断捨離からの思考の変化
わたしが断捨離をしよう!と決めたのは2024年夏頃だったと思う。
仕事を辞め、次の仕事が決まるまでの時間にやりたいことをいくつかリストアップしたうちの一つが『断捨離』だったのだ。
結果としては、やりたいことリストの最初のほうはクリアしたけれど、思ったより早く再就職が決まり、断捨離は志半ばとなった。
しかし、一年以上経過した今も心の中に断捨離は住み続けていて、時折(特にゴミ出しの前日)はそれを意識して物の整理をしてみたりする。
『断』は難しいので『捨離』を中心に緩く片づけをしていて、気付いたことがある。
以前こちらのエッセイ『断捨離の「捨離」中』でも書いたのだが、昨年捨てられなかった物を何度か見直すうちに、捨てられるようになったのである。
何度か同じものを取り出すうちに、その間に一度もこれは使わなかったな、と気付くのだ。なんなら、日々の生活でその段ボールの存在を思い出すことすらない。
今日、捨てられなかった物も、一年後には不要だと判断するかもしれない。
その気付きは大きい。たとえ思ったように断捨離が出来なくても、今日の行動は未来に繋がっているのだ。
何度も、これは必要か、そう確認して、不要だと自分で決断できる日が来る。
断捨離を繰り返すことで、自分の価値観に変化が起きていることに気づいた。
先日、春物がチラホラ出始めた店頭で、冬物のジャケットが安くなっていた。シンプルで良さそうだ。
ちなみにわたしはジャケットが好きだ。しかし、あまり似合わない。着こなし方が悪いのか、似合わない物を買ってしまっているのか、はたまたどちらもか、その悩みは置いておいて。
目の前にあるジャケットに心惹かれた。シンプルだし、安くなっている。
しかし、今年はもうイベントもないし、冬が始まる前の秋のアウターにはよいけれど、春先のアウターには気分じゃない。
何度かジャケットの前をウロウロして、買わないことに決めた。
来年、同じようなジャケットが欲しくなったら定価で買えばよい。着るかどうかわからないのに、安くなっていて着やすそう、という理由で買うのはよそう。
そう思ったのだ。
お得大好き、在庫しまくりのわたしにとって、その自分の思考に驚いた。
これはまさしく『断捨離』を続けたことによる思考の変化だろう。
『大人』と呼ばれる年齢を過ぎて、もうだいぶ経つ。
年齢的な意味で「お酒飲める?」なんて聞かれることもなくなった。結局、何歳になっても体質的にお酒は飲めないけれど。それでも時々可愛いパッケージの日本酒や小説に出てきたお酒を店で見つけて一口くらい飲んでみたりはするけれど。
大人になると、性格や思考はなかなか変わることはない。絶対とは言い切れないけれど、難しいだろう。
若い頃は意識して話し方が冷たくならないように、相手を傷つける言い方をしないように、気を付けていた。それは幾分功を成していると思うけれど、何年もかかって何度も反省した結果だ。
まさか、『断捨離』をすることで思考に変化が訪れるとは思っていなかった。
『断捨離』をした結果、仕事もスムーズに出来るようになったなどと動画で言っているのを見たことがあるが、その時は仕事はちゃんとやってるしな、としか思っていなかった。
しかし、思考自体が変化していった場合、確かに仕事や生活面での行動が変わって来る場面はあるだろう。
考えて行動し続けることで、人は変われるのだ。
何歳になってもきっと。
『断捨離』はそのことを教えてくれた。
部屋にはまだ全然物が溢れているんですけどね。
物欲も減らないし。




