二話 魔神の拳
「よう、さっきはお疲れさん」
無事帰還した俺へと放たれた第一声は、泉からのものだった。
果たしてそれは、ゴミ捨てという任務を完了した事だろうか。
それとも暴漢に襲われた事だろうかと考えていた時、泉がニヤニヤと笑っているのに気がついた。
「見てたのか?あの惨劇を」
俺は神妙な面もちでハンサム野郎に問う。
「ああ、一部始終な。昼休みに一人でいる西園寺に話しかけるとは、かなり腕の立つ猛者だと思ったが違ったみたいだな」
西園寺は昼休みに一人でいると不機嫌だという法則でもあるのだろうか、と俺は気楽に考えていたがあることに気づいた。
「泉、俺が話しかけるとこから見てたのか………?」
「そうだな、じゃないと一部始終見たとは言えないな」
こいつ……西園寺の習性を知っていながら俺の愚行を見物してやがったのか。
なんて非情で冷酷なヤツ。
俺を救おうとはこれっぽっちも考えなかったに違いない。
「はは、そう睨むなよ。この学校のタブーを身を持って知った方がいいと思ったんだ。許せ、愛の鞭だ」
なぁにが愛の鞭だ。
貴様の愛などドラキーにマダンテを使うくらいに無意味だ。
それにタブーなら身を持って知らなくても、言えば済む事だろうがよ。
泉の言葉に今にも狂いそうになっていたが、ここで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
泉の事を別に嫌っているわけではないので、このまま許してやった。
感謝して欲しいものだ。
5、6時限目も済ませ、習慣となろうとしている妃奈との下校の寸前に、朗報が飛び込んだ。
「今度の週末、みんなで遊びに行かない?」
提案してくれたのは水野だ。
「柊が転入したのに歓迎会がまだだもんな」
これは泉。
つまり泉も同行するし、妃奈と一緒にいる所で提案するということはもちろん妃奈も誘っているのだろう。
まあ確かに交流を深めるにはいいかもしれないと思い、快く了解した。
俺が行くと聞いて、水野を一瞥してから妃奈も行くと言った。
やはり人数は多い方が楽しいし、妃奈の同行には大賛成だ。
そして週末。
実のところ、俺はまだどこに行くかを聞いていない。
それは妃奈も一緒で、集合時間と場所しか聞いていない。
駅前集合だから電車に乗るのだろうな、きっと。
俺と妃奈は予定通りの時間に駅前へ着いた。
予定通りと言ってもまだ少し時間が余っているので、水野も泉もまだ来ていない。
その間、妃奈とこんな事を話していた。
「なんか、デートみたいだね」
デートとは主に恋仲の2人が一緒にどこかへ遊びに行く事を指す。
人数はケースバイケースだが。
「デートって、泉と水野は付き合ってたりするのか?」
「ううん、泉君も沙樹ちゃんも誰とも付き合ってないよ。ただ楽しいから一緒にいるって感じ」
ちなみに沙樹とは水野の下の名だ。
なるほど。
なんとなく喜びを感じた。
別に水野を意識している訳ではなく、泉に彼女とかいう想像上の産物が取り憑いていないとわかったからだ。
少なくとも水野は。
やがて泉と水野がやって来て、予想通り電車に乗った。
かれこれ十分ぐらい経っただろう。
電車に揺られ、着いたのはデートの定番とでも言える場所だ。
そこからはキャーキャーと喜びに近い悲鳴が聞こえ、遠くの方には幾つもの箱がクルクル回っている。
まあ気づいてくれたとは思うが、敢えて言おう。
遊園地。
中には野生の獣をかたどったバイトのおっさんが徘徊し、(いわゆるマスコットだ)高速で走り回る乗り物に喜んで乗り込む。
正直に言おう、俺はこの場所が大嫌いだ。
何と言ってもやはりジェットコースター。
遊園地がではなく、俺はアイツが嫌いなのだ。
なんで人はあんな娯楽を開発するかね、あれはただの拷問でしかない。
アイアンメイデンの方が即死出来る分良い拷問具だ。
「楽しみだねっ!早く行こうよ!」
水野の号令のもと、地獄へと突入した俺達。
ああ、気が乗らん。
そんな俺の気も知らないで微笑んでいる泉が憎たらしいが、もう諦めよう。
ここまで来てしまっては後戻りは出来んのだ。
「やっぱり最初はアレでしょ!」
そう言って指を指した方を見てみると、俺は泣きそうになってしまった。
水野が指定したソレは、見事にジェットコースターだったのだ。
なんと!!まさかいきなりそいつを選ぶとは!!
や、やるな水野。
いや、今はそんな事を考えている場合ではない。
何とかこの危機を回避せねば!
「俺のど乾いたからさ、なんかジュース買ってくるわ。みんな何がいい?」
そう言って俺は、着々と作戦を練っていた。
この状況から脱出するための作戦を。
まあ泉が『俺はテキーラしか呑まん』なぞとほざいているが、あいつはそこらの泥水を汲んできてやればいいだろう。
「私はお茶かなんかでいいよ」
「俺はテキーラかウィスキーだ」
OK、お茶とそこらの工業廃水だな。
あとは妃奈………。
「私はついて行くからそこで選ぶ」
待て待て、なんで来るんだよ。
せっかく何だからみんなと親睦でも深めとけよ。
工業廃水飲んでのたうち回る予定の男でもさ。
「いや大丈夫だって。すぐそこに自販機あったし、ささっと行ってくればいいだろ」
なんとかここで制止せねば、俺の作戦が打ち切りになってしまう。
「むぅ〜。……分かった…」
案外素直に納得してくれたな。
まあこちらとしては都合がいいので、小走りでその場を離れさせてもらった。
当然そちらに自販機などない。
俺は結構離れた所にあるベンチに腰掛け、大きくため息をついた。
次は作戦の第二段階だな。
とりあえず
「迷った、先に乗っててくれ」とでもメールして、あとは時間を見計らってまた合流するか。
いや待てよ、あいつらがそんな簡単に合意しては…………。
「こんな所でなにしてるの?柊君」
突然斜め後方から声がしたと思うと俺の首に腕が回され、ヘッドロックを決められた。
「ま、待て妃奈!!話せば解る!!」
俺のセリフは聞いたはずだが、ヘッドロックは続行された。
「ジュース買いに行ったんじゃなかったけ〜?こんな所で何してるのかなぁ〜?」
それは俺が聞きたい。
何故妃奈がこんな所にいるんだ?
水野達とジェットコースターに乗るはずでは?
「妃奈、どうしてここが分かったんだ?」
ヘッドロックは冗談の域から少し飛び出ていたが、ボディタッチだと思えばまだ耐えられる。
「柊君の後をつけてきたの。様子がおかしかったから」
そう言って腕に込められる力が増した。
「わかったから………!この腕を離してくれ!」
しかし俺の要望にこたえる気がないらしく、ヘッドロックはさらに激しさを増していく。
これはもはや、
「頭が胸に当たってて超ヤバいんですけど〜」の範疇ではない。
首が鉄製のベンチに押し付けられゴリゴリと音をたてている上に、妃奈の細い腕が俺の首にめり込んでいるのだ。
これ以上は俺のHPに関わる。
「いかん………!人の首は……取れやすいんだ!!も、もげる………!!」
俺の悲痛な叫びを聞いてか、妃奈は腕の力を抜いた。
まだ首に巻きついているのが気になる。
「沙樹ちゃん達には先に乗ってもらってるから、私たちも少し遊んでから合流しようよ」
俺は快く快諾し、近くのコーヒーカップへと歩みを進めた。
それからは本当に遊び回った。
コーヒーカップでベイブレードのごとく高速回転し、メリーゴーランドではクッチャケッチャにも引けを取らない見事な騎乗を見せてやった。
そして遊び疲れ、観覧車に乗り込んだ直後にやっと気づく事が出来た。
「あ……泉と水野、どうしてるだろ………?」
妃奈も口をポカンと開けている所を見ると、すっかり忘れていたんだろう。
慌ててケータイを確認してみると、電話がかかりまくっていた。
「柊君、電話とメールの合計いくら?」
「ざっと100弱だな」
「勝った。私130だもん」
そんな勘定をしている場合でもないと思うが、そういうちょっとお茶目なところは嫌いでないな。
太陽はもう朱く染まり、今から合流してもすることがないのは明らかだった。
だからこそ諦めがつきやすかったのかもしれないな。
「でも久し振りだね、2人っきりでこんなに遊んだの」
だから俺にはそんな昔のコト記憶するようなハイテク機能は持っていないと言っているだろう。
マイクロチップでも用意して俺の頭に埋め込めるんだな。
抵抗するけど。
その後観覧車を降り、水野達と合流した。
本日の件は後日埋め合わせをすることで不問となった。
―――――そして翌日。
「よし、では埋め合わせといくか」
……なあ泉、お前の第一声はいつも俺を不愉快にさせるとは、俺の思い過ごしか?
「そうだな、最初はメイド服着て校内を徘徊してもらおうと思ったが、素人には可哀想だから、全裸でブリッジしながらグラウンドを全力疾走しろ」
ははは、そろそろ殺して良いか?
「そんな冗談はさて置いて…………よし!オタクデビューしろ!!」
お前の眼が本気と書いてマジなのは判ったが、なぜそうなる?
と、ここで説明しよう!!
泉 涼太とは、割とチャラチャラした服装や顔からは想像出来ない程オタクなのだ!!
その名は業界でもかなり有名で、『夢幻の泉』や、『涼の名を継ぐ者』などと持て囃されているらしい!!
説明終了………。
「今度俺の行き着けのメイド喫茶がさ、10周年記念を迎えるんだ。そのパーティーに招待してやろう。そしてそれを機に、お前もオタクとして生きてゆくのだ!!先ずは二次元を極め、次に三次元だ!!そうだ!!お前を俺の弟子にしてやろう!!お前は見込みがある!!そして俺の元で修行すれば、必ずや名を残すことが出来る!!」
ハァハァと荒い息づかいをするなら最初からそんな饒舌はよすんだな。
残念ながら俺の鼓膜は、貴様のその演説を全て弾いたぜ。
それから周りの視線にも気を配れ。
今の演説は、俺たちを哀れみの眼差しで見つめているクラスメートたちにまる聞こえだぞ。
俺は泉のみぞおちに飛燕連脚をぶち込み、昼休みの散歩に行くことにした。
今や散歩は俺の日課だ。
散歩、ではないかもしれないが。
「よう、こんな所にいたのか」
俺は校内や校庭、今のように屋上に来たりもする。
「なに?もしかしてあんたストーカー?」
俺が行く先々にはいつも何故か西園寺がおり、二人で他愛もない会話をするのが多分俺の日課。
「西園寺が先に来てるだけだ。なんでいつも会うんだろうな」
最初の頃はしょっちゅう手刀とか肘うちを喰らったが、今はそれも無くなった。
それに不機嫌の法則もあまりアテにはならないらしい。
最近の西園寺はそんな感じじゃないからな。
「ホントに偶然なの?わざと会いに来てるんじゃないでしょうね」
西園寺の俺を見る目はいつも冷たい。
コイツもこんなに怒りっぽくなければ可愛いはずなのに。
泉はこういうのを『ツンデレ』と呼んでいたな。
俺にはツンの部分しか見せないが。
「西園寺がもう少し女の子っぽかったら会いに来てたかもしれないけど…………なあ」
西園寺は俺に、『殺すぞ』と言わんばかりの睨みをくれた。
どうもありがとう。
ごちそうさまです。
「俺の好みが女の子っぼいとかそんなんじゃないけど、やっぱりそっちの方がみんなにウケはいいぜ。男子の俺が言うんだから信じろよ」
西園寺は『殺すぞ』から『痛めつけてから殺してやる』の目つきに変わり、プイとそっぽを向いてしまった。
「そんなの分かってるわよ。でも、ありのままの自分を変えてまで他人のご機嫌をとるのがそんなに大事なの?」
なんか初めて会話らしい会話をした気がするな。
「今の西園寺がありのままなら、変わる必要はないよ。俺はそのありのままが嫌いじゃないしさ」
すると西園寺は、一度こちらをチラッと見て、またそっぽを向いてしまった。
それから何も話すことはなく、気まずくもなく、ただ時間が過ぎていった。
やがて昼休みの終了を告げる鐘が鳴り、何も言わないまま屋上のドアを開いた。
「なあ、西園寺…」
俺の三歩程前を歩いている黒髪美人は、突然歩くのを止めた。
「…………桜でいい」
振り向きもせずポツリと呟き、かつてないスピードで走り出した。
置いてけぼりを喰らった俺は、立ち尽くす以外にする事が無かった。
どういう意味か教えて欲しいぜよ。
そんな事は気にも止めず、俺は教室へと帰った。
しかし西園寺の態度はその日を境に急変した。
次の日の、昼休み。
「あ、また会っ……」
中庭で西園寺を発見し足繁く歩み寄った俺だが、目にも止まらぬ早さで撲殺されてしまった。
その次の日、昼休み。
背後からバレないように近づいたのに、何故かバレて蹴りを喰らった。
しかもとっても大事な所に。
その次の次の日、昼休み。
もはや西園寺を人間扱いしてない俺は、またもや背後から襲いかかった。
変な意味ではなく、俺の持てる力を全て使いヤツを殺しにいったのだ。
しかしながら、アイツは鬼か?
ボコボコにされダウンした俺に、馬乗りになりながら顔面殴打を続けるとは。
結局なんの接触も出来なかった俺は、妃奈に相談してみた。
すると妃奈は快く相談に乗ってくれ、こう提案した。
『私がついていくから、一人で逢っちゃダメ』
何故かは判らんが、やけに真剣な顔だった。
決行は昼休み、どこにいるかは謎に包まれているものの、しょっちゅう会うので問題なかろう。
そして昼休み――――。
妃奈と一緒に西園寺のもとへと向かった。
「本当に西園寺さんのいる場所が分かるの?」
「ああ、いつも同じ場所で会うんだ。気が合うんだろうな」
ホントなんでいつも会うんだろ。
気が合っていれば殴られはしないと思うんだがなぁ。
ま、そんなわけで俺たちは屋上に向かった。
俺の気分が屋上だったからな。
ガチャリ
屋上への扉を開くと、案の定西園寺はいた。
「西園寺、話が……」
柵に突っ伏していた西園寺が振り返り、音速の拳が視界を奪った。
とりあえず一撃。
残念だな西園寺、俺は顔面パンチの一発や二発ではひるまんよ。
「さ、西園寺さんっ!落ち着いてっ!」
西園寺は妃奈の姿を確認すると、少しおとなしくなったようだ。
「神谷さん………?」
「西園寺さん、柊君の話を聞いてあげてくれないかな?」
よし!いい調子だ。
「………神谷さん」
西園寺はファイティングポーズを解き、静かになった。
「西園寺……俺お前の気に障る事したか?」
「………してない」
「じゃあなんで俺を避けるんだ?」
お前のパンチは強烈なんだぞ。
何度お花畑を目撃したか解りゃしねぇ。
「別に避けてなんか……」
「避けてるだろ」
その時俺は、信じられないものを見た。
西園寺がうつむき、今にも逃げ出したそうな表情をしている。
「……ねぇ柊君、西園寺さんと二人で話をさせてもらえないかな?」
何を言い出すかと思えばそんな事か。
もともと妃奈には仲立ちのために来てもらったんだ。
俺が邪魔ならさっさと消えよう。
妃奈に後を頼み、俺は屋上の扉から出た。
そして数十分後、妃奈だけが出てきた。
「で、どうだった?機嫌直ってそうか?」
「む〜〜〜っ!柊君が悪いっ!」
獲物を狙う獣のような目つきで俺を睨んでいるが………俺が悪いのか?
「……桜ちゃんの所に行ってあげて。やさしくしてあげなきゃダメだよ、桜ちゃんも女の子なんだから」
俺はふと、ライオンはメスが狩りをするなぁ〜と思った。
妃奈はそれだけ言うとさっさと帰ってしまった。
仕方なく屋上に戻ると、隅っこで佇んでいる西園寺を発見した。
殴られないように警戒しつつ、接近する俺。
「………殴らないわよ」
そう言われたら警戒出来んではないか。
「……私がこの前言った事覚えてる?」
はて、覚えるような事は言われた記憶がないな。
「んー、地獄の業火で焼いてやる!ぐらいしか……」
「ばかっ!」
ばかは非道いな、この俺が折角覚えてるのに。
「さっきね、妃奈と話してたの。私がして欲しい事は何かって………。結局自分でも解らなかったから、私は私の気持ちを言う」
ほう、それは良きことかな。
俺にはお前の気持ちがさっぱりだからな。
「あんた、これから私のコト桜って呼びなさい。私もあんたのコト柊一って呼ぶから」
なあ西園寺……気持ちを言ってくれるのは有り難いが、命令口調なのは何故だ?
そしてそれがもはや決定事項になったような顔をしているのは何故だ?
いや、もう聞かないでおこう。
それがお前のありのままだもんな。
「でもさ西園寺、それってそんなに………」
俺が話している途中、西園寺の姿が消えた。
同時に腹部に走る激痛。
西園寺が俺のみぞおちに魔神拳・竜牙を放っていた。
そのまま後ろに倒れてしまい、仰向けになってしまった。
「桜と呼びなさい」
まるで女王だな。
マゾなら泣いて喜ぶぞ。
俺は違うがな。
「ぐふぅ!あ……相変わらず………いいパンチだ………」
もうそのまま永眠したいほど痛かった。
思わず血を吐きそうになったからな。
「とにかく!私のコトはこれから桜と呼びなさいっ!じゃないと殺すわよ!」
もう死にそうだよ……。
西園…いや、桜はそのまま出て行ってしまった。
おかしいな、ここで親密な関係になるのが定番だろう。
まあいいか……どうやら俺が西園寺と呼ばない限り殴ってこないみたいだし。
にしてももう少しアフターケアが必要だな。
てゆうかなんで妃奈怒ってたんだ?