第十三話 神耶
ジアが目を覚ましたのは、見覚えの無い寝台の上だった。
質素な部屋。インテリアは少なく、辛うじて存在する家具もシンプルな安物。ジアが寝かされていた寝台も、その例に漏れず味気の無い寝床だった。
部屋は比較的狭い。両親の死後、一軒家に一人で住んでいた時期の長いジアにとっては、より手狭に感じられた。
上体を起こして視線を横に向ければ。窓にジアの顔が反射していた。亜麻色の髪の半分ほどが青緑色に染まっている。明らかに、以前より青緑色の部分が増えていた。
「ここは……?」
瞼をこすりながら呟く。
意外にも、答えはすぐ側から返ってきた。
「私の家でございます。長い付き合いですが、招くのは初めてになりますね」
寝台の隣に置かれた木製の丸椅子に、彼女は腰掛けていた。
浅葱色の髪は前髪が長く、両目はほとんど隠れている。その隙間から覗く黒瞳は、黒曜石のような深い輝きを秘めている。
体型は小柄で顔立ちも幼げ。外見年齢は十代前半、どんなに高く見積もっても、ジアより年上ということはないだろう。
だというのに、彼女の纏う空気はどこか大人びていて、神秘的にさえ思える。
ダボっとしたローブを見て、ジアは初めて彼女に思い当たった。
「お前は、リーニアんとこの、確か名前は……」
ジアは彼女の名前を思い出そうとするが、上手く出て来ない。
リーニアのパーティにいた小柄なローブの少女。いつも前髪で目を隠していたあの子。
付き合いは長いはずなのに、どうしてか名前が思い出せなかった。
「ふふ、名が思い出せないのは当然ですよ。元より名乗っていませんから」
「え……は?」
名乗っていない、などというのがあり得るのだろうか。
ジアもリーニア達とは長い付き合いだ。彼女らのパーティにヘルプとして入ったこともある。
名前を一度も聞いたことがないだなんて、にわかには信じがたい。
だが、ジアの脳内の彼女の名前が一向に浮かばないのも事実だった。
「認識阻害の術を使っていましたので。名前や会話の記録は愚か、私の素顔をまとも見た記憶さえ無いはずでございます」
言われてみれば、ジアも彼女が話しているのを見るのは初めてだ。
素顔に関しても、いつも前髪が邪魔で見えていなかった気がする。
長く付き合いがあっても見破れず、違和感さえ感じさせないほどの術。
それを常用していたというだけで、彼女の術師としての力量の高さが伺えるのだが、魔術にも陰陽術にも疎いジアは知る由も無い。
「顔を見られちゃマズい事情でもあったのか?」
「こう見えて皇族ですので」
皇族、その言葉の意味は流石のジアにも理解できた。
ジアの脳味噌がフリーズする。パチクリと瞬く目は、少女の顔を凝視していた。
静かな困惑と共に視線を向けてくるジアに対して、少女はたおやかに名乗りを上げる。
「天之宮神耶、アメツチを治める皇族の末子でございます」
じっくりと眺めるカヤの顔。
そこには、確かにユヒナの面影が残っていた。




