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怪物の君へ  作者: 讀茸


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第五話 指差す方へ

 薄暗い林。


「Ooooouuuuuuun!」


 化猿が吠える。

 林に生える木々に並び立つのではないかという巨体で吠える化猿を、ジアは十数メートルの距離を保って見据える。


(こんな馬鹿でけぇ猿と正面からやり合うなんて、正気じゃねぇ。オレの足なら、ユヒナを抱えても逃げ切れる)


 ジアはあっさりと逃げの一手を選ぶ。

 化猿に背を向けて走り出したジアは、ユヒナの腕を取って、あっという間に抱え上げる。

 リュックサックでも取り扱うような速さでユヒナを背負ったジアは、全速力で林を駆ける。

 魔力で強化された肉体は羽のように軽く、人一人背負っているとは思えない身軽さで、ジアは化猿との距離をぐんぐんと離していく。

 木々の間は走りながら、ジアはちらりと後ろを確認した。


(追って来る気配は無い。逃げ切れる)

「待って……!」


 ジアの背でユヒナが声を上げる。

 だが、ジアは足を止めない。この状況で足を止める理由が無い。

 ユヒナには、あの化猿が太っていて動きの鈍いデカブツに見えているのかもしれないが、現実にはそうではない。

 足の長さはスピードに直結し、筋肉量の多さは速度にも活かされる。

 あの化猿はジアよりも大きく、強く、速い。今この瞬間にも、気を変えた化猿がこちらを追って来てもおかしくないのだ。

 故に、ジアはユヒナの言葉を無視して、走り続けた。


「姉上っ!」


 その言葉を聞くまでは。

 予想だにしなかった言葉に、思わずジアの足が止まる。

 止まって、振り向いて、化猿の姿を視界に捉える。

 今度は、ジアにもよく見えた。化猿が何をしようとしていたのか。何故、ジア達を追ってこなかったのか。


「nnAaaaaa」


 化猿はその大きな手で、少女の死体を掴み上げている。

 猿の毛深い掌に握られた少女は、空高く掲げられ、その下では化猿が大口を開けている。


 ――――彼は人の肉が大好物でして


 ジアの脳裏に、カラヤシキの言葉が蘇る。

 化猿がジア達を追ってこなかったのは、目の前の獲物に夢中だったから。

 逃げ回る兎を狩って食べるより、既に動かぬ料理を平らげることを選ぶのは、当然とも言える。

 化猿は今にもユヒナの姉を食らおうとしていた。


(死体だ。助けなくて良い)


 ジアの足は動かない。

 今の状況はある意味理想的だった。

 化猿は死体に夢中で、こちらを追ってこない。

 今なら逃げられる。生者と死者。助けるべきはどちらかなど、分かり切っている。


「っ、あね、うえ……っ」


 再びユヒナの口から漏れた声は、先刻よりもずっと弱々しかった。

 聡い彼のことだ。分かっているのだろう。今は、死体を見捨ててでも、人命を優先すべきだと。


(何を迷ってるんだ。考えるまでもないだろ。今ユヒナを守る以上に重要なことがあるのか?)


 逃げるべきだ。逃げるのが正しいはずだ。

 それが「善」であるはずだ。

 何も迷うことはない。むしろ、姉の死体が食われる場面をユヒナに見せないためにも、すぐにここを立ち去るべきだ。

 覚悟を決め、ジアは前を向き直す。

 化猿には背を向けて視線を上げた、その方向。

 彼女(オレ)の幻影が立っていた。


「……あ」


 そこにいたのは、亜麻色の髪をした少女。

 髪に青緑色は無く、瞳も正常な人間のそれ。歳は八歳かそこら。子供らしい無邪気な笑顔をしている。

 少女はジアの後ろを指差していた。無邪気な笑みのまま、化猿の方を指差している。

 まるで「そっちで良いよ」と示しているように。


「ごめん、なさいっ……姉上、っ」


 背中から聞こえた、ユヒナの嗚咽。

 ドクンと心臓の音が聞こえる。

 気付けば、ジアの身体は化猿の方へと駆け出していた。

 ユヒナを道端に放り捨て、今まで出したこともないような速さで駆ける。

 頭の中には何も無くて、ただ身体だけが衝動に従って駆動しているような、研ぎ澄まされた集中状態。

 心臓から送り出される稲妻が、体内を駆け巡っているようだった。

 瞬きの間に化猿への距離を詰め、ジアは大口を開くその頭部へと跳躍する。


「その子を離せ……! クソ猿――――ッ!」


 そして、渾身の拳を叩き込んだのだった。

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