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指名夜

作者: はまゆう
掲載日:2026/02/18

ブラックユーモアショートショートです。

最後まで読んでいただけたら嬉しいです。


月は毎晩、ひとりの死ぬ人間の名前を告げる。

そして昨夜、その名前が僕だった。


最初にこの現象が起きたのは三年前だ。


満月の夜、空から声がした。低く、よく通る声だった。


「本日、死ぬ者。――田中健一」


翌朝、田中健一という男が事故で死んだ。


偶然だろうと言われた。

だが次の満月も、その次も、月は名を告げた。

そして告げられた人間は、必ず二十四時間以内に死んだ。


外れたことは一度もない。


科学者は調べた。宗教家は祈った。政治家は規制を考えた。

だが月はやめなかった。


ただ一つ分かったことがある。


予告された死は回避できない。


警護をつけても、地下に閉じこもっても、鎖で縛っても死ぬ。

事故、発作、落下、偶発的な何か。方法は毎回違う。

だが結果だけは同じだった。


だから人々は、月の声を聞く夜を「指名夜」と呼ぶようになった。



そして昨夜。


満月だった。


僕は窓を閉め、耳栓をし、布団をかぶった。

聞かなければ関係ない。そう思った。


だが声は、頭の中に直接響いた。


「本日、死ぬ者。――佐倉真人」


僕の名前だった。



朝になっても生きていた。


むしろ妙に元気だった。

体調もいいし、視界もはっきりしている。


「案外、外れることもあるのか」


そう思いかけたが、すぐ打ち消した。

三年間、一度も外れていないのだ。


ニュースをつける。

当然、僕の名前はもう出回っていた。


《今夜死亡予告対象者:会社員 佐倉真人(29)》


玄関を出ると、記者がいた。

望遠レンズ。中継車。野次馬。


「いまどんなお気持ちですか」


「死ぬ予定についてどう思われますか」


「遺言は」


質問が飛んだ。


僕は答えず、駅へ向かった。



会社では拍手が起きた。


「すごいな」「本物だ」「初めて見た」


まるで珍しい鳥でも来たみたいだった。


上司が肩を叩いた。


「今日は帰っていいぞ」


「まだ朝ですけど」


「だって死ぬんだろ」


合理的な判断だった。



昼。


何も起きない。


事故も、発作も、通り魔もない。


僕はカフェでコーヒーを飲んだ。

死ぬ予定の人間とは思えないほど、穏やかな午後だった。


隣の席の女子高生が小声で言った。


「ねえ、あの人じゃない?」


「ほんとだ、今日の人だ」


写真を撮られた。



夕方。


まだ生きている。


ニュース速報は出ない。

SNSも静かだ。


胸の奥に、妙な確信が芽生えた。


助かるんじゃないか?


月も間違えることがある。

三年無敗でも、四年目の一回目は外れるかもしれない。


僕は帰宅し、風呂に入り、テレビをつけた。


時計は23時58分。


あと二分。



そのとき。


スマホが鳴った。


非通知。


出る。


「もしもし」


返事はなかった。


代わりに、あの声がした。


低く、静かで、逃げ場のない声。


「訂正」


背筋が凍った。


「本日、死ぬ者。――佐倉真人ではない」


息が戻った。


「……なんだ」


笑いがこみ上げた。


助かった。外れた。月は間違えた。


奇跡だ。


「びっくりさせるなよ」


僕は言った。


「じゃあ誰なんだよ」


一拍。


月は答えた。


「本日、死ぬ者。――人類」


その瞬間。


窓の外が、昼になった。


いや、違う。

昼より明るい。


白い。


熱い。


世界が音を失った。



数秒後。


地球は存在しなくなった。



月だけが残った。


そして次の満月まで、静かに待った。


次に名前を呼ぶ対象はもうなかった。

読んでくださってありがとうございました。

アンデルセンの「絵のない絵本」を今時のテイストでという発想から書いた作品です。

アンデルセンと違って怖い月になりました。

感想や評価をいただけるととても励みになります。

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