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最果てのテスタメント  作者: pu-
第二章 人間が過去に選んだこと
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4.海戦

 風上を支配しているのは敵のアダム・ボールドリッジ号。対し、こちらは相手に背を向けている。

 最悪なことに、あの船の船首付近には砲門がある。四門も。このまま接近すれば数分後には、シュトゥルム・ケーニヒ号のケツから熱々の砲弾が入って口から飛び出す――つくづく、ルイルにはもったいない代物だ。こちらにはそんなものないというのに。

 もちろん、そんなことはさせない。それどころか、船のケツごとルイルを吹き飛ばしてやる。


 満帆が風を孕み、船が加速を始める。

 敵船も同様に帆に風を受けて、その速度を増す。

 加速度はアダム・ボールドリッジ号の方が優れているため、トルトゥーガ港の不戦海域に入る前に、確実に敵砲の照準に入ってしまう。


 現状として、こちらの分は悪い。とはいえ、勝因はいくらでもある。

 敵船首の砲は確かに脅威ではあるが、船が低いため射程が極端に短い。

 対してシュトゥルム・ケーニヒ号の砲は高低差以前に、そもそも射程が違う。アダム・ボールドリッジ号の大砲がこちらに届く前に、敵船は海の藻屑と化している。その時にはもう、ルイルは永遠に、片方の尻が吹き飛ばされる不安を抱える必要はない。

 つまりは互いに(・・・)砲口を(・・・)向け合う(・・・・)()になれば、勝利の風はこちらの追い風になる。


 二つの船は風下に向かい、どんどん加速して行く。それとともに距離が縮む。

 船員の緊張感が増す。たとえどんな敵であろうとも、戦闘前というものは気を張る――だが、今回はそれとは別の緊迫感が漂っていた。

 じりじりとアダム・ボールドリッジ号の船首が、砲口が大きくなってくる。


「――右舷の錨を下ろせ!」


 グライフの合図とともに鎖の嘶きとともに錨が勢いよく降り、岩盤に引っかかる。

 次の瞬間には、鎖が悲鳴を上げながらはち切れんばかりに張り、シュトゥルム・ケーニヒ号の船体が右に大きく傾いた!


    ◇◆◇◆◇◆


「――っ!? 舵を切れえええぇぇぇぇぇぇ!」


 それにいち早く気づいたのは、《フリビュスチェ》の中でも若手の観測手だった。

 正面にあるシュトゥルム・ケーニヒ号は突如その船体を右に傾けると、あろうことか急速に右へと旋回を始めたのだ。

 それは投錨上手回しと呼ばれる、緊急回頭術。

 距離を大きく取って行ったのは、こちらの船首の砲を警戒してのことだろう――理解する頃にはもう、頭を目一杯突き上げた砲身がアダム・ボールドリッジ号を捉えようとしていた!


「撃て! 砲を撃て!」


 左舷方向へと進路を変えていたアダム・ボールドリッジ号の船首から、砲を放たれる。

 爆発音が響く。小さな弧を描いたのちに海面に叩きつけられた砲弾は轟音を一つ鳴らし、水柱を天高く上げた。それから二度三度と、矢継ぎ早に砲が発射された。

 距離が足りなくとも砲撃したのは、相手に当てるためではない。一つでも多くの水柱を上げ、視界を遮るため。心許ない防御だとしても、やらないよりはマシだ。行動を起こせば、何かしらの結果が生まれる。もしかしたらその際に、奇跡が付加されるかもしれない。


 敵の右舷からの攻撃は、旋回中の一瞬だ。当然、船体が下を向くため砲口もあまり上げられない。それさえ凌げればいい。相手も横っ腹をこちらに向けたままにするわけがない。砲弾の雨から逃れ、シュトゥルム・ケーニヒ号目がけて突っ込む可能性の方が圧倒的に高いのだから。

 勝機が消えたわけではないとはいえ、優勢の盤が一瞬にしてひっくり返されたことにルイルは苦虫を潰した表情を浮かべる。


 その頃にはもう、シュトゥルム・ケーニヒ号から砲弾が発射されていた。

 瞬く間に海は大砲の咆哮に吞まれ、刹那の緊迫と殺戮音のあと、あるべき答えを見せつける。


 ――生きている(・・・・・)


 ともに敵のそれ(・・)に小さく舌打ちをし、同時に自らのそれ(・・)に小さく安堵する。

 二つの船から放たれた砲弾は互いに致命傷を与えられないものの、ダメージは確実に蓄積させているはず。

 お互いの面を睨み合う形となった二隻。左に逸れたアダム・ボールドリッジ号は再び舵を右に切り、シュトゥルム・ケーニヒ号に再接近を図る。

 敵船は風上に進むため、蛇行(タッキング)を行うに決まっている。

 互いに、敵船に乗り込むタイミングは最接近した瞬間。


「こっちは風上だ! 煙幕を張って視界を奪え!」


 煙幕を張れば、こちらの甲板に乗り込み難くなる――すでにクルーは煙幕の準備を完了しており、あとは合図だけだった。

 濛々と上がる煙は風に乗り、シュトゥルム・ケーニヒ号を覆い始める。

 準備は万端だ。ヤードから垂れたロープを手にし、敵船に乗り込むために身構えていると、


『五時の方向に一隻の海軍船あり』


 手旗信号と口頭により、船員にそれが伝わる。観測手がそれを見つけたのだ。


このままだ(・・・・・)! このまま進め(・・・・・・)! 砲撃も緩めるなよ! 煙幕はありったけ張れ!」

「おお! そうだ! 敵はグライフだ! 海軍なんて気にするな!」


 ルイルが満足げに鼓舞するものの、操舵手の判断は全く別のものだった。

 恐らく、このあとで船長にこっぴどく怒られるであろう。だがそれで構わない。船長のもう片方の尻を吹き飛ばされては、堪ったものではない。

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