」



「動くな!」



俺の怒号に驚いたのか、桜はビクッと手を引いた。


とは言えこのピンチ、どう乗り切ったものか。


今は組み合っているからいいが、振り払われようものなら即連続殴打だ。


長引けば長引くほど不利になるなら―――!



「っ!このっ!降りやがれ!」



思いっきり体をひねり、馬乗りになってる男をぶん投げる。


即座に立ち上がり、体勢を整える男と睨み合う。


??なんだアイツ、やけににやけやがって――。



「柊一!後ろっ!」



桜の俺を呼ぶ声がして、振り向きざまに―――。



「ぐっ!……ああっ!?」



こう、なんてゆうか、ガン!と鈍い痛みが後頭部を走った。


この状況で俺を殴るやつなんて、決まってる――!


ちゃんと振り返ってみるとそこには武装している男が一人。


武装といってもマイクかなんかだろうが、これ以上ないというほどに頭にきた。


怒りの視線を送り、襲いかかってやろうと思ったがやはり止め、またあの男に向き直った。


今危険なのはやはりコイツで、一番最初に片付けるべきなのだ。


しかし、俺の考えは甘かったようだ。


男は一息で間合いを詰め、振り向いた時にはもい目前に居た。


今度は腹部に激しい痛み。


恐らくヤツの膝か拳が俺の腹に滑り込んだのだろう。


あまりの痛みからか足に力が入らず、その場で片膝をついた。


パタパタと慌てて駆け寄ってくる桜の足音が聞こえ、顔を上げる。



「しゅ、柊一……!こ、の!よくもっ!」



怒りに身を任せ、桜が立ち上がる。


数歩引いたあの男に殴りかかるのだろうが、それはマズい。


桜が俺に向けたあの目、未だ恐怖が抜けていなかった。


それどころか手も足も震えていた。


あんな状態ではいくら桜と言えど、返り討ちになるのは目に見えている。


心の中で叫んでいる。


“よせ、戻れ”と。


どんなに叫ぼうともそれは言葉にならず、頭の中でぐるぐると回っている。


桜に手を伸ばすのが精一杯のアクションだが、それでは止められない。


何事かをわめきながら突進する桜は、それこそ儚い少女そのものだ。


今にも散りそうな儚いモノを連想させる。


どうしても止めなければならないのに、体が動かない。


激しい腹痛のため?


いや、違う。


俺は少し安心しているんだ。


今の俺ではコイツを抑えられない、だから桜に任せてしまえ。


“俺じゃ力になれない”


“桜がやるしかない”


“桜は強いだろう”


そんな言い訳めいた思いが、俺の体を引き留めてるんだ。


桜が危ないという危機感を無視し、自身の安全を第一に考えている。


それはヒトとしての当然の感情、生物の本能、なんて理性ですら言い訳をしている。


桜を止める感情が偽物のような気がしてきた。


これは俺の意地なのかプライドなのか。本能とは関係のない余分な感情ではないのか。


そんなコトを考えているうちに、桜はあの男と衝突していた。


空手の型や中国拳法を織り交ぜていた桜の攻撃は、やはり弱々しかった。


力任せに振る腕は平手打ちのようにも見え、あっけなく掴まれた。



「………っ!」



「女は――すっこんでやがれっ!!」



男の太い腕が、桜に伸びる。


手は桜の首筋をとらえ、指が少し食い込む。


首を絞められた桜は苦しそうに吐息を漏らし、全身の力が抜けたように見えた。


その光景―――。


桜の苦痛に歪む顔――。


力無くうなだれ、ぶらんとする腕――。


―――一瞬、目の前が真っ赤になった気がした。


―――撃鉄はさっきから上がっていたんだ。


―――キリキリと音をたて、落ちる寸前だったのだ。


―――それを留めていたのは他ならぬこの俺自身。


―――そんなモノに、何の意味がある。


―――桜を守れず、危険にさらしているのはこの俺だ。


―――桜を守ると決めたハズなのに、それどころか頼っていた。


―――俺は何をしている。


―――あんな言葉を吐いておきながら、何をしている。


―――ヒト一人守れず、何の為の己か!!




“ヒトヒトリマモレズ、ナンノタメノオノレカ!!”




―――何か、一線を越えた気がした。



「あああああっっ!!!」



ガチンと頭の中で音がして、我を忘れた―――いや、思い出した。


体が軽い。


痛みもないし、何より周りの気配が手に取るように判る。


気が付けば走り出していた。


当然あの男目掛けて。


振りかざす拳も、避けられたり防御される気がしない。


相手が無防備だし、何より今の俺だ。



「なっ……!おまっ」



驚いた表情をつくった男を殴り飛ばす。


キレイにクリーンヒットしたからか、おもしろいように吹き飛び、立つことも出来ないようだ。


なるほど、脳震盪か。


だがそんなことで手を緩める気は毛頭ない。


馬乗りになってラッシュをかける自分は、疲れを知らない。


もはや意識が無くなっているそれを、容赦なく殴りつける。



「しゅう……いち……?」



桜のその言葉を聞かなければ、死ぬまで殴り続けていたかもしれない。


苦しそうに咳き込む桜を眺めた後、ドアの前に立っている男に目をやる。


すごいな、今の俺は敵の逃げ道を確認するほど冷静だ。


気の弱そうな男は口をパクパクさせたまま動こうとしない。


となれば、次の標的は決まっている。



「ひっ………!」



後ずさりする男を追い詰め、一気に懐へ飛び込む。


俺の繰り出す鉄拳はまさに疾風。


ヒトを破壊するのに適した俊足の拳。


ひとしきり滅多うちにした後、こめかみを握り潰さんかという勢いでアイアンクローを放った。


もちろんそれで終わらせるつもりはない。


すでに気絶しているとは言え、最後の一撃は大切だ。


動かなくなった男の頭を、持てる力全てを使い壁に打ちつけた。


その瞬間有り得ない音とがし、何となく楽しかった。


視界の隅には、あまりの出来事に目を背ける桜。


桜は今の俺を見てどう思うだろう。


暴走しているように見えるだろうか。


だがそれは断じて違う。


今の俺は解放―――。


その言葉が正しい。


力を解放しているのだ。


その証拠にこの清々しさ、こんなの人生初だ。


さて、残る獲物はあと一つ。


ガクガクと震えているから、なるべく気絶しないように殴ってやろう。


その方が興が乗る。


では、あの心地良い感覚をこの手に――――。


拳を振り上げ、狙いを定める。


加速をつけようとしたその時。




ドン、と背中に何かがぶつかった。


確認するまでもなく、それは桜だった。


好機と見たか、背後の扉を開けて逃げ出す獲物。



「もうやめてっ!!」



逃がすまいと体を動かそうとしたが、動かない。


見れば俺の腰には腕が巻き付いていた。



「お願い……もう終わったから………もうやめて………柊一……!」



声に張りがなかったのには気が付いたが、それでも止まる気はない。


再度体に力を込めるが、また制された。


渾身の力で抱きついているようで、胸が苦しい。


そこで、今までいい感じに温まっていた俺の体は、急激に冷えていった。


思考の回復に、煮えたぎっていた力が反比例する。


頭はもとより冷静だったが、いつもの自分に戻るような感覚が襲った。


完全に感覚が戻ったあと、腰に回っている手を握る。



「さくら………?」



腕がピクリと動き、するすると離れていく。


振り向くと、顔を伏せたままの桜がいた。


前髪に隠れて表情が窺えない。



「桜?どうした?」



覗き込むように見上げると、百八十度体を回転させてしまった。


わずかに肩が上下している。



「おーい、桜さーん?」



後ろから覗こうとすると、視界が一変した。


顎に何かが埋まり、天井を見渡した後仰向けに倒れた。


あっ、あなたが僕のお母さんですか?



「柊一……?柊一っ!」



慌てて駆け寄ってくれるのは嬉しいが、アッパーはダメだと思う。



「……久しぶりだな、この痛み」



軽口を叩くほど余裕はあるのだが、桜は俺の頭を抱きかかえてくれた。


いやいや、そげな大げさな。


って、アレ?



「柊一!大丈夫……?」



「かなり大丈夫だが、それより桜。なんか目が腫れてるぞ?」



事実桜の目は、赤く腫れていた。


そのコトを口にした途端、せっかく持ち上げていた俺の頭は放棄された。


床に後頭部からヘッドバッドを喰らわした俺は目に涙を浮かべたが、なんとかこらえた。


すでに桜はそっぽを向いている。


いつまでもこうしているわけにもいかないので、よっこらせと言わんばかりに腰をあげた。


さて、ここまで派手に暴れたんだから、速やかに戦略的撤退をするべきではなかろーか。



「―――帰るか、桜」



未だそっぽを向いている桜に一声かけると、相変わらず前髪で顔を隠したまま頷いてくれた。


取りあえず救急車は呼んどいて、警察は……やめておこう。


もう一度あの時の自分を思い返してみる。


冷静かつ機械的な動き。


あれは楽しんでいたのだろうか。


と、そんなくだらない思考は停止させ、さっさと建物内から退場した。


どんな理由だろうとあの時はああするしかなかったのだから、深く考える必要はない。


しかし背後にいる桜、何とかならないものか。


やたらと冷たい視線が背中に突き刺さっているし、無言の威圧は厳しい。


非常に厳しい。


いくら暴れ回ったとはいえ二人きりなんだから、もう少しだな、何というかだな、会話らしきモノがあってもよいではないか。



「……桜、体は大丈夫なのか?痛むなら言ってくれ」



周囲をネコミミ超人が行き交う中、この気まずい空気を打破すべく訊いてみた。


あるなんて答えられてもすることないが、無言よりは幾らかマシだろう。



「別に。特にそんな箇所は見当たらないけど」



わあー、絶対不機嫌だあ。



「そうか、ならいいんだ」



もしかして俺、余計気まずい空気をつくりだしてないか?


桜のコトだからまた強がり言ってるのかもしれない。


一応医者に診てもらうべきか、本人を信じるか。



「……………ごめん」



いや、診てもらうべきだ。


あんな苦しそうな顔されては、こちらも立つ瀬がないし。


うむ、診療代は泉に払わせるとして、他にも報酬をいただかないといかん。


埋め合わせなんてレベルじゃないぞコレ。



「………柊一こそ、ケガは平気なの?」



そう言えば、妃奈は水野にどんな埋め合わせをさせられてるんだろう。


水野ならムチャ言わないだろうけど、妃奈から進んでなんかやらかしてるかもだな。


うん、そんな性格してるし。



「……ちょっと柊一。聞いてる?」



てゆうかハラ減ったな。


よし、報酬は国産黒下和牛にでもしてもらうか。


泉なら謎のルートで手に入れそう……って、ナマで貰っても仕方ないのか。


そういうのが出てくる店に連れて行ってもらおう。



「聞いてるのっ!?」



にしても、行きしは容易に踏破出来たのに、返りがこんなに長く感じるなんてな。


アレか、山は下山するほうが疲れるってやつか。


辺りに珍獣が徘徊してるし、山って言うよりは魔窟だがな。



「こらあーーーっ!!無視するなっ!!」



「お、おお!?何事でござる!?」



いきなり耳に響く謎の轟音。


耳小骨を砕き、うずまき管を破裂させるつもりかと罵倒したくなるのをなんとか抑え、声の主を見据えた。



「耳ダイジョウブ!?聞こえてますか!?ゴートゥー耳鼻科!!」



カタコトで怒鳴り散らしてくる鬼のような桜さん。



「な、なんだ桜。いきなり大きな声だして」



「いきなりじゃないわよ!。さっきから何回も呼んでるのに上の空だし」



桜は俺の行く手を遮り、胸を張って腕を組む。


当然ながら顔はそっぽを向いているワケで、不機嫌オーラをこれでもかと放出している。



「いや、悪かった。ちょっと考え事してたんだ。ほら、緊張の糸がプツンとだな、切れるとだな、何て言うかだな、そのー………………ごめんなさい………」



謝罪の言葉を聞き、俺が心の中で土下座していることに気が付いてくれたのか、桜は呆れた表情になった。


許してくれたのだろうか?



「……いいわよ、何でもないから」



少し拗ねたような顔をし、またくるりと背を向けた。


ズンズンと進むその背中は、無言でありながら俺の発言を許さぬかのよう。


これ以上怒らせても後が恐いだけなので今は黙っておこう。


とは言え終点はすでに近く、すぐに本部であるあそこに帰ってきた。



「お帰りなさいませー!ご主人様!」



もう馴れたと思ったが、このお決まりのセリフを吐かれるとビクついてしまう。


それでも臆さず会議室(命名は俺)へと突入すれば、我らが総大将がふんぞり返っておられた。


一応これまでの経緯を、時にジェスチャーを織り交ぜながら話してやった。


それが終わると次は泉の番。


説明を聞いた限り、目的は果たせたようだ。



「二人とも疲れただろ。今日はこれで解散しよう」



珍しくマトモな泉の言葉に甘え、そうそうに立ち去ろうとする俺と桜。



「あーっと、西園寺、渡したいモノがあるんだ。来てくれ」



出口にさしかかったその時、泉が手を招きながら桜を呼び止める。


桜は小首を傾げながら泉に歩み寄る。


何やら会話は聞き取れないが、桜は大きな薄い箱をもらっているようだ。


ん?どこかで見たことがあるな。


あんな箱、俺んちのどっかにも埋もれていたようないないような。


ああそうだ、アレは制服の箱だ。


中学、高校と制服が変わる度に我が家にやって来た、制服を入れておく箱だ。


そう言えば俺は最近制服変わったんだ。


それもあったせいか、桜が受け取る箱の中身に薄々気が付いた。


やがて桜は大きな箱を持って帰ってきた。



「餞別だってもらったんだけど、どうしよ、ここで開けちゃおうかな」



「やめとけやめとけ。そういうのは家で開けるモンだ。楽しみはとっといた方がいい」



頑なに制止する俺。


せっかくの餞別なんだから、無碍には出来まい。


桜は素直に頷き、俺に賛成した。


意外と単純だな、桜。


ともあれ、今度こそ扉を開けて出て行く。


もう気まずい空気は霧散してしまったようだ。


それはいいが、俺には何の餞別も無いのか。


まあ、泉からの餞別など期待出来ないけど。


歩くこと数分、やっとこさ駅にたどり着いた。


切符を買った後時刻表を見てみると、本当にギリギリだった。


数秒で電車の走る音が聞こえてきたぐらいに。


別に何を話すワケでもなく、黙々と座席に腰を下ろす。


なんかジッとしていると、今までの疲れが溢れ出てくる。


俺たちの乗っている車両は、俺たち以外無人のなんとも寂しい空間だった。


流れる景色に魅せられるかのように窓の外を見つめる。


ふと、魔が差したのかも知れない。



「……本当に痛むとこはないのか?」



思えばそんなことを訊いていた。


それはさっきも訊いたし、反感くらうだけかと思ったが。



「ん、心配しなくても大丈夫。そんなことより柊一は?結構痛かったでしょ」



なんてことを言いながら少しうつむいた。


肩を揺らせば触れ合う距離、表情はよくうかがえる。


ガタンゴトンと揺れる度に肩先に緊張がはしる。



「俺のことはどうでもいい。俺のケガは俺の責任だから。でも、その……桜のケガは桜の責任じゃない」



俺は桜を守ると言った。


盾ぐらいにはなれるから、俺の後ろに居ろと言った。


それがなんだ、この様は。


ボコられた挙げ句、桜まで危険にさらした。


結局俺は、口先だけの馬鹿な弱者に過ぎない。



「それは違うわ。私のケガは私の責任よ」



責任の所在なんて考えるまでもない。


桜の責任だなんてことは絶対にないんだ。


俺が勝手に巻き込んだだけなんだから。



「……ゴメンね、柊一。私、柊一を守るなんて言っておきながら、足手まといにしかならなかった……」



……おかしい。


それは絶対におかしい。



「何言ってる。俺が勝手に桜を巻き込んでるんだから、桜のケガは俺のせいだ。……謝るのは、俺の方だ」



桜にはなんの非もない。


なんの落ち度もない。



「だから、私の場合は自己責任だってば。今まで散々技を磨いてきたのにいざとなれば役に立たないし、素人の柊一にケガさせちゃうし、自分が情けないわ」



こいつには素人は守るという習性でもあるのだろうか。


自己責任なのは俺だけで、桜には適応されないはずだ。


一方的に巻き込まれて自己責任なんて、不条理にも程がある。



「分っかんないやつだなー。桜は巻き込まれただけだろ。桜の責任なワケないに決まってるじゃないか」



桜はムッと、こちらを睨みつけてきた。


文句あるか、なんて訊いたら暴れ出しそうな雰囲気だ。



「そ、そんな顔してもダメだっ!これだけは絶対に譲らないからな。それとも何か?桜は俺がケガしたら嫌なのか?」



俺の必死の抵抗は、所詮油にしかならなかった。


桜という火種に注ぐ、最悪の行為。


桜の表情はみるみるうちに変貌し、いつしか爆発していた。



「嫌に決まってるでしょっ!このバカっ!柊一が危ないと思ったから泉くんの話に乗って………」



があーっ、と剣幕をあげる桜。


だが、最後の一言を境に表情がカラッと変わった。


口が滑ったと言わんばかりに硬直し、唇に手を当てている。


もしかして、弱みかなんかか?



「泉の話に乗って、何?」



すると桜は、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


なぜ頬を赤らめる。



「な、何にもないっ!ほらっ!電車止まった!早く降りるわよ!」



いいところで邪魔をされてしまった。


桜はもう出て行ってしまったし、今日はもう諦めよう。


急ぐこともなく外に出て切符を通し、新鮮な空気を肺に送り込む。


う〜ん、自分の縄張りの空気はおいしい。



「お、もうこんな時間か」



近くの大きな時計に目をやると、三時のおやつはとうに過ぎていた。


太陽が馬鹿みたいに朱い。



「さて、ここで解散だな。送ろうか?」



「家近いから大丈夫よ。それより、早く帰らないと妃奈が心配するわよ」



ふむ。


なぜ妃奈が心配するかは分からないが、早々に帰宅するとしよう。


晩飯の用意もしないとだしな。


ま、お湯沸かすだけだがね。



「じゃ、私こっちだから」



手を振りながら桜は去っていった。


その顔には微笑み的なモノが浮かんでいた。



「さあ〜て、俺も帰るか」



なぜか気合いを入れながら、大股で歩き始めた。


なんとなく、桜が家に帰った後のことがよく判る。


俺がメイド服を変換した時、清楚メイドさんが、『桜さん、メイド姿がよく似合いますね』とニヤついていた。


そうか、あの人の仕業か。


そのことについては、また泉に訊いておこう。


桜にもな。


これから、面白くなりそうだな。

いきなりやってくる文字数超過。すいません、羽衣です。前回の続きという程でもありませんが、要するに気にしないでください(笑)。サクッと言ってしまうとそういうコトです。少し間を置いてしまいましたが、これからも頑張りますので、応援宜しく御願い致します。

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