最終話 告白
カラヤシキとの戦いから、一週間が過ぎた。
あの後、俺とジアはカヤによって皇族の屋敷に運び込まれて、治療を受けた。
期せずして、俺は故郷への帰還を果たすこととなった。
父上を始めとした色々な所への説明はカヤがしてくれたらしく、俺は久しぶりの屋敷で療養に専念できた。
といっても、俺が受けた傷は微々たるもので、主に治療の必要があったのはジアだ。
医師曰く、どうして生きているのかが分からないほどの重傷で、ジアは何度も生死を彷徨ったらしい。
後遺症に関しては、少なくとも左目は失明、左耳は欠損。他にもどこか悪い所が出て来る可能性は十分にあると言っていた。
戦いから一週間が経った今も、ジアはまだ目を覚ましていない。
***
一週間も経ち、傷がほとんど治った俺は、勉強の休憩に屋敷の庭を散歩していた。
カラヤシキの言葉を真に受けたわけではないが、弱いというだけで選択肢は限られるものだ。
ジアのような大立ち回りが自分にもできるとは思わないが、少しくらいは力を付けたいとは思っている。
陰陽術の勉強は分からないことも多いが、皮肉にもカラヤシキの教えが役に立っている。
カヤに陰陽術を習い始めたのだが、天才肌のカヤの教え方はあまり上手くない。「ここはこんな感じにこうでございます」と言われても、ピンと来ないのは仕方ない。
こんな風に最近のことを思い浮かべながら庭を散歩するのは、俺の日課のようなものとなっている。
彼女が目を覚ました時に、何を話すか考えておくのだ。
話したいことは山のようにあるから、整理しておかないとこんがらがってしまいそう。
それに、積もる話があるにしたって、重い話ばかりじゃ気分も暗くなる。
少しは何気ない雑談のネタを溜めておきたい。
思索に耽りながら庭を歩けば、あっという間に時間は過ぎていく。
踏みしめる砂利の感触。鼻腔をくすぐる花の匂い。鼓膜をさらう鳥のさえずり。
昔は気にも留めなかったものが、今は心から美しいと感じられる。
ジアが目を覚ましたら、一緒に庭を見て回ってみよう。
庭だけじゃない。他にも、一緒にしたいことがたくさんあるのだ。
父上が立ててくれた姉上の墓。リーニアさん達の弔いも、まだまともにできていない。式神じゃないカヤにも会ってみてほしい。
そういったことに、ジアがどれだけ心を動かすかは分からない。
もしかしたら少しも興味を示さないかもしれないし、俺がしたいと思うことが何一つ理解できないかもしれない。
――――分からなくなっちまったんだ、あの日から。何が悲しくて、何が嬉しいのか。子供の頃は些細なことで泣いたり笑ったりしたはずなのに、今はもう何も分からない
ジアの心臓は怪物のそれだ。
その影響でジアの感性は人とはズレてしまっているらしい。
カヤは欲望がどうとか言っていたが、正直、俺にはよく分からなかった。
でも、ジアがどこか怪物じみているのは分かる。
リーニアさん達の死体を蹴っ飛ばしてた時は怖かったし、彼女自身の口から両親が死んでも何も思わなかったとも言っていた。
ジアは怪物だ。それはきっと、否定しようのない事実なんだろう。
だから、たくさん話をするのだ。
俺のしたいこと。ジアのしたいこと。
お互いのしたいことをたくさん話して、行き先を決めれば良い。
ジアがどんな怪物であっても、あの日俺を助けてくれたのも、俺が恋したのも、ジア・エルマに変わりは無いのだから。
そうやって、俺達は正しい方向に進んでいける。
そしてきっと、彼女が目を覚ましたら、君が好きだと伝えるのだ。
「兄上ー」
ぼんやりと空を見上げていたら、後ろから声が聞こえた。
縁側に立ったカヤが、こっちを見て手を振っている。
「ジアが目を覚ましましたー」
思ったよりも早く、その時は来てしまったらしい。
どうしよう。まだあんまり覚悟が決まってない。よく考えたら、ジアも起きて早々告白とかされたら困るんじゃないだろうか。
ここは一旦冷静になろう。別に今すぐどうこうって話でもないし、でも、こういうのって一度先延ばしにすると、だらだら長引きそうな――――
「兄上ー、早く来てくださーい」
とりあえず、行こう。
行ってから考えれば良い。
当たって砕けろだ。いや、砕けちゃダメなんだけど。
「うん、今行くよ」
俺は庭を横切って歩き出す。
目指すはジアが眠っている屋敷の一室。
そう、今から、怪物の君へ会いに行くのだ。
これにて完結です。
明日から新作始まります。




