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どうやら転生失敗したらしい

転生失敗されました

「転生させる人物の召喚に失敗しました。」

 

無機質な部屋の中、私「霧島 薫」は神と名乗るノエルの言葉をただ聞いていた。



現実世界の身体はどうやら死を迎えたらしい。らしいというのは私にその自覚がないからだ。ノエルには無慈悲な死でしたね、とか次の世界では幸せにとか言われたが、そもそもなぜ死んだのか理解できていなかった。普通に働いて普通に生活していた。現実が嫌とかそういうこともない。事故にあったとか過労とかでもないはずだ。あの日もいつも通り眠りについただけの事。


何度か話しているうちに私とノエルの話が食い違っていることに気づき、今に至る。


「えっと…?つまり、私は死に損ってこと?」


 「死に損…という言葉が正しいかは分かりませんが、少なくとも本来呼ばれるべき人物ではない為、能力の付与がほぼ出来ないというのが現状です。」


「じゃあ、これからどうなるんですかね私は」


ノエルは少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開ける。


「元の世界には戻せません。その為、異世界への転移を行います。」


せめて申し訳なさそうに目を伏せるとか、そういう演出はないのだろうか。 自分が間違えたという事を、ノエルは理解しているのだろうか。 なんというか……淡々としすぎでは?

  

「ちょっとちょっと、その前にさ、間違えた事への謝罪とかはないの?死ぬ予定じゃなかったのに死んだって言われてはいそうですかってのは少し無理がある気がするんだけど」


「そう言われましても、起きてしまった事はもうどうにもできません。」


ノエルは修正不可です、付け加える。


「…まぁここで騒いでもどうしようもないのは分かったよ。でも、1つだけ聞いてもいい?」


「答えられる範囲なら」


「本来転生するはずだった人にはどんな能力が付与される予定だったの?」


「全能力値∞です。」


聞いた私が馬鹿だったのかもしれない。というよりそんな馬鹿みたいな能力があるのかと笑えてくる。本当なら異世界でも現実でも、生きるのが簡単なのだろう。


「本当にチートだね。それで、私には付与がほぼないって言ってたよね。ほぼってことは、少しはある感じ、なのかな」


「全能力が平均値より5%アップしています。」

 

「……5%?」

それは、つまり、ほぼ死ぬ前と変わらないってことでは?

 

「少しだけ力が強く、少しだけ素早く、少しだけ料理が上手い、などです」


少しだけというのが気になるがもう何を言っても意味はないだろう。

とりあえず一応付与された能力で何とかするしかないらしい。


「ちなみに赤ちゃんからやり直すとか…?」


「いえ、生まれ変わりではない為このまま転移します。場所は…リュミエル村です。」


聞いたことのない村の名前。本当に現実ではない事を改めて実感する。



「では、良き旅路になる事を祈っています。」


ノエルが祈るように手を組むと私の周りには眩い光が一面に広がった。

足元には魔法陣のようなものが形成され、自分の足元の感覚が消えていく。



これからどうなるのか考えるのは村についてからでいい、そう言い聞かせ身を任せることにした。

本当に戻れない、という事実だけが、ほんの少しだけ胸に残った。



──────────


 自分を包んでいた光が消え、目を開けると村、ではなく森が広がっていた。

ノエルは村に転移させると言っていたが、ここが村なのだろうか?どう見てもただの森なんだけど。


「えっと…どうしようか。」


知らない世界、知らない土地。

湿った土の匂いと、葉擦れの音がやけに鮮明だった。 

せめて村人とかいれば何とかなるかもと思っていたのに周りには何もない。

正確には、茂った木と見たことない生き物がいるぐらい、だ。


生き物と出会わないよう、静かに森の中を歩く。手持ちは何もない。

もし目の前にドラゴンとか現れたら私はきっとすぐに黒焦げにでもなるのだろう。


「とりあえず、村には行きたいよね。看板とかないのかな」


そんな都合よく看板なんて――――あった。


【リュミエル村まで1km】


見たことない文字だったが、なんとなく読める。流石に文字は読めるらしく安心した。


「思ったより近いのか。…ってよりノエルとかいう神、ポンコツなのでは?」


転生させる人を間違うくらいだ、転移先も間違えたとなると合致が行く。


 ポンコツというより少し抜けてるといった方が正しいか。

顔は真面目で、冷徹そうな言葉遣いなのに、どこか抜けてる。そう思うと少しだけおかしいと思い、つい口元が緩んでしまう。

というよりあれで神が務まっているのが不思議なくらいだ。


そういえば転生させる人を間違えた事へのペナルティとかはあるのだろうか?

まぁもう会う事なんてないのだろうけど…たぶん。


そういえば少しだけ能力値が上がっているという話をした事を思い出し、歩くスピードを上げてみると、確かに、ほんの少しだけ早くなっているような気がする。それに、少しだけ疲れにくいような―――まぁでも誤差のようなものだ。


看板の通り歩いていると、森が開け、目の前には村があった。どうやら目的地の村に着いたらしい。


「ほんとに、異世界なんだ…」


 村の中へと一歩足を踏み入れた瞬間、いくつかの視線がこちらに向いた。

 木造の家々。石畳ではない、踏み固められた土の道。行き交う人々の服装は、どこか中世の物語に出てきそうな、ゆったりとした布の服や革のベストのようなものばかりだ。

 そして、その視線は、物珍しそうに、というよりは少し警戒したような顔。

「……私そんなに浮いてる?」

 

 自分の服装を見下ろす。森に落とされたときと同じ、元の世界の私服。確かに、この世界の雰囲気とはまるで合っていない。

 ひそひそと小さな声が聞こえる。

「見ない格好だな」

「いや、あんな布地見たことないぞ」

 聞こえてる。普通に聞こえてる。

 

 少しだけ能力が上がっているせいなのか、やけに声が鮮明だ。

 とりあえず立ち尽くしていても仕方がない。何か行動しなければ。

 目についたのは、木製の看板がぶら下がった小さな建物。扉の横にはパンの絵が描いてある。

 パン屋、だろうか。

 お腹が空いているわけではないけれど、何か一つでもこの世界の物を手に入れれば、少しは安心できる気がした。

 

 扉を押して中に入ると、カウンターの向こうに立っていた女性が、私を見るなり一瞬言葉を止めた。

「いらっしゃい……旅の方かい?」

「えっと、まぁそんな感じです」

 なんとなく頷く。

 

 棚には焼きたてらしいパンが並んでいて、香ばしい匂いがする。

 とりあえず一つ指をさす。

「これ、ください」

 女性は頷き、袋に入れながら言った。

「銅貨二枚だよ」

 銅貨。

 当然ながら、私は持っていない。

 ポケットを探るも、何もない。財布もなければ、スマホもない。

 あの白い空間から、私はそのまま落とされたらしい。

 

「……えっと、その」

「どうしたんだい?」

「通貨って……この村だと、何が使えるんですか?」

 我ながら間抜けな質問だと思う。

 女性は怪訝な顔をする。

「何がって……銅貨か銀貨だよ。まさか持ってないのかい?」

 そのまさかが、今の私には現実だ。

 

「……持ってない、です」

 正直に言うと、店の中の空気が少しだけ冷えた気がした。女性は困ったように眉をひそめる。

「悪いけど、通貨がなきゃ何も渡せないよ。この村じゃ、物々交換もほとんどやらないからね」

 通貨がないと、何も出来ない。

 その当たり前の事実が、じわりと胸に広がる。

 宿にも泊まれない、食事も買えない、仕事も、身分もない。私は、この世界で何も持っていない。

「……ですよね」

 パンを棚に戻してもらい、店を出る。

 さっきよりも視線が痛い気がする。

 

 異世界に来たという実感よりも先に、無一文という現実がのしかかってきた。

「どうしよう」

 呟いても、答える人はいない。

 少しだけ強くて、少しだけ速くて、少しだけ料理が上手い。でも、お金がなければ、何一つ意味がない。

 あの神様、やっぱり、ポンコツなのでは?

 思わず空を見上げるも、真っ青な空が広がっていた。

 

風が止まり村のざわめきが一瞬だけ遠のいた気がした。

「……想定外の誤差が発生しました。」

 聞き覚えのある、無機質な声。

 

 ゆっくりと振り返るとそこには、先ほどまで白い空間にいたはずの神様――ノエルが立っていた。白銀の髪は相変わらず揺れもせず、表情も変わらない。

「……え、なんでいるの?」

「追放されました。」

 あまりにも淡々とした報告だった。

 

「……は?」

「召喚対象の誤認および管理不備。神界の規定第七条に基づき、管理権限を剥奪。よって、帰還不可です。」

 言っている内容はわりと重いはずなのに、語尾まで静かだ。

「それって……クビってこと?」

「表現としては適切です。」

 ほんの少しだけ、間が空く。

 でも謝罪も、取り乱しもない。ただ事実を並べているだけ。

 

「……で?どうするの」

 行き場を失ったのは、私だけじゃないらしい。

 ノエルは視線をわずかに私へ向ける。

「合理的判断の結果、同行が最適解と結論付けました。

今回の事象は私の誤りです。よって、一定期間の補助を行います。」

 一定期間、その言い方が、いかにもノエルらしい。

「一定ってどれくらい?」

「未定です。」

「未定なんだ」

「はい。未定です。」

 妙に真面目な顔で言う。

 ……やっぱり、ポンコツなのでは。

 でも、さっきまで完全に一人だったはずなのに、目の前に知っている存在がいる。

 それだけで、ほんの少しだけ、胸の奥が軽くなった。

 

「じゃあさ、まずはお金。どうにかならない?」

「現在、私は神界資産へアクセス不可です。」

「役立たずでは?」

「否定はしません。」

 即答だった。

 追放された神と、無一文の転生失敗者。

 どうやら、どちらも帰る場所はないらしい。

 

「……とりあえず、村で仕事探そっか」

「合理的判断です。」

 そう言って、ノエルは私の隣に並んだ。

 ほんの少しだけ距離を空けて─────

 

 どうやら私たちは、まず生きる準備から始めなければならないらしい。

 

「……思ったより、体が動くから何かしないとね」

「全能力が平均値より5%上昇しています。」

 隣でノエルが淡々と答える。

 

「5%って万能だね」

「汎用的ではあります。」

 まるで褒め言葉のように言う。

 とにかく、働かなければいけない。通貨がなければ何も出来ないと言うことを嫌というほど理解した。

「まずは仕事、だよね」

「合理的です。冒険者ギルドへの登録を推奨します。」

 

 昨日見かけた剣と盾の紋章の建物を思い出す。

 私は頷き、ノエルと並んで村の中央へ向かった。

 扉を押して中に入ると何人かの視線がこちらに向く。

 視線にはまだ慣れない。

「登録、したいんですけど」

 

 受付の女性は書類を取り出しながら言った。

「登録料、銅貨十枚。身分証があれば提示してね」

 銅貨十枚。

 私は再びポケットを探るが何も入っていない。

「……登録料って、先払いですか?」

「当たり前でしょ」

 即答だった。

 

 隣の男が小さく笑い、私は小さくため息を吐いた。

「やっぱり、通貨がないと何も出来ない、か」

「通貨は基本単位です。」

 ノエルが真面目な顔で言う。

 そんな事は知ってる。受付の女性は腕を組んだ。

 

「通貨がないならまずは日雇いでもして稼いだ方がいいよ。登録はそれからだね」

 正論すぎる。

 どうしたものかと立ち尽くしていると、後ろから低い声がした。

「困ってんのか?」

 振り向くと、がっしりした体格の男が立っていた。革のベストに、土の付いた手。

 

「えっと……まぁ」

「登録料が足りねぇんだろ?」

 図星だ。男は顎で森の方を指す。

「薬草取り、手伝ってくれたら登録分ぐらい出してやるぜ」

「……ほんとですか?」

「ああ、森の東側に群生地があってな。俺一人じゃ量が足りねぇ」

 怪しいと言えば怪しい。でも、選択肢はほとんどない。

 

「合理的な提案です。成功確率は高いと推測されます。」

「危険とか言ってくれてもいいのに」

「危険は常に存在します。」

 頼りになるのかならないのか分からない。

 それでも私は男に向き直る。

「やります」

 

 指示された森に入ると、陽の光が木々の間から差し込んでいた。

「葉の縁が細かくギザギザしてるやつだ。根ごと抜くなよ」

 男はそう言って、慣れた手つきで一本抜いて見せた。

 私はしゃがみ込み、地面を見つめるも正直、全部同じ草に見える。

「ノエル、分かる?」

「左前方、三歩。該当個体です。」

「なんでそんな即答なの」

「観察です。」

 

 言われた方向に手を伸ばすと、確かにそれらしい草があった。

 ゆっくりと抜いてみる。

「……あ、これだ」

 少しだけ嬉しい。何度か繰り返すうちに、見分けがついてきた。

 それに、体が軽く、森の中を歩き回っても、息が切れにくい。

「これが5%か」

「肯定します。」

 派手じゃない、でも、確実に違う。

 私は束ねた薬草を抱え直す。

 無一文から、ほんの少しだけ前進した気がした。


 束ねた薬草を男の籠に入れていく。

「思ったより筋がいいな」

「5%高いですから」

「……?」

 男は意味が分からない顔をしたが、深くは追及しなかった。

 そのとき、草むらの奥で、がさりと音がし、小さな影が飛び出す。

 

「うわっ」

 犬ほどの大きさの獣だった。だが、目が妙に赤い。牙もやけに長い。

「ワイルドウルフだ。たまに薬草荒らすんだよ」

 男が舌打ちする。

 ワイルドウルフと呼ばれた生物は低く唸りながら、こちらへじりじりと近づいてくる。

 私は無意識に一歩下がった。

 5%あっても、牙で噛まれたら痛いのは変わらない気がする。

「どうしよう」

「戦闘は非推奨です。」

 ノエルが静かに前へ出る。相変わらず無表情。

「排除ではなく、威嚇を行います。」

「威嚇?」

 ノエルはワイルドウルフをまっすぐ見つめた。

 その瞬間、空気が変わる。

 風が止まり、森の音がわずかに遠のいた気がした。

 何かが、圧をかけるように広がる。

 次の瞬間、尻尾を巻いて走り去った。

「……今、なにしたの」

「神性の残滓です。」

「残滓って」

「本来の権限は失われていますが、影響力の一部は保持されています。」

 男は目を丸くしていた。

 

「嬢ちゃん……そいつ、何者だ?」

「えっと……同行者、です」

 嘘ではない。男はしばらくノエルを見つめ、それから大きく笑った。

「はは、頼もしいじゃねぇか」

 ノエルは特に誇る様子もない。

「危険は排除されました。採取を継続します。」

「冷静だね」

「合理的です。」

 私は少しだけ息を吐く。追放された神。無一文の転生者。

 でも今のは――明らかに、ただの人間じゃなかった。

 

 村人たちがノエルを見る視線が違う理由が、少しだけ分かった気がする。

「追放されたのに、ちょっと格好いいのずるい」

「評価基準が不明です。」

 森の中で、私は小さく笑った。


 

 


 

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