表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物の君へ  作者: 讀茸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/28

第九話 飢えた躯

 冒険者ギルドまで足を運んだジアとユヒナ。

 扉の前に立った二人の鼻をつついたのは、むせ返るような血の臭いだった。

 微かに漂う死臭が鼻腔を刺す。果実が腐敗して崩れていくような、ひどく血生臭い香りだった。


「ジア、これ……」

「ギルドで喧嘩なんて珍しくもねぇだろ。多少荒れりゃ、出血沙汰にもなるだろうよ」


 怯えるユヒナを慰めるように、ジアは努めて明るい声で言う。

 実際、ジアの言葉は全くの的外れというわけでもない。

 冒険者とは基本的に荒くれ者。殴り合いの喧嘩などは日常茶飯事だ。口論が発展して、ギルド内で流血沙汰になることも、十分あり得る話だ。

 だとしても、異常だった。

 血の臭いがギルドの外にまで漂ってくるほどの騒動など、滅多にあったものではない。


「大丈夫かな……?」


 扉の取手を握るユヒナの手は震えていた。

 その恐怖を紛らわせるように、ジアは楽天的な言葉を紡ぐ。


「大丈夫だよ。今日は色々あったからな、美味いものでも食って帰ろう」


 大丈夫。

 きっと扉の向こうでは、喧嘩した数人の冒険者が担架に乗せられている。急なトラブルに受付嬢が忙しそうにしていたり、ユヒナが治癒魔術での協力を求められたりするのだ。

 害獣退治の報酬を受け取って、化猿のことも報告する。もしかすると、化猿討伐の臨時報酬が出るかもしれない。その金で何か食べようと話している内に、またリーニア達に絡まれたりする。

 扉の先に広がっているのは、そんないつもの日常に違いない。

 ジアは扉を握るユヒナの手に、自らの右手を重ねる。


「開けるぞ」


 そうして、開いた扉。

 ギィー、と音を立てて開く木製の扉は、ギルド内の惨状を曝け出す。

 ジア達が思い描いた日常風景など幻想に過ぎないと、彼らを嘲笑うようにして。


「やっと来たか。ジア・エルマ、ユヒナ・アマノミヤ」


 そこに広がっていたのは血の海。

 床は溢れ出した血液で真っ赤に染まり、あちこちに人の死体が転がっている。

 生首。切断された手足。斃れ伏す骸には、腹や胸に赤黒い空洞が空いている。そこから溢れ出すは血。寂れた屋内を赤く染める、血であった

 カウンターには、受付嬢の死体が乗っかっていた。首筋の辺りから、夥しい量の血を零し続ける受付嬢は、既に命尽きているように見える。

 描き出された地獄絵図。その中央に立っていたのは、黒鉄の騎士。

 全身を黒い鎧で包み、頭にも黒鉄の兜を被った大男。黒い鎧は返り血を浴び、赤と黒の飛沫模様を映し出す。左手には盾を持ち、右手の剣は切っ先が足下の死体に刺さったままだ。


「リーニア……?」


 黒鉄の騎士が剣で貫いているのは、金髪の少女。

 彼女の得物である片手剣は、半ばから折れて、床に転がっていた。

 床に転がっていたのは、それだけではない。

 眼鏡の青年、ローブの少女。リーニアの仲間だった者達も、死体と化して床に伏している。


「それはこの少女の名前か? 見ての通り、既に殺した。依頼主のオーダーでな」


 今朝の丁寧な口調とは打って変わって、冷徹な態度でそう言うと、騎士はリーニアの胸から剣を引き抜く。

 破裂した井戸のように、彼女の体から血が噴き上がる。

 赤い雨を浴びる騎士は、引き抜いた剣を今度はジアの方へと向ける。


「お前も殺すように言われている。ジア・エルマ」

「そうかよ。オレも決めたぜ」


 腹の底から湧き上がる激情に任せて、ジアは一歩踏み出す。

 力任せに踏み抜いたギルドの床は微かに軋んだ。


「テメェは殺す」


     ***


 サーガハルト王国。

 大陸最大の軍事国家であるその国が抱える騎士団は、無論大陸最高の練度と規模を誇る。

 世界最強の戦闘組織は王立騎士団と呼ばれ、同盟国には英雄として讃えられ、敵国には脅威として恐れられた。

 その男もまた、誉れ高き王立騎士団の一員であった。

 二級騎士ボーデン・レールゲン。

 その肩書の凄まじさは、サーガハルトに暮らす者ならば、誰もが理解する所だ。

 一級騎士が僅か数名しかいない怪物であることを思えば、王立騎士団での事実上の最高ランクは準一級騎士。それに次ぐ二級騎士は、王立騎士団の主力だ。

 戦場では黒鉄の鎧を纏い、戦果を上げた。数多の敵兵を蹴散らした。金も名声も手に入れた。

 だというのに、満たされない。

 胸の内に巣食う何かが、空腹感を訴えている。


 ――――もっと


 何かが足りない。

 何百人の敵兵を殺しても、どれだけ痛快な勝利を手にしても、胸に蟠る空腹感が消えない


 ――――もっと


 サーガハルトの王立騎士団。

 世界最強の騎士団。与えられる戦場も大陸最高レベルに違いない。


 ――――もっとだ


 それなのに、満ち足りない

 金は金属の塊にしか見えず、酒は水のようにしか感じられない。他者からの称賛も、寄って来る女も、  彼の空腹を満たしはしなかった。

 無味無臭な勝ち戦の繰り返し。

 その果てに、男は出会う。

 極上の一皿に。


――――ありがとうございました


 それは、毎日のように行われる王立騎士団の修練でのことだった。

 模擬戦でボーデンを打ち負かした少年は、荒れた息を整えながら、そう言った。

 模擬戦後のありきたりな感謝の一言。しかし、見下ろされて受けるその言葉は、鮮烈な衝撃を以てボーデンの鼓膜を叩いた。

 少年はボーデンよりもずっと若く、体格は一回りか二回りも小さい。魔力量にも乏しく、劇的に優れた剣技を持つわけでもない。

 何故騎士を志したのか不思議なほどに非才な身でありながら、少年は僅かな手札を駆使し、見事ボーデンを倒して見せた。


 ――――ああ、これだ


 胸が高鳴った。血沸き肉躍った。全身が歓喜に打ち震えていた。

 それこそが、ボーデンの求めていたもの。国家としての侵略にも戦争にも興味は無い。

 ただ、挑みたかった。

 自分の足で辿り着ける最高到達点に。かつて誰も見たことがない高みに。

 命すらも擲って挑み、確かめたかった。自分は目の前の者に勝てるのか。自分の敵方、どちらが武人として優れているのか。

 そう、この(からだ)は、戦うために在るのだから。


 以下、王立騎士団の報告書より抜粋。

 準一級騎士シェイル・ドラットへの決闘行為、及び決闘に応じさせるために脅迫行為を行ったとして、ボーデン・レールゲンから二級騎士の称号を剥奪。

 今後一切、王立騎士団への関与を禁じる。

 また、シェイル・ドラットへの処遇は保留。シェイル・ドラットの一級騎士昇格試験の受験可否も保留とする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ