one scene ~chinese cafe~ vol.9
「そうなんだ・・・わかった・・・」
あの時の電話の彼女は、平静としていた。
最後に二言三言話し、お互いの「じゃあね」で電話を切って、僕たちは終わったんだ。
あの時でさえ泣かなかった彼女が今、目の前で泣いている。
でも僕は今はじめて、あの時だって電話の向こう側で彼女は泣いていたのかもしれないと、声を出さずにその涙を何度もいち早く拭こうとしながら、平静を装っているのを見てそう思った。
一瞬、訳が分からなくなって、今僕が目を離した隙に、誰かが彼女を泣かしたのか?などと考えたりしたが、当然そんな様子もなく・・・
すぐさっき、彼女の笑顔から伺い知ったつもりでいた、彼女の今は間違いなく幸せなはずという確信も、全て勘違いであったのかとさえも考えたりし・・・
僕は声を掛けられないまま彼女の目を見れずに、その目から溢れてこぼれ落ちた涙の方だけを見つめていた・・・
彼女は申し訳なさそうにはにかんでみせるが、意識とは裏腹に止めどなく溢れてくる涙が、そんな彼女に嘘をつかせなくさせていた。
「ごめんね・・・泣かないって決めてたのに・・・」
一生懸命に発したようすのその言葉で、僕は視線を上げて彼女の目を見た。
「ほんとにごめんね・・・」
もう一度謝りながら見つめる彼女のその目が、あの頃に見せたそれと同じものだと知った瞬間、僕は彼女の目を見つめながら、彼女の名前を呼ぼうとして・・・声を呑んだ。
僕は彼女にその目をさせない為に別れたというのに・・・
あの時だって、別に浮気相手に惚れてた訳じゃない・・・
謝ればきっと彼女は僕を許しただろう・・・
僕はそれを知っていた。
何を隠そう、僕はそんな男で、彼女はそんな女だった。
怒って涙しても、僕が謝って彼女を抱きしめながら髪をなでれば、彼女は僕を許してしまうんだ・・・こんな男なのに・・・
僕はそんな自分から彼女を引き離すことが、彼女の幸せだと考えたのだ。
そう、それが「懺悔なんだ」と自分に言い聞かせながら・・・
だけど本当はそれは、言い訳だった。
才色兼備で有能な彼女は、社会的にも経済的にもいつのまにか僕のそれを超えていき、か弱い彼女があまりに頼もしくなっていくことに、僕は嫉妬と不安を感じずにはいられなかった。
そう、僕には自信がなかっただけなんだ・・・
だから僕はそんな思いを彼女には知られたくなかったんだ・・・彼女にだけは・・・
あの頃、彼女の存在はあたり前になっていたが、かけがえのない存在だという事を忘れるほど、僕は馬鹿じゃなかった。
彼女と一緒に過ごす時間は、全ての努力や苦労が報われたように感じられるほどだった。
彼女を失ってからは、尚更にそれを痛感していた・・・
彼女はいつも笑っていた、でも・・・時々泣いた。
僕の理不尽な行動や言動によって・・・
彼女に甘えていた事をこの一年で何度思い返し、恥ずかしくなったことか・・・
だから・・・彼女の名前を呼べずにまた目線を下げた僕。
そこへ、彼女は手を差し伸べた。
テーブルの向こうから境界線を越えて・・・
to be continued