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Only You!  作者: 羽衣
11/14

十話 拷問列車





世の中には、魔法がある。


魔法といえば、掌から炎や雷を出すものを想像するだろう。


つまりそれは、神秘である。


科学では証明出来ない事象を人は、魔法と呼んだ。


しかし世の中には、そんな神秘が溢れている。


大気中に存在する謎のエネルギーをマナと呼び、それを行使して発動する神秘を魔術……もしくは魔法。


同じく大気中に存在する謎のエネルギーを、気と呼んで扱う者たちもいる。


彼らは多く、その気を使って、呪術や呪詛、巫術なる神秘を操ると言われている。


これらの違いは至ってシンプル。


土地が変わる、つまり文化が違うだけでその呼び名は変わるのだ。


ある国ではタコを悪魔の魚と呼んで恐れたりするが、わが国ではまず有り得ない。


またある国では、未成年の子供には下品で汚く、人々が忌み嫌う名前を付けることを良しとする。


文化の違いでここまで変わるのだ。


しかしその神秘も、現代において存在しないとされる。


ゆえに、科学で証明出来ない事象が発生すれば、それは怪奇現象などと呼ばれる。


だが、怪奇現象の全てが神秘で説明がつくかといえば、それは否だ。


科学と神秘のタッグが敗れたならば、それこそが怪奇現象と呼ばれるに足る事象なのだろう。


しかし、世の中に例外はつきものだ。


怪奇はおろか神秘すら知らぬ若者が、実際魔法としか思えぬ事象を引き起こすことがある。


魔の血を受け継ぐ者にしか届かぬ場所が、世界には存在する………。




     ◇




「よし、それじゃあ行きますか」



妃奈が戸締まりしたのを確認した後、二人で一緒に歩き出した。



「さ、早く行こ。みんな待ちくたびれちゃってるよ、きっと」



どうやら妃奈は焦っているようだ。


それも俺のせいらしいのだが、まあ確かに俺のせいだと思う。



「……涙は止まったか?」



視線を合わせず、前を向いたまま言った。


妃奈も前しか見ていない。



「うん……。もう大丈夫」



妃奈の声は、どこか寂しげだった。


声のトーンが下がっているというか、元気がない。



「そりゃ良かった。くれぐれもみんなにはバレないようにな」



「……ねぇ、柊くん。柊くんのお祖父さんが言ってたことなんてウソだよね……?急に居なくなったり……しないよね……?」



しっかりとこちらを見据え、すがりつくように妃奈は言った。


眉をハの字に歪ませ、また涙が零れそうだ。



「さっきも言ったろ、そんなこと有り得ないって。第一、俺が死ぬとしたら、発作が起きて気を失うのが原因なんだろ?俺最近、気絶したか?」



腰に手を当て、力いっぱい胸を張った。


妃奈に泣き出されては激しく困る。



「そう……だね。柊くんはいつも通りだもんね。ゴメンね、変なこと言って」



「はっはっはっ、良いってことよ。おっ!それより見てみろ、妃奈!」



青く澄み渡る空に浮かぶ雲を指差し、精一杯元気に叫んだ。


妃奈はキョトンとした顔で空を仰ぐ。



「ほら、あのデカい雲、なんか泉の目尻の先端に似てると思わないか?」



「わ、わかんないよぉ……」



……分からなくて当然だ。


俺だってそんな風に見えないんだから。


妃奈には悪いが、さっきの俺の言葉にはウソが混じっていた。


気を失うことに俺は、心当たりがある。


夜寝る前、視界がぐにゃぐにゃに歪み、半ば気絶しながらいつも眠るのだ。


その時の激しい嘔吐感といい頭痛といい、明らかに俺の体はおかしい。


気絶と睡眠を一緒にすることで、ごまかしてると言ってもいい。


妃奈に心配をかけないためには、それぐらいのことは当然だ。



「……あ、柊くん!道こっちだよ!」



「ん?あ、ああそうか。雲ばっかり見てても駅にはたどり着けないな……」



「そうだよー。そんなんじゃ転ぶよ?」



……どうしたっていうんだ……俺の体は……。


駅までの道のりなんか知り尽くしてるじゃないか……。


本当に……どうしたんだ俺……。


……今きっと、妃奈がいなくちゃ俺は、駅までたどり着けない。


だって、道のりを頭に浮かべることが出来ないんだから。


一部のクラスメートの顔と名前を忘れたのはもう慣れた……。


動物の区別がつかなくなってきたことだって、気にしてない。


けど……妃奈や桜、泉や水野に関係あることを忘れてしまうのが怖い。


妃奈が心配性だったり、桜が無愛想だったり……泉が実はオタクで、水野は人をからかうのが好きで……。


そんなどうでもよさそうなことでも、絶対に忘れたくない。


本当に俺がどうにかなってしまうなら尚更だ。


けど……それも無理かも知れない。


数日前……俺が朝、目を覚ますと、すぐ目の前に妃奈がいた。


黒い瞳から大粒の涙を流し、俺の上に覆い被さっていた。


後から訊けば、俺が目を覚ますかどうか不安だったらしい。


でも俺は、その妃奈を見て、とんでもないことを考えた。


普通、なんで泣いているんだろうとか、単に驚くとか、そんなことを思うはずなんだ。


けど、俺は……。



「楽しみだね、遊園地!今度は逃げ出したりしちゃダメだからねっ」



「ようし。それじゃあ、これを機に克服するか、ジェットコースター」



俺の中に浮かんだ感情はひとつ……。


泣きじゃくる妃奈を前に、思ったんだ……。







―――この女は誰なんだ、と―――。




     ◇




「こんにちは。体の調子は良いかい?」



窓の外をぼんやり眺めていると、ふとそんな声が聞こえた。


この白い世界に進んでやってくる、珍しいひとだ。


名前も聞いたはずだが、覚えていない。


というより、ハナから覚えていないから忘れてもいない。



「この前、息子と会ったんだ。久々に見ると、ずいぶん成長していたよ」



窓の外で元気に飛んでいる鳥が、近くの木にとまった。


こちらに話しかけるように首をかしげている。


ちょこちょこと動き回っては、また大空へと羽ばたいた。


あんな風に空を飛んで、一体どこへ行くのだろう……。



「うちの家系はみんな仲が悪くてね。案の定、ぼくの親とはケンカ別れみたいになったよ」



もし私が空を飛べたら……とは思わない。


空を飛ばずとも、彼は私に会うことが出来る。



「君の妹にも会ったんだ。君に似て、とても美人だ。男がうるさいだろうね」



約束を交わしたなら、必ず迎えに来てくれる。


私をこの世界から、連れ出してくれる。


あの人だけでいい……。


私には、あの人だけでいい。


あの人さえ居てくれれば、他には何もいらない。


何年も待ち続けることは苦にならないけれど、やっぱり逢いたい……。



「窓の外……おもしろいかい?そんなに好きなら、外に出ないか?」



私には待つことしか出来ないけど、どうか幸せになってほしい。


だって、あの人の幸せは私と一緒に居ることで、私の幸せもあの人と一緒に居ることだから……。



「……そろそろ、行くね。親父……一木って名乗る人が来たら、よろしくね」



ずっと昔に結んだ約束が、いつも胸の中で光ってる。


私を明るく、煌々と照らしている。


恋しいなんて言葉じゃ表せないほど寂しいけれど、私は待っている。




ずっと待ってるよ……。


柊くん………。




     ◇




機械の駆動音。


かん高い悲鳴。


辺りを徘徊する人型の獣たち。


それは以前にも見たことの景色だ。



「さ、華麗に華やかに遊び尽くすとしよう」



満面の笑みを浮かべながら、爽やかに跋扈するハンサムボーイ。



「涼太様、私までご一緒しとよろしかったのでしょうか?」



泉に付き従う、絶対に見たことがある場違いなヒューマン。


妃奈より長く桜より短い黒髪。


似合ってはいるが不思議空間を作り出すメイド服。


ここ遊園地に到着して、改めて理解したことがひとつ。


泉は――どこか遠い世界の住人である。



「ねぇ、柊くん……あの人だれ?」



俺の耳元に近づき、不安げに囁く妃奈。



「……返答に激しく爆裂に困る」



そう、あれは数ヶ月前……。


埋め合わせと称して犯罪ギリギリな事に首を突っ込まされた、メイド騒動。


扇動するだけしておいて自分はいつの間にか姿を消してしまった大馬鹿やろうの側近。


屈辱の女装という、人生において最大の汚点。


それら全てが悪い思い出なのは言うまでもない。


そして今、闇の記憶が鮮明に蘇る。



「……桜さん、この状況をどう見ますか?」



「……あの格好を見ると、タンスの中身を思い出して吐き気を催しますねぇ……」



ナレーター風味に語り合う俺と桜。


トラウマレベルなら俺より桜の方が上か。



「あのー、泉さん?そちらの方は……」



恐る恐る、訊いてみる。



「皆さんお知り合いのはずですよ。あ、神谷は知らないか」



「マリスさんですよね?今日は何でまた?」



泉がアテにならないので、自分で訊いてみた。


違和感レベルマキシマムのメイドさんは、少し息を呑んだ。



「……マリスは留守番しておりますが?念のために言っておくと、私の名前はイリスと名乗ったはずです。あくまでも念のためですが」



あちゃー。


確か、こんな感じのメイドが五、六人いたよね……。


少なくともこの人は日本人なのに、なんでこんな……ワケワカメな名前を?


しかもみんな同じような名前だったよな……。



「なにドジってんのよ、バカ柊一!」



「……なんだ?ヤケに強気じゃないか、桜。なら、あの人と一緒にいた他のメイドの名前も覚えてるんだな?」



「うっ……それは……」



「ほら、言ってみろ。顔すら思い出せんなら俺と同レベルだぞ?」



さあさあ、と急かす俺にイラッときたのか、桜は俺のわき腹にエルボーを見舞ってくれた。



「神谷、こちらはイリス。ついて行くって聞かなかったんで、連れてきてしまった」



ちょっと離れた場所で、妃奈とイリスさんとがご挨拶している。


こっちは桜と懐かしい思い出を共感していた。



「あれから、ちゃんと着てるか?メイド服」



「……一体いつ着るのよ。バレないように保管するのが精一杯よ」



ふむ、それはもったいない。


あれはあれで似合ってたんだがなあ。



「また見てみたいなあ、桜のコスプレ」



「柊一がまたメイド女装してくれるなら、考えてもいいわよ?」



いや、それは勘弁……。


俺が着るとシャレにならないというかなんというか。


笑えるんだが、暗く重い空気になるという不思議空間の誕生だ。



「あ、そういえば。柊一、私のお父さんと面識あるの?最近、夕食時に柊一の名前が出てくるんだけど」



桜のオヤジさんっていうと……西園寺秋羅さんか。


豪快かつ愉快なおじさんだっけ。


職業を頑なに語ろうとはしなかったが。



「面識あるない以前に、桜、家で俺の話してたらしいじゃないか。俺はそういう風に聞いてるぞ」



「……そっか、じゃあ仕方ないかも……」



西園寺さん……懐かしいなあ。


あの妙に普通なとことか、まさにボスって感じだな。


愛称はボスに決定……俺はジーパンってとこか?



「けど、どこで会ったの?もしかして妃奈んち?」



「なんじゃこりゃあ!?」



「……赤いリボンをつけた白と黒のツートンカラーの車呼んでいい?」



桜がホントにケータイ取り出したので、演技はここまでにしておこう。


てゆーかあの時、桜は酔いつぶれてたっけかな。


たった一杯呑んであの様とは、ホントに弱いんだな。


ま、同じことが妃奈にも言えるか。


水野なんか、絶対、急性アルコール中毒だったぜ。



「イリスさんは、そんな格好で恥ずかしかったりしないんですか?」



「慣れてしまえば、制服のようなものですよ。妃奈さんも着てみますか?予備なら山のようにあります」



「え、いいんですか……?」



「はい。美人が扮するメイドは合法です」



あ、なんかあの二人が仲良くなってる……。


泉は保護者面でうんうん頷いてるし。



「予備………」



約一名古傷が裂けてるし。


そして、イリスさん的には美人以外のコスプレは違法ですらある事が判明。



「今度、店に遊びに来てください。大歓迎ですよ」



「はい、必ず行きますねっ」



ああ……妃奈が染まっていく……。


メイド戦隊に入隊とか、あんな店でバイトとかしないでくれよ……。


妃奈の弟兼兄、ところにより息子としては、そんな世界を知らずに生きて欲しかった……!



「メイド世界を知らずに生きる美人ほど、不憫なものはない。神谷は適性もあるし、やる気もある。我が店も安泰だな」



はいそこー、勝手に人の心を読まない。


それと、妃奈をいかがわしい店に勧誘するなー。



「じゃ、まずこれに乗りましょう」



先頭を歩いていた桜が立ち止まり、斜め45度で指をさす。


指の先を視線で追うと、そこには、



「ホワットイズザーット!?」



響く俺の悲鳴。


また違う悲鳴を撒き散らす滑車のついた箱。


苦い思い出がまたしても克明に蘇る。



「桜……もしかして柊くんの苦手意識を消し去ろうと……?」



「ジェットコースターですか。いいですね、学生時代を思い出します」



「この前もいきなりコイツだったような……ま、どーでもいいか」



「やっぱ、一度は乗らなきゃでしょ。御三家のひとつだしね」



おいおいおいおいおい!


なんで女子の方々はこう、俺を死に至らしめるようなことばかりするのかな!?


前回もだ!


前回もこんな状況だったはずだ!



「西園寺様。こちらの遊具は大変キケンに御座います。昨今、整備を怠るという由々しき事態が発覚しております故、自重なされた方が良いかと……。これは、我が身可愛さに申しているのではありません。貴女様の御身に関わるからです。いかに私が御守りしようと、西園寺様が御自身を御寵愛なさらなければその御身、到底守りきれたものではありません。ですから、」



「しかも全然空いてるー。ラッキー」



聞いてよ!


ねぇ、お願いだから聞いてよ!



「諦めよ……ね?大人しくジェットコースターに乗って、今度こそ克服しよ?」



嫌だ!


俺はまだ死にたくないっ!


こんな人生半ばで死んでなるものかっ!


大した志はなくても、死ぬのだけは嫌だっ!



「妃奈……。人間、自分の命と等価のものなんて、存在しないんだ……」



「え……?って、柊くん!?」



妃奈に制止するヒマなど与えず、脱兎の如く駆けだした。


カッコいい台詞も捨ててきたし、あとは逃げ切るのみ。


あとの事など考える必要はない。


今はとにかく、自らの存亡を賭けた今世紀最大の逃亡劇を、完遂させるまで―――!



「おおっと、どこへ行くんだい?」



全速力を出し切る前に、俺の前に立ちはだかる泉。



「――邪魔をするな、泉。そこをどけ」



「ふん……一度ならず二度までも、そう簡単に逃がしてたまるか」



「やめろ――お前を討ちたくはない」



「やめろと言われてやめるくらいなら、最初からこんなことはしないさ。それに……」



トントンと軽い足捌きを見せ、ファイティングポーズをとる泉。


そしてその背景には、雄々しく咆哮をあげる白虎の姿が。



「メイド殺法を体得したこの俺と拳を交え……果たして討たれるのはどちらかな?」



巨大な虎は、ギョロリとこちらを見据えてくる。


目の前の獲物を逃がしはしないと体躯をうねらせ、爪を研ぐ。



「ふ――心意気や、良し。いいだろう!貴様の屍、見事越えてみせようぞ!」



同じく戦闘態勢をとり、目前の敵を捉える。


俺のバックには神々しくいななく青龍が姿を現した。


煉獄を思わせる業火を吹きながら空を舞い、光るウロコを見せつける。


―――両者の間合いは十メートル。


互いに動かず、様子を見る。



「柊!逃げたってなにも変わりはしないんだぞ!」



「……それでも、守りたい世界があるんだぁぁああ!」



拳に力を込め、地を這うような前傾姿勢で突進する。


火花を散らしながらクロスカウンターを向かえたであろう結末は、唐突に、



「あんたって人はーーッ!」



スカートを穿いているにも拘わらず空中回し蹴りを披露した黒髪の魔神によって、捩じ曲げられたのであった……。




     ◇




ここは、地獄への門。


短い列は、黄泉へと向かう罪人たちの群れ。



「桜さん……ぼく、生きた心地がしません……」



今まさに、俺はジェットコースターの順番待ちに勤しんでいる。


もちろん、ガクガクと震えながらではあるが。



「今さらなに言ってんのよ。ほら、進むわよ」



桜に促され、渋々ながら前進する。


――俺と泉が激突しようとしたその寸前、神は降臨したのだ。


視界に乱入してきた柳腰と、細く白い脚。


いま思えば、あれは凶器以外の何物でもなかった。


空中でまさかの技を披露してくれた人物はただ一人、すぐ隣にいらっしゃる西園寺様に他ならない。


名付けるならば、そう、竜巻旋風脚。


かくして一発KOを余儀なくされた俺は、こうして強制的に並ばされているわけだ。



「……いよいよだな」



さっきまで前にいた見知らぬ人たちが、無事帰ってきた列車に乗り込み、出発した。


すなわち、この列の一番前に位置しているんだな。


そして、次にあの列車が帰ってきた時、俺の死は確定する。



「柊くん、乗ってみたら案外平気だってば。恐いけど……それが楽しいみたいな?」



楽しい時点で……それは恐怖ではない。


本当の恐怖を感じている俺にはわかるんだ……。



「お、雨降ってきたぞ?」



「残念ですが、本日は快晴です。きっと幻覚でしょう」



俺の現実逃避を斬り捨てるメイドさん。


ていうか、そんな格好で乗るんですか。


それ以前に暑くはないんですか。


俺が汗一つかかない爽やか清涼メイドについて訝しんでいると、唐突に泉が口を開いた。



「しかし、あの蹴りは見事だった。瞬殺とはあの事か」



俺の後ろの妃奈のそのまた後ろにいる泉。


瞬殺される側のことも考えて意見してほしい。



「凄かったね〜。人って空中であんなに動けるんだー、って思ったもん」



妃奈……この娘は異常なんですよ?


誰でも彼でもあんな芸当ができたら、きっと人口が著しく減少します。



「やはりメイド殺法を……」



イリスさん、あなたはしばらく静粛にしてください。



「で、蹴られた気分はどうだった?」



「……意識が飛びかけたよ」



少し残念そうな顔をして、『つまらん』と呟いた泉。


俺には蹴られて喜ぶような異常スキルは備わっていない。



「……そんなに痛かった?」



「心配はしなくていい。だから、これからは控えるよう努めてください」



目の前が真っ白になるのは、手持ちのポケモンが全滅した時だけでいい。


それと、スカートではあまり暴れないように。


またしても純白でしたからね。



「でも、桜って運動神経いいんだねー」



羨ましそうに言っている妃奈だが、実は妃奈も運動神経は抜群らしい。


運動系の部活に入らないのは何か訳ありでしょうか?


……しかし、俺の周囲の人間は超人ばかりだな。


美男美女のルックスに、勉強はできて当たり前の運動神経抜群集団ときた。


普通の俺が目立ってしまうではないか。


ま、今さらなんだけどね。



「あっ、遂にやって来たわよ。柊一、早く!」



なにっ!?


もう帰ってきやがったのか!?


それと、まだ停まってもいないのに突っ込まない!


危ないよ!



「ひ、ひなぁぁ……」



「泣かないの。克服しなきゃでしょ」



ちっ、妃奈はアテにならんか!


その隣のメイドさんは目を合わせようとしないし、泉は問題外……。


やむを得ん!



「……………」



足元に気をつけて下さーい、なんて朗らかに笑っている係員のお姉さんに視線を送る。


もう、あなたしか居ないんだ!



「…………?」



俺の視線に気付いて不思議そうにするお姉さん。


しかし、無視して座席を整え始める。


頼む、気づいてくれ……!


死者が一名出ようとしてるんだ!


尊い命が失われようとしてるんだ!



「―――早く乗るわよっ!バカッ!」



「あ………」



俺の手を引き、一気に乗り込む桜。


バレていたか、畜生!



「?神谷、どうした?」



「……ううん、何でもない……」



くっ……寄りによって最前列かッ……!


なんて、運の悪い……!



「はい、大人しくして。安全バー下りるから」



……とうとう、捕らわれてしまった。


俺と桜を最前列に乗せた死の箱は、ゆっくりと動き出す。


もはや、この拷問列車から逃れる術はない。


もうどうにでもなるがいい……。



「天国にいるお母さん……。私は、そちらに逝けるでしょうか……?まさか地獄には逝かないですよねぇ……」



胸で十字を切り、神に祈る。


この災いから我を守りたまえ……!



「さぁ、いよいよね!この高揚感、まさしくジェットコースターだわ!」



……隣で嬉々とする桜。


今まで実感が湧かなかったとでも言うのか……。


――ガタン、そしてまたガタン、と順調に上っていく拷問列車。


今上っている坂は、まさに峠。


違うのは、この峠は越えると同時に死を迎えるということ。



「落ちる……落ちる……」



カタカタと音をたてていたデスボックスは、途端に静かになった。


固く閉じていたまぶたを開けてみると、花畑……ではなく、遊園地を見渡せるほどの絶景が広がっていた。


そう、そこはレールの天辺。


位置エネルギーの最も大きい場所だ。


そして位置エネルギーは今、全力をもって運動エネルギーへと変わる―――。



「っ………………!」



内臓が宙に浮くような違和感。


崩れる絶景。


桜と妃奈……それにイリスさんまで黄色い悲鳴をあげ、泉だけは『うひょー!』と叫んでいたのを、最後に確認できた……。

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