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怪物の君へ  作者: 讀茸


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第十七話 愛情紛い

「貴方のせいで、無為に命を散らす哀れな少女を!」

「オレがそこのクソ野郎をぶっ飛ばして、お前を助ける瞬間を!」


 高らかに叫ぶ両者の咆哮が、開戦の合図だった。

 先に仕掛けたのは、ツバキハラの兵。

 薙刀を持った中年の女が、小太りの体型を思わせぬ速度で、一気にジアへと踊りかかる。

 卓越した薙刀捌きから繰り出される一閃は、ジアの首元へと正確に迫る。


(獲った!)


 女の確信は、次の瞬間敗北に変わる。

 刹那の内に視界から消えたジア。

 一瞬で女の懐に飛び込んだジアが、その腹を拳で打ち抜いた所だった。


「が、ふ――――っ!」


 ジアに殴り飛ばされた女は、船の外へと弾き出される。

 しかし、女は懐から先端にフックのついた鎖を取り出し、空中でそれを船の甲板に投げる。

 フックを船の縁に引っかけ、それを引き寄せて船に復帰しようとした女。


「――――は?」


 その目に映ったのは、船の甲板を蹴り、海上に飛び出したジアの姿。

 船上を飛び出してまで女を追ってきたジアは、そのまま空中で身を捻り、女の胸に蹴りを叩き込む。

 青緑色の雷撃を纏う一撃は、女の胸に風穴を空け、そのまま海へと叩き落とした。


(海上へ飛び出した? 自殺行為ではないのか?)


 船の外へと飛び出してまで、ツバキハラの兵を一人仕留めたジア。

 あまりに後先を考えないジアの行動に、カラヤシキは訝しむ。

 船外の宙を舞うジア。放っておけば海へと落ちるだろう少女は、曇天の空に向かって叫ぶ。


「カヤ!」

「全く。世話の焼ける方でございますね」


 海へと落ちるかと思われたジア。

 海面へと墜落しかけた少女の身体を、飛来した式神が拾い上げる。

 上空から急降下してきた鳥の式神は、ギリギリの所でジアをキャッチ。

 ジアは一呼吸の間も置かず、再び船の甲板へと跳躍した。

 跳躍の勢いもそのままに、ジアは六郎丸へと殴りかかる。六郎丸はジアの拳を太刀の腹で受け止め、その衝撃に吹き飛ばされないように踏ん張る。

 息つく間も無く始まる接近戦。

 夜織も六郎丸の援護に入り、ハイスピードの白兵戦が展開された。


「昨日の術師か。やはりやり手だな」


 激しい戦闘を広げるツバキハラの兵を尻目に、カラヤシキは上空を見上げる。

 見上げた曇天の空には、何体もの式神が旋回しながら飛んでいた。

 紙を素材にして鳥を形作ったような形状の式神。ざっと数えて十数体。その内の一つにカヤが乗り込んでいた。


(心臓移植者を前衛に術師は安全な上空で援護に徹する……というには高度が低いな。これだけの数の式神を並行使役できて、あれより高度を上げられないはずはない。――――隙を見せれば、ユヒナ様を掻っ攫われるやもしれぬ)


 カラヤシキはカヤの動向に気を配りつつ、立ち尽くすユヒナの隣にぴったりと付く。

 ジアとツバキハラの兵の戦闘にも参加せず、ユヒナの防衛に全霊を尽くすという意図の位置取りだった。


(カラヤシキ。やはり、兄上の守護に徹しますね。あれの術は生物を格納できるはずですが、そうしないのには何か理由が? ともかく、カラヤシキは戦場から切り離した。あれに動かれなければ、ジアにも十分勝機はある)


 カラヤシキの計画にはユヒナが必要不可欠。

 その勝利条件を利用して、カヤはカラヤシキの積極的な戦闘参入を封じた。


「六郎丸! 来るぞ!」

「分かってらぁ!」


 頭脳戦を繰り広げるカラヤシキ達とは対照的に、六郎丸はジアの拳を体で受ける。

 雷を纏う打撃が三発。

 六郎丸の胴を連続で打ち抜くが、六郎丸は軽く後ろにのけぞるのみ。


(硬ぇ。こいつ相当鍛えてやがる)


 全身に痺れを覚えつつも、ジアの打撃を耐えて見せた六郎丸。

 反撃とばかりに振り下ろした太刀は、ジアの反射神経に見切られ、躱される。

 綺麗に紙一重で太刀を避けたジア。そのままカウンターが決まるかと思われたが、横合いから伸びて刀の一閃が、ジアに回避行動を強制した。

 咄嗟に飛び退いたジアの鼻先を、夜織が振り抜いた刀が掠める。

 しかし、有効なダメージには至らず、ジアは距離を取って呼吸を整えた。


(やりにくいな。体格差のある二人で、上手く連携を取ってきやがる。デカい方の隙を狩ろうとすれば、小さい方がカバー。小さい方を無理に潰そうとすれば、デカい方が上手いこと盾になる)


 夜織と六郎丸。性格は水と油の二人だが、戦闘においては阿吽の呼吸を見せる。

 両者共にツバキハラ家でも屈指の兵であり、ジアでも勝負を決めきれずにいた。


「貴様、何者だ。貴様はユヒナ様にとっての何だ?」


 ふと、夜織が問いを投げた。

 そこに滲んだ怒り。嫉妬にも似た、燃え上がるような感情の嵐は、夜織の声に乗っていた。

 一瞬、ジアは考える。

 自分はユヒナにとって何なのか。ジア・エルマとは、ユヒナ・アマノミヤにとって如何なる存在なのか。

 カヤのように血が繋がっているわけではない。家族でも姉弟でも恋人でもない。けれど、同居人なんて安っぽい言葉で言い表せる関係でもなかったはずだ。

 そして、導き出した答えは――――


「……親友」


 対等な仲間であり、共に暮らしたパートナーであり、大切な友人。

 ジアの人生の中で最も大きな感情を抱いた相手。ただ一人の親友。

 それが、ジア・エルマが出した答えであった。


「ユヒナとオレは親友で、これから先もずっと一緒だ。お前らなんかにくれてたまるか」


 改めての宣戦布告。

 誰にも憚らないその物言いは、これ以上無いほど夜織の神経を逆撫でした。

 他意無く、純粋に自らの心根を口にしただけ。いや、それが純粋な言葉だったからこそ、夜織に対してはこれ以上無い挑発となった。


「六郎丸」


 夜織が刀の柄を強く握りこむ。

 その尋常ならない握力に、刀はミシミシと軋むような音を立てた。


「この女はここで殺す……ッ!」


 刹那、無音の斬撃が走る。

 刀を振り抜くまでに発生する動作、そこに付随する音。

 それら全てを置き去りにして放たれた一閃は、甲板の木材すらも裂いて、ジアへと襲いかかった。

 横っ飛びに斬撃を避けたかと思われたジア。しかし、放たれた斬撃の余波だけで、ジアの左肩の辺りは薄皮一枚切れていた。

 左肩から飛び散った血飛沫が数滴。

 遅れて発生する轟音と風圧が、赤い雫を海の果てへと消し飛ばした。


「貴様に何が分かる!? 貴様如きがユヒナ様の理解者面をするなァ!」


 夜織が連続で薙ぎ払う刀。

 船の構造そのものを崩しつつ、無音の斬撃はジアへと襲い来る。

 その暴力的なリーチと破壊力を前に、ジアは防戦一方に追いやられる。


(ったく、なんつー威力だよ。直撃すりゃ即死。避けても余波で傷は嵩む。こいつはヤベェぞ)


 足を止めることなく走り続け、ジアは無音の斬撃から何とか逃れる。

 船上の構造物をフルに利用して、立体的に動き回るジアに対して、夜織は地形も構造も無視した斬撃で全てを薙ぎ払う。

 少しずつ、船そのものが切断されていく。

 先に限界が来たのは、ジアの集中力でも夜織の体力でもなく、船の耐久力。

 甲板の床が大きく崩落し、ジアと夜織は階下の船室に落下する。


(ここだ)


 崩落の瞬間、ジアは強く壁を蹴り、夜織へと一直線に跳ぶ。

 夜織の斬撃は常軌を逸した威力をしているが、それも踏みしめる大地あってこその技術に過ぎない。

 床が崩れる瞬間が最大の好機だと、ジアは判断した。

 良い判断だと言える。

 敵に読まれていたことを除けば。


「そりゃあ、そう来るだろうよ」


 空中、ジアの正面に割り込んだ六郎丸は、両手で握った太刀を思い切り叩きつける。

 攻撃に意識が向いていたジアは、脳天へと振り下ろされる一撃を避けられない。

 頭蓋に太刀の直撃を受けたジアは、船室の床に強く叩きつけられた。


「っ痛ぇー……」


 頭から流血しつつ、瓦礫を押し退けて立ち上がったジア。

 少し遅れて船室に着地した六郎丸は、当たり前のように立っているジアに、驚きの目を向ける。


「普通立つかよ。頭にモロだぜ?」


 ジアは小さく頭を振って、細々とした破片や礫を振り払う。

 トントンと軽くその場で跳ぶ彼女の様子には、当然のように戦闘を続行する意思が感じられた。


「殺す! 貴様など八つ裂きにしてくれる……っ!」


 目に涙さえ浮かべて怒り狂う夜織は、今にもジアへの攻撃を再開しそうな空気だ。

 そんな夜織に対して、六郎丸は右腕を彼女の前に出して制止した。


「落ち着けよ、夜織。あいつを殺すのは良い。それが俺達の役目だ。だけどよぉ、殺るなら確実に殺ろうや。冷静に、丁寧に。きっちり息の根止めねぇとなぁ」


 こと戦闘において、六郎丸は冷静な男だった。

 欲望に忠実で、下品で野蛮。そんな普段の彼からは想像もつかぬほど、戦場での椿原六郎丸は策士だ。

 その点においては、夜織も彼を信頼していた。

 そのためだろう。半狂乱と言って良いほど怒りに呑まれてた夜織が、呼吸を整えて、居合の構えを取り直したのは。

 その様子を見て、飛び込んで来た夜織にカウンターを合わせようとしていたジアも、一呼吸を挟む。

 そして、相手の出方を伺う意味も込めて、声を投げた。


「さっき、オレがユヒナの何なのかって言ったよな」


 その問いにどれだけの意味があるのか、ジアには分からない。

 けれど、聞いておかねばならないと思った。

 ユヒナをこの家から救い出すために、自分の手元へと手繰り寄せるために、知らねばならないと思ったのだ。


「お前らこそ何なんだ? 今まで、ユヒナに何してきた?」


 部分的には知っている。

 ユヒナがツバキハラの屋敷で遭ってきた憂き目。

 血筋を殖やすというカラヤシキの目的のために、体を利用され続けた悲劇。


「私はユヒナ様の理解者。私はユヒナ様の痛みも苦しみも分かってあげられる。これから先ずっと、私はユヒナ様に仕え続ける。どんな欲望も、劣情も、全部私が受け止めてあげる。ユヒナ様が……私にそうしてくれたように」


 恍惚とした表情で語る夜織。

 彼女の言わんとすることが完全に理解できたわけではないが、夜織がユヒナに好意的なのはジアにも伝わった。


「ユヒナのためを思うなら、こんな地獄から解放してやろうとは思わねぇのか?」


 ジアが発した問いは、至極常識的で論理的なもの。

 夜織の言葉を聞いたのがジアでなくとも、同じような問いを返しただろう。


「何故?」


 しかし、悲しいかな、その女には常識も論理も通用しない。

 椿原夜織という女の中に渦巻いているのは、底の見えない情念だけ。


「ユヒナ様はここにいれば良い。だって、私はこんなにもユヒナ様に尽くして、ユヒナ様を愛している。だから、ずっと、地獄(ここ)にいてくれなきゃおかしいでしょう?」


 カチリ、と歯車の嵌る音がした。

 ジアの中で、ずっと蟠っていた何かが、腑に落ちる音がした。

 その欲望がずっとユヒナを縛っていたのだと。愛という名の呪いで、ユヒナをあの家に縛り付けていたのだと。


「ああ、分かったよ」


 それはユヒナにとって呪縛だ。

 誰かに愛されたいと願うユヒナから、永遠に苦しみを吸い上げ続ける呪いの名前だ。

 欲望の対象になることを「愛」と錯覚させ、ユヒナを地獄に留めるための見えない鎖。


「お前は殺さなきゃダメらしい」


 ユヒナには教えてあげなければいけない。

 欲望も劣情も受け入れなくて良い。美しくなくて良い。何の役に立たなくても良い。そんな対価は払わなくても、お前は愛されて良いのだと。

 ただ生きているというそれだけで、そこに存在していたというだけで、お前は肯定されるべきなのだと。

 そう、彼に伝えるために、目の前の女は殺さねばならないのだと。

 ジアは魂で理解した

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