アウトソール4
<1>
横浜。キャットガーデンと呼ばれ、かつてそこには大型船の造船所あった。
その周囲は時代の流れ共に大きく変化していた。
道路は舗装され、車が行き交うようになり、大きなビルがいくつも建てられた。
だが、何百トンもの船が作られていた歴史は確実に残されていた。
細長い地面が広がり、その周りを古い石垣が高く積み上げられていた。
人々が歩く道路からは20mほどの低いところに、
突如現れる異様なその空間はその日は特に異様さをかもし出していた。
キャットガーデンの先端部分には高さ10mほどの大きな階段がある。
そこの段差を利用して、ボックスや単管のセットがおかれ、ステージコースが作られていた。
「すげー」
キャットガーデンの上にある手すりに寄りかかって、
タカは特設ステージの中で自分がどういう風に動くかイメージしていた。
アートオブムーブメントの開催日。スタートは夕方6時からだが、
タカは待ちきれずに朝の9時にキャットガーデンにやってきた。
誰もいないコースは進入を防ぐために各所にバリケードが設置されていたが、
タカにとっては意味はあまり持たなかった。
(あそこから降りたら、普通に入れるよな)
「おい、タカ。勝手に入るなよ」
タカは驚いて横を向いた。マサトとシュウジがいた。
「あっ、おはようございます。お、俺は入りませんよ」
マサトに自分の考えていることを言い当てられた驚きを隠すように言った。
「ごめんなタカくん。知り合いでも関係者以外入れないようになってるんだ」
「いいえ、全然かまいません。お二人は今日は忙しいんですか?」
二人のシャツには「STAFF」とプリントされていた。
「ああ、14時と16時からワークショップをやるんだ。お前も参加していいぞ」
「いつもマサトさんにしごかれてますから行きません。今日は何時にここに来たんですか?」
「俺たちは前日からだよ。ここのホテルに泊まっている」
マサトは指差すほうには、見上げることができないくらい大きなビルがある。
「ここホテルなんですか。すげーデカイですね」
「凄い高級ホテルだ。こんな機会がなけりゃ一生泊まれない・・・」
シュウジがホテルから出てくる一団に気づいて、手を上げた。
英語で何か挨拶をしているようだったが、英語は分からないユウキは聞き取れなかった。
ユウキはその一団を見たときに、心拍数がグンと上がった。
自分がyoutubeで何百回と見た動画の中にいる人たちがそこにいたのだ。
(マイク・ドイル、デッィク・ジーフ、ジャック・ポール、ルーシー・ミュウバーグ・・・・本物だ)
思ったよりも身長が高く、体つきもしっかりとしていた。ユウキは彼らの雰囲気に飲まれそうになった。
海外トレイサーとは今まで何度も見たことはあるが、
そのトレイサーにはないオーラみたいなものがそこにはあった。
「アスリートたちのおでましだ。きっと朝ごはんを食べにきたんだろう」
アスリートたちは英語で何かを喋りながら、笑っていた。
「グッモーニング」
マサトが日本語の発音でアスリートたちに挨拶をする。慌ててタカもそれに続いた。
彼らは笑顔でその挨拶に答えて、先にあるカフェに入っていった。
「マサト、10時から打ち合わせだから。忘れんなよ」
とシュウジが言って、カフェに入った。
「タカ、どうだ生で見た感想は?」
「すげー」
思わずつぶやいた。そして、写真を撮ってもらえば良かったと激しく後悔した。
<2>
タカは一人マクドナルドで昼食を食べていた。
店内は昼時もあって混雑していたが、客層は家族連れやカップルばかりではなかった。
カラフルなシャツに黒やグレーのスエットパンツを着た集団が店内の半分以上を占めていた。
(ここにいる人たちはトレイサーなのかな)
この周囲でどこか練習できるところがないかと歩いていたときに、
パルクールをしているトレイサー集団を何回も見かけた。
(人が多いと集中できないんだよな)
タカは空になったコップの中にある氷をガリガリ食べながら、これからどうしようかと思った。
(マサトさんのワークショップに参加しようかな?でも、やっぱり人多いよな)
「ごめん。前って空いてる?」
空いてるのイントネーションが聞きなれない感じで、
声のほうを向くとハンバーガーやポテトが乗ったトレイを持って、
大きなリュックを背負った女性が立っていた。
白色のTシャツを着て、下のグレーのスエットパンツには
ピンク色のポップな字体で何かが書かれていた。
シューズはランニングシューズだった。女性にしては少し背が高かった。
「迷惑じゃなかったら、座ってええかな?」
店内の席はほとんど埋まっており、タカの前しか空いてる席がなかった。
「ど、どうぞ」
「良かった~。めっちゃ混んでたから、どうしようかと思ってたねん」
女性はリュックを床において、ドスンと椅子に座った。タカは女性の顔を見た。
自分と同い年くらいか、少し上のようだった。
ポニーテールに少し焼けた肌が印象的だった。
(やっば可愛い。しかも、関西弁ってレベルが高い)
テンションが上がったタカだったが、何を喋ろうかと悩んだ。
そもそも偶然に相席になった女性とベラベラと喋るべきなのか分からなかった。
「あんたってトレイサー?」
女性はハンバーガーの袋をめくりながら、タカに聞いてきた。
「うん、そうだけど。キミも?」
タカは目の前の女性の口からいきなりトレイサーという単語が出て驚いた。
キミやってと言って女性は笑った。
「やっぱ関東人やな~。うちはミナっていうねん。大阪守口出身。あんたは?」
「タカって言うけど」
ポテトに向けられていたミナの目がタカに向いた。
「タカ?ナチュラルスタイルのタカ?」
「なに?ナチュラルスタイル?」
「あっ、知らん?大阪じゃフリップとかしない人らのことをナチュラルスタイルっていうねん。
ブレインとか、オーエンとかあと、ビリーもそうかな。あの子はフリップ入れるけど、
そこまで派手じゃないし」
タカは驚いた。ブレインやオーエンは3~4年前によく動画を出していたトレイサーの名前だった。
フリップを一切せずに、プレシジョンやラシェなどの動きだけで作られた動画は
当時としては革新的だった。しかし、最近ではネット上で彼らの名前を見ることはなくなった。
次々に新しいトレイサー現れ、二人の名前を知っているいまは人はほとんどいなかった。
「うちタカが出した動画メッチャ好きやねん。
あのなんか川みたいなところでやってるテンポプレシとか凄い完璧やん」
ミナが話したのは、タカがかつてアートオブムーブメントに出場するために出した動画のことであった。
落選したので、youtubeに上げていたのだ。再生回数は伸びず、高評価もついてないから、
タカ自身はそんなに有名じゃないと思っていた。
「川やのに、ちゃんと角狙えてるし、動きもスムーズやし。日本であれだけのテンポできる人おらんで」
早口で畳み掛けるように喋る口調、初対面なのに異様に馴れ馴れしい態度に、
ちょっと引いているタカだが、自分の動きを褒められたのは素直に嬉しかった。
「ミナさんは大阪の人なんですか」
ミナは飲んでいたオレンジジュースをブッと噴出した。
「ミナさんやって、自分おもろいわー」
と言ってケラケラと笑い、リュックの中からタオルを取り出した。
「さんづけはいらんで、トレイサー同士やろ。ほら、これで拭き」
タカはタオルを受け取り、ジュースで濡れたシャツを拭いた。
「下手な拭き方やわ。ちょっと貸してみ」
ミナは立ち上がりタカからタオルを取り上げ、タカの胸元に顔を近づけた。
近づくミナに思わず後ろに下がったタカだったが、
シャツを掴まれていたので後ろに下がれなかった。
ミナは引っ張ったシャツの生地をタオルで細かく叩くように拭いた。
「子供やあるまいし、ちゃんと拭かんとシミになるで。あっ、ていうか何歳?」
「18歳」
「18歳?高校生?うっそ、わっか!うち23歳。大学4年」
なんでこの人は聞いてもないことをベラベラ喋るんだろうとタカは思った。
「今日は友達と来る予定やったけど、その子風邪で来れなくなったねん。
新幹線の切符は取ってたし、せっかくのイベントやから
行かんわけにはいかんやん?でも、一人やとなんかつまらんし。
良かったら、一緒にどっかで練習せえへん?」
<3>
ユウキはステージに座って、広がるキャットガーデンを見ていた。
視界の端では宙返りをし、飛び交う何人かのトレイサーが見える。
キャットガーデンの上部に通る道ではステージを覗く通行人が見えた。
さらに上を見上げると、大きなビルがあった。
さっきビルの中で食ったバイキングが上手かったよなとユウキは思い返した。
「ユウキ、調子はどうだ?」
「あっ、シュウジさん」
シュウジの横には黒色のシャツに茶色のスエットを着た白人が立っていた。マイク・ドイルだった。
「お前、マイクと喋りたいって言ってたろ。マイクも喋りたいみたいだから、
俺が通訳してやるから、ちょっと話そう」
「えっ、いいんですか?」
マイクと初めて会ったのは三日前。そのときタカは憧れのトレイサーに会って感動はあったが、
同じ舞台に立つ以上はライバルだと思うようにした。
二日前にステージコースが完成して、何度か一緒に動く中でその差に愕然とした。
根本的に何かが違う、それは動きや技の完成度だけじゃなく、
体格や身長といった肉体的なところにあるとタカは感じていた。
(体つきじゃ負けているから、もっと別のところで勝たないといけない)
マイクに色々と話を聞きたかったが、拙い英語しか出来なかったので、
なかなか話をする機会がなかった。
だから、ユウキはこれがチャンスだと思った。
マイクはシュウジに向かって何か喋った。
「今回、日本で初めてアートオブムーブメントが開催される。
僕たちも凄い嬉しい。だから、今日のイベントは絶対に成功させよう」
とシュウジはマイクの言葉を翻訳してユウキに伝えた。
「ああ、分かってます」
またマイクがシュウジに向かって喋る。
「パルクールはシェアするものだ。トレイサーはみんなファミリーなんだ。
今日はそれをアスリートや観客と一緒に共有したいと思ってる」
ユウキはマイクの言っていることがよく理解できなかった。
「シュウジさん!普段、何食っているか聞いてもらって良いですか?」
分かったとシュウジは答え、英語でマイクに尋ねた。
「マクドナルド」
マイクは笑顔で答えた。
「おい、シュウジ。次のワークショップについて相談があるんだ」
マサトが近づいてきた。
「なんだ、マサト。次も予定通りに開始だろう?」
「インストラクターの数を増やしてほしい。参加者が思ったよりも危ない動きをするから、
カバーしないといけないんだ。このままだと怪我する人が出てくる」
「いや、数は増やせない。人手が足りないのはお前も知っているだろう」
「タカとかはどうだ?経験もあるし、使えると思う」
「あいつは部外者だろう。そんな奴をいれたら、イベント会社に怒られる」
「あの俺が手伝いましょうか?」
ユウキが二人に喋りかけた。
「ユウキはアスリート側の人間だ。ワークショップなんか手伝わなくて良い。
マサトがメニューを変えるなりして、対応してくれ」
ちょっと向こうで話そうと言って、シュウジとマサトは離れていった。
マイクはアメリカ人らしい動作で、眉を上げて、手を上げた。
ユウキはよく分からないが、あまり良い気分はしなかった。
<4>
アートオブムーブメント会場から少し離れたところにある広場。
高さ1メートル半、長さが5メートルほどのレンガ造りの壁を使って、
タカとミナはクライムアップの練習をしていた。
「こういう風に片方の肩を乗せてやるやり方なら出来るねん」
といってミナは壁の上部の角を掴み、腕を一気に曲げて、右肩を乗せて、体を持ち上げた。
「やっぱ筋肉かな」
よいしょっと言って、ミナは壁の上に立った。
「ちょっとやってみせて」
タカは壁に手をかけた。腕を曲げると同時に足で壁を蹴る。その瞬間に体が持ち上がった。
「やっぱ、上手いわ」
「タイミングだよ。あとは壁を掴むときのパワーだと思う」
「掴むとき?持ち上げるときじゃないの?」
タカは体を下げて、また壁に足をついてぶら下がった。
「体をしっかりと安定させないとパワーを出すことができないよ。
だから、この状態でキープしたり、腕を曲げる練習だけするんだ」
タカはいわゆるキャットと呼ばれる状態になって、腕を曲げたり、そのまま横に移動したりした。
「握力がいるん?」
「握力とは若干違うけどね。壁の角や材質は色々あるから、それに慣れるためにも必要な練習だよ」
「あー、ロスも同じこと言ってた」
「ロスって誰?」
「うちの大学に留学してたオーストラリア人のトレイサー。
オーストラリアでパルクールの先生やってて、一緒に練習したときに色々と教えてくれたわ」
「英語喋れるの?」
「もち。フランス語、中国語も喋れんで。旅が好きやし、人と喋るのは楽しいから、
言語は色々勉強してきたわ」
「凄いな」
「そう?パルクールしてたら色々な国の人と喋れて、すぐに言葉覚えると思うけどな」
(最初は変な人だと思ったけど、やっぱりこの人もパルクールが好きなんだ)
ミナは再びクライムアップの練習を始めた。足を使って、体を持ち上げようとするが、
タイミングがバラバラで上手くいかない。
(人にアドバイスをするって難しいような。いつも人に教えているマサトさんは凄いよな)
しばらく壁と格闘していたミナだったが、
疲れたのかリュックからペットボトルを取り出して、水を飲む始めた。
「今日、誰が優勝すると思う?」
「うーん、やっぱりマイク・ドイルかな。でも、パルクールは競い合うものじゃないから、
誰が優勝とかはあんまり興味ないよ」
「はあ~?そんなん当たり前やん。アートオブムーブメントはお祭りやから、
パルクールはどうとか、そんなつまらんこと言わんとき」
「いや、つまらんことって・・・・」
「あそこに出てる人らって、別に他人を蹴落としてまで勝とうって人はおらんで。
勝ち負けとかじゃなくて、みんなで楽しもうってことを考えてやっている人らやと思う」
「そうなのかな」
「日本人では誰注目してる?」
「うーん」
タカはユウキの顔が思い浮かんだ。1年前にユウキはイギリスに旅立った。
半年後に帰ってきたが、すぐにデンマークに行って、そこで3ヶ月間滞在した。
デンマークから帰ってきても、以前のように一緒に練習することがなくなった。
もともとタカは練習会で大勢で練習するより、
ある程度固定されたメンバーと一緒に練習するようになタイプだった。
ユウキとは一緒の学校に通っているという繋がりがあったから、
練習していたということがあったので、
学校を辞めたのをキッカケになんとなく疎遠になっていた。
「やっぱ島崎ユウキ?」
「ユウキは凄いけど、日本人が上位に食い込むのは無理でしょ」
「うわあ、ネガティブ。せっかく日本で開催してるんやし、日本人が一位取ってもええやん。
大阪の子らはみんなユウキが優勝すると言ってるで」
「ミナもやっぱりユウキみたいな動きが良いと思う?」
「ううん。ユウキくんは何かカッコつけた感じがして好かんわ」
「あいつはカッコつけじゃないよ」
「えっ?」
「別に。そろそろアートオブムーブメント始まる時間じゃない?」
「あっ、ホンマやん!!ちょっと無駄話してる場合じゃないやん。
はよ、立って!行こう!行こう!」
<5>
こんなに興奮するのは初めての体験だった。
ユウキは一生懸命気持ちを抑えようとしたが、どうにも出来なかった。
アートオブムーブメントは予選と決勝戦に分かれている。
出場アスリートは2分間のパフォーマンスをして、
4人のジャッチがそれぞれの観点から点数をつける。すでに予選は終わっていた。
11人のアスリートのうち、
決勝戦に出場できるのは5人。そこに島崎ユウキは残っていた。
予選と決勝戦の間、ステージ上ではBMXとヒューマンビートボックスのショーが行われていた。
自分のパフォーマンスをしていたときは、動きに集中していて観客のほうを見てなかった。
いま改めてステージの端から観客席を見ると、そこには見渡す限りの人で埋め尽くされていた。
ユウキは間違いなく1000人以上はいると思った。
「おい、ユウキ。決勝戦はお前が一番だぞ。あと5分後だ。
せっかくここまで来たんだから、優勝目指せよ」
シュウジがユウキに声をかけた。答えようと思ったが、口が上手く回らなかった。
喉が異様に渇いた感じがして、近くにあったエナジードリンクを飲んだが、まったく味がしなかった。
(俺が勝てるのは。スピードだけだ)
「いいかユウキ。ステージにいるMCが喋って、合図出す。
そしたら音楽が始まるから、そのタイミング出ろ」
大音量で音楽、観客の歓声、飛び交うスタッフたちの大声の中で、
ユウキは必死にシュウジの声を聞いていた。
「わ、分かりました。大丈夫です」
ユウキは事前に考えた決勝戦用の動きを思い返す。しかし、どうしても集中できなかった。
周囲の人や音に気が散ってしまい、自分の中に気持ちを落ち着けることができない。
いつのまにかステージ上のショーは終了し、MCが決勝戦の説明をしている。
ユウキはMCが自分の名前を呼んだ時点で我に返った。同時、ユウキ用の決勝戦の音楽が流れる。
(やるしかない)
ユウキはステージの中央に向かって走り出した。
その途中で体勢を低くし、手をついて、ダブルコークを繰り出す。
そのスピードに、観客が一層の大きな歓声を上げた。
しかし、ステージに流れる音楽のせいで、ユウキはその声をまったく聞こえなかった。
そのまま段差に向かって走り、駆け上って、ステージの一番上まで走る。
そこから段差を使った様々なフリップを魅せながら、
ステージの下部へ降りていく。途中で段差から4m離れた場所に設置された単管のセットを見えた。
セットは段差を利用して作られており、四角形に囲まれた単管が3mほどの高さに組まれていた。
(あそこでランプレ、んでフルツイストで降りて、フニィッシュだ)
ユウキは単管のセットに向かって走り出した。奥の単管も手前の単管も照明のせいで見えづらかった。
(もう止まれねえ!!)
地面を大きく蹴り上げる。腕をしっかりと引いて、着地の姿勢を作った。
<6>
「ごめんな。アフターパーティー参加したかったやろ」
「別に。まだ未成年だから酒飲めないし」
さっきまでの歓声が嘘のように静かだった。
アートオブムーブメントの会場からタカとミナは駅に向かっていた。
大会終了後、アフターパーティーが開催されたのだが、ミナは新幹線の終電があったのだ。
「そう?でも仲間たくさんいるやろ?喋らんでよかったん?」
「ミナちゃんが駅分からないって言うから、送ってるんだよ」
「うーん、ほうやけど・・・・・」
「楽しかった?」
「うん。なんか、ユウキくんの最後のランプレ凄かったわ。
あそこであんな動きするレベルも高かったけど、
それ以上に雰囲気というか、鬼気迫るものがあった。
やっぱ実物はイメージと違うな。タカはどう思ったん?」
「僕は・・・」
タカはアートオブムーブメントのステージで行われたパフォーマンスを思い返す。
各国のトレイサーが魅せる動きはどれも素晴らしかった。
感動もした。ユウキが3位になったことも嬉しかった。
だが、どこかこのイベントを離れたところで見ている自分もいた。
それは「パルクールは競い合うものではない」とかではなく、
スタイルの違いでは説明しきれない、心の部分だった。
熱さも冷たさもない。常温の隙間が心に広がっていた。
「遠い人たちだったかな」
「うわあ、しょーもな。ひくわー」
「何で引くんだよ!」
ケラケラとミナは笑った。
「あー、ほんま楽しかった。・・・・・これでパルクールはおしまいや」
「えっ?どういうこと?」
「うち就職が決まってん。客室乗務員、スチュワーデス」
ブッっとタカは思わず笑った。
「あっ、何笑ってんの。うちCAやったら変?」
「ご、ごめん。違うよ」
タカはCAの制服を着たミナを想像できなかった。
「自分でも似合わんと思うけど、ずっと夢やってん。
凄い勉強して、良い大学に行って、就活も超頑張って、
やっと掴んだことやねん」
「うん」
「研修はもっと先やけど、やっぱり夢叶えたからにはちゃんとしたいやん?
だから、マナー講座とか喋り方とか頑張らなあかんねん」
「喋り方?」
「標準語で喋らないと、CAは駄目なんですよ」
ミナは標準語のイントネーションで喋った。
「うわあ、自分で喋っても気持ち悪いわ。
でも、ホンマに標準語もちゃんと喋れるようにならなあかんし」
「でも、パルクールは辞めなくてよくない?仕事しながらでも続けられるんじゃない?」
ミナは止まった。
「CAになりたい子ってメッチャたくさんおんねん。大学卒業して、専門学校入りなおしてまで、
航空会社受ける子がいるねん。うちは頑張ったっていうのもあるけど、
CAになれたのはラッキーっていうのもあんねん」
タカも止まった。
「いまってやりたいことを出来るどころか就職すらできない子らが多いやん。
そんな中でうちはCAになれたねん。なら、一生懸命やるしかないやん。
パルクールはいつでも出来るけど、でもだからどっかで自分で終わらせなあかんと思う」
再びミナは歩き出した。タカも歩き出す。
「大学1年ときに友達に誘われてパルクール始めたねん。体を動かすのが好きやったし、
昔は体操やってたから、すぐにハマッたわ。でも、続けていくうちにパルクールって
動きだけじゃないやんって気づいた。
仲間作ったり、一緒にキツイ筋トレするのもパルクールやん。
うちパルクールは一生懸命やることやと思ってる」
「一生懸命?」
「そう!一生懸命にやるって凄いことやねんで。
パルクールでしんどいときって本気出してるときやん?
腕立てキツくなって、あと1回ってときに誤魔化しきかへんやん。根性出すやん!
ジャンプ怖いときはカッコつけた自分じゃ跳ばれへんやん、素の自分を出さないと跳ばれへんやん
自分ごと全部でぶつかっていく、これがパルクールで学んだことや。
この気持ちを持ってたら、私はどこでもトレイサーでいられるねん」
「うん、ちょっと分かる」
「ホンマに~?嘘ちゃう?」
ミナはタカを軽く叩いた。
「俺、進路とかまだ分からないけど、自分のパルクールを続けるよ。
将来はどうなるか分からないけど、頑張るよ。
だから、ミナちゃんもCA頑張って!」
あんたに言われたないわ、とミナは笑った。