世界の果て
――分かっているだろう?――
この自分に届く声は、耳からではなく自らの身体の奥底から聞こえてくる。まるで、己の心の声のように。
ただ、今さら言われなくても充分理解している。嫌というほど、すでに理解させられていたのだから。
同様に相手もまた、こちらが理解していることを分かっているはずだ。
だからこそ、そう訊いてきたのか――下らない。
そうか。これが『下らない』ということか。
――掟に背き、犯した最たる禁忌。その名と意味を――
前口上の長さに苛立ちが湧く。相手が見えない分、余計に。
だがしかし、この感情は新鮮だ。感情の移り変わりの全てが、自分には驚きの連続である。
変わり果てた自分に、おかしさのあまり歪みそうになる唇をきつく結ぶ。
そして、その感動を紛らわせるように目だけで周りを見た。
闇とは、このことを言うのだろう。辺りはおろか、自分の手足さえも見えないほどだ。
一度意識してしまった、この暗黒。
すると、本当に自分が二本の足で立っているのかさえ疑わしくなってくる。
平衡感覚どころではない。五感の全てが奪われている気分に襲われてしまう。ここに来た瞬間、生まれたというのに。
――汝が罪の名。同属殺しという罪の意味。汝とて、その深さを理解していないわけではないだろう?――
同属殺し。
自分が犯し、贖う罪の名。
言い訳も、弁明する手段もいくらでもある。その全てが出鱈目だとしても。
が、ここに自分がいる時点で、裁かれることが決まっていた。
もうすでに、こうして立っている時点で裁かれ終えているのだから。
――いかなる理由があろうとも、同属殺しは罪だ。〈水伯〉の意志に叛く行為だ。汝、その罪の重みを理解し、購うことを務めよ――
裁きを下す管理者の名を耳にするのは初めてだが、これで最後になる。本来なら。
――〝白鯨〟の〈管理者〉の代表として、汝の裁きをここで終える――
闇の中で見ることはできないとはいえ、変わり果てた自分の身体は充分に分かった。
瞑目すると、まるでこの暗黒に溶けるような錯覚を得る。
感覚が鋭敏になり、新たに得た肉体を知覚できるようになる。
罰は私に贖うための腕を与え、
贖罪の道を歩むための足を与え、
罪過の深さを見るための瞳を与え、
謝罪の気持ちを言うための口を与え、
罪状の惨らしさを聞くための耳を与え、
そして罪業を反芻する頭脳を私に与えた。
この身体そのものが、私の罪と罰となった。
――刑期が終えるその日まで、〝白鯨〟の聖域に足を踏み入れることを禁じる――
天の代行者の一言とともに、私の瞳に映る世界が先程までの漆黒とは真逆の、白い石碑が並ぶ世界に変わった。
私は聖域から消された――いや、聖域が消えたのか。
さらにここから、どこかへと流刑が行われる。これにより聖域の保護を失うこととなる。
だが、そんなことなどどうでもよかった。
こんな裁きなど、ただのままごとにしか過ぎないのだから。
それよりも、私があえて罪を犯し、裁かれたのだということを天の代行者が理解しているかどうかの方が気になっていた。が、それはもう解決した。肉体を手に入れたことが何よりの証拠だ。
彼らは、何も分かってはない。
同族殺しの禁を破ったことも。その裁きに従順していることも。
全ては、〈水伯の証〉を手に入れるためだということを。