表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物の君へ  作者: 讀茸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/28

第十六話 確と見よ

 海上、カラヤシキ達一行を乗せた船が進む海洋の遥か上空。

 カラヤシキの魔力探知も及ばないほどの上空にて、鳥を象った式神が旋回していた。

 曇天を飛ぶ鳥の式神は、体が紙で出来ていた。何千枚もの紙を重ね合わせて、鳥の形を組み上げているよう。


「カラヤシキには二つの勝ち筋があります。一つはこのまま戦力を失わずにアメツチに到着すること。そのまま皇族を皆殺しにして、兄上をお飾りの帝として立てられるでしょう」


 その背に乗った少女が、眼下の船を見下ろして呟く。

 浅葱色の髪をした少女は、黒い瞳で海上を見渡している。

 その隣には、亜麻色と青緑色の二色の髪をした少女。獣じみた青緑色の瞳孔が、鋭い眼光を放っている。


「皆殺しって……んなことやったやつらが統治者として認められるもんなのか? ユヒナがいくら皇族の血を継いでるからってよ」

「それほどまでに血が重要なのでございます。アマノミヤの血を継いでいなければ、国宝は使えない。国宝無くして、アメツチの統治は務まりません」


 国宝、という言葉はジアにも聞き覚えがある。

 それは一国に伝わる特殊な武具や魔道具の総称。

 国宝はそれ一つで戦況を引っくり返すレベルの戦術兵器であり、そのほとんどが王族や皇族等の特定の血筋の者にしか扱えない。

 特殊な海流が自然の要塞として機能しているアメツチにとっても、国宝は国防の要であった。


「今カラヤシキが使っている航路は、アマノミヤでも把握できていない。十中八九、奇襲は成功します。皇族皆殺しも、現地戦力を確保できているなら十分可能でしょう」


 今回のアメツチ簒奪計画において、カラヤシキが持つ最も大きなアドバンテージは、この未発見の航路であった。

 相手の知らないルートからアメツチに侵入できるため、完全にアマノミヤの虚をつける。

 そもそも、カラヤシキは一度ユヒナを誘拐している。万全に準備を整えた今なら、いくらでもアマノミヤの屋敷を荒らせるだろう。


「もう一つの勝ち筋は、ジアがカラヤシキの手に落ちること。心臓移植者が手に入れば、戦力は申し分無い。皇族皆殺しなど、容易い話です」


 カヤが推測するに、カラヤシキは心臓移植者を半ば強制的に覚醒させる術を会得している。

 今は半覚醒状態といった感じのジアだが、カラヤシキは恐らくそれをブーストして、鵺の如き怪物に変えることができる。

 そうなれば、後は簡単だ。アマノミヤの屋敷に鵺を放り込むだけで、皇族皆殺しは完遂される。


「私達の勝ち筋も二つ。カラヤシキの戦力を皇族皆殺しが不可能になる規模まで削る。或いは、兄上を奪還する。アマノミヤ血筋を失えば、カラヤシキの計画は破綻します」


 つまり、この戦いの肝はジアとユヒナ。

 ジアとユヒナの両方を揃えた方が勝つ。

 現在はカヤがジアを保有し、カラヤシキがユヒナを確保している。

 現状維持が続けば、いずれカラヤシキがアメツチに辿り着く以上、カヤはどこかでジアという切り札を切る必要がある。


「あー、よく分かんねぇや」


 冷静に状況を俯瞰するカヤに対して、ジアは不敵に笑って見せる。


「全員ぶっ倒して、ユヒナを連れて帰る。それで良いんだろ?」


 互いの勝利条件と敗北条件が入り乱れる現状。

 それはシンプルな解決策だが、「それができれば苦労は無い」という類のものだ。

 だが、今はそれで良いとカヤは思った。

 ジアはユヒナを取り戻す気でいる。また、ユヒナとの日々を送ることを望んでいる。

 その望みだけで、今は良いと思えた。


「ええ、その通りにございます」


 ジアの言葉に、カヤは優しい首肯を返す。

 どうせ、カラヤシキと頭脳戦をするのはカヤの役目だ。ジアに難しい思考を強いることもない。

 彼女はただ全力で、ユヒナを取り戻すために戦えば良いのだから。


「じゃ! 行ってくるぜ!」


 ジアが式神の背から飛び出す。

 遥か上空から落下していく青緑色の閃光。少女は魔力で肉体を強化しつつ、雷を纏って落ちていく。

 それに追随するように、カヤを乗せた式神も旋回しながら高度を下げる。

 ユヒナ奪還戦の火蓋が切って落とされた。


     ***


 船上、真っ先にそれを察知したのはカラヤシキだった。

 上空から落ちて来る魔力反応。

 ドクンドクンと鳴動する雷の魔力を、カラヤシキが見紛うはずもない。


「まさか、直接乗り込んでくるとは」


 直後、落雷の如き轟音が響く。

 船の舳先に着地したジア。その衝撃は船を激しく揺らし、舳先の方を海面ギリギリまで沈ませるほどの重圧を生む。

 一度は海面を打つほどに沈んだ舳先、それが今度は振り子の如く起き上がり、船を水平状態に戻す。その際に生じた波が、ザブーンと大きな音を立てた。


「ジア、なんで……!?」


 着地と同時、ジアとユヒナの視線が交錯する。

 カラヤシキに捕らわれてから、人形のような無表情を貫いていたユヒナの顔が歪んだ。

 幸福と自罰を混ぜたような曖昧な表情で、ユヒナはジアを見つめている。

 その目尻に溜まった涙の意味は、彼以外の何者にも分からない。


「目に焼き付けなさい、ユヒナ様」

「よく見とけ、ユヒナ」


 冷ややかなカラヤシキの言葉。

 強く言い切るジアの声。

 二つの音がほとんど同時に、ユヒナの鼓膜を叩く。


「貴方のせいで、無為に命を散らす哀れな少女を!」

「オレがそこのクソ野郎ぶっ飛ばして、お前を助ける瞬間を!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ