言い訳は、猫
我が家には二匹の猫がいる。
一緒に暮らし始めてもうすぐ一年の保護猫だ。
これまでも猫を飼っていた経験はあるけれど、二匹同時というのは初めて。若いオス猫二匹、とても元気でそのやんちゃぶりには日々驚かされる。
以前飼っていた猫は約十五年、一緒にいた。まだ仔猫の時に親戚が拾ってきて、そのまま我が家の猫になった。
彼は運動神経が悪く飽き性で、高いところに上っては下りられなくなったり、大好きな猫じゃらしのおもちゃも遊びたそうにするわりにすぐに飛び掛からなくなる。
わたしが眠る時は一緒に寝室に行き、朝は一緒に起きてくる。しかし、実はわたしが眠るとまだ起きている家人のところに行き、再度寝室に戻り一緒に寝ていたらしい。もちろん朝も、わたしが朝ごはんをあげると寝室に戻り、家人に寄り添い二度寝をする。まるで、ずっと一緒に寝ていましたと言わんばかりに。結果、わたしも家人も、どちらもが猫は自分と一緒に寝て一緒に起きている、としばらく思っていた。本妻も愛人も満足させてくれるスパダリ(と言っていいのか?)一面を持った猫だった。
彼のことを世界一可愛いと思っていたし、猫にも「可愛いね。世界で一番可愛いね」と毎晩撫でながら話しかけていた。
だから、猫がいない生活は寂しいけれど、他の猫と暮らした時に、前の猫のほうが可愛かった、と思わないか心配だった。比較してあまり好きになれない、という結果になってしまうのでは、と心配していた。
しかし、実際に若いオス猫二匹をお迎えしてみると、驚いた。前の猫とも違うし、二匹の猫も性格も行動も違う。まだ若いから、これから変わって来る部分もあると思うけれど、困った部分もあるけれど、どちらも可愛い。世界一可愛い。優勝だ。金メダルだ。
まさに、みんな違ってみんないい、だ。
我が家にお迎えした猫二匹は兄弟ではないのだが、非常に仲が良く、よくくっついて眠っていて微笑ましい。猫同士いることで満たされているからか、どちらも人間の膝に座ることはない。
しかし、例外的にパソコンの前の椅子に座っている時だけ、黒猫が膝に乗ってくる。可愛い。とても可愛い。しかし、彼は自分で膝の上に乗っている状態を保持する気がない。床の上と同様に振舞う。
つまり、膝の上でゴロンゴロンと嬉しそうにお腹を出したり頭を擦り付けてきたりする。そのため、うっかりすると膝から落ちてしまうこともよくある。
だから、必然的にわたしはパソコンを打つ手を止めて、左手で彼を支え、右手で撫でてやる。つまり、小説を書く、という行為が止まるのだ。
これを書いている途中も、一度膝から落ちてしまった。それでも懲りずに膝に上りグルグルと白目を剥いて舌を出して幸せそうだ。今は何とか自力で膝の上に収まってくれている。
この行間の間にも、膝の上でひっくり返る猫を撫で繰り回すという時間が発生している。その間、パソコンを打つ手は止まっている。
つまり、わたしが小説を書くのが遅いのは猫のせいでもある。
猫と暮らすと癒される。それだけではないメリットが、我が家にはある。
家の中で何かが紛失したり壊れたりしても「猫かな」の一言で、犯人捜しは終了。誰も傷つかず、家庭は円満だ。
夜中に物音がしても怯える必要はない。きっと猫だからだ。
家人に癒しを与え、家族間の人間関係も円滑にしてくれる。さらに今一緒に暮らしている猫は手あたり次第たいてい噛んでみるので、出しっぱなしも減って部屋は幾分綺麗になった。
猫のいる生活は、精神衛生上とてもいい。
しかし、猫が膝の上で落ち着いたのはいいが、足は痺れてきたしトイレにも行きたいという問題に、わたしは現在進行形で直面している。




