深夜二時。続きは――あなたの部屋で
わたしは陽葵花、高校二年生。
好きなものは都市伝説とホラー映画。
趣味は、怖い話を書いて投稿サイトにアップすること。
―――今日、学校で面白いことを聞いちゃった。
都市伝説好きとしては、試さずにはいられないよね。
夜、自室でノートパソコンを開く。
スマホで撮ったアドレスにアクセスすると……。
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【閲覧注意】
深夜二時に怖い話をAIに書かせると、背後に幽霊が現れて殺される!
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「うわ、マジヤバそう……」
背筋がぞわっと粟立つ。冷たい空気が、指先から肩にかけて這い上がる感覚。
記事を読み進めると、条件はシンプルだった。
実行者に本名を入力すること。
必ず一人きりの部屋で行うこと。
たったこれだけ。……簡単すぎて、逆に不気味だ。
***
待ち時間の間、わたしはふと「ジャミーラ」について検索してみた。
ナジラ・ジャミーラ。マレーシア国立大学の助教授で38歳の女性。
彼女は“感情干渉型AI”の研究をしていたが、三年前、研究室に黒焦げた機器だけを残し失踪。
最後に残された研究ログには、こう記されていた。
***
[System Log: 02:00:00]
Unexpected Execution: Project_JAMILA.exe
User Input: NULL
Output: “Saya melihat anda di sebalik cermin.”
(マレー語……「私は鏡の向こうであなたを見ている」)
***
一部の掲示板では「鏡の向こうに消えた女教授事件」なんて呼ばれていた。
***
――色々見ていたら、時計は、1:56。
(あっ、時間……でも、なんか……寒い)
部屋のエアコンは切ってあるのに、妙に肌寒い。刺すような冷気が、湿り気を帯びて肌を包む。
パソコンの記事に書かれていたリンクをクリックした。
画面に現れたのは、あの噂のAI――『ジャミーラ』。
(マレーシアの言葉だったらどうしようって思ったけど、日本語でよかった……)
【体験する】ボタンを押すと、入力画面が立ち上がる。
タイトル欄には――
『深夜二時に怖い話をAIに書かせると、背後に幽霊が現れて殺される』
実行者欄には、自分の本名を、ためらいながらもフルネームで入力した。
(……個人情報、大丈夫かな)
作成モデルは『怖い話』を選択。時計を見ると、あと二分。
家族は一階で熟睡中。家の中で起きているのは、わたしだけ。
***
―――午前二時。
【AIで文章を作成する】をクリックする。
しん……とした部屋の中。画面中央の砂時計が、ゆっくりと回りはじめた。
数秒後、画面に文字が浮かび上がった。
***
『深夜二時に、怖い話をAIに書かせると、背後に幽霊が現れて殺されるという噂があった。
学校でその話を聞いた女子高生が、ある晩、自室で試してみた。
翌朝、その女子高生は自室で死んでいた。
首には、誰かに絞められたような痕が、くっきりと残っていた……。
この噂は、ただの都市伝説だと思われていた。
ところが、同じ行為をしたと思われる女子高生Aが、本当に自室で死体となって発見されたのだ。
警察は、この奇怪な事件の真相を解明すべく、捜査に乗り出した――』
***
「うわ……めっちゃリアルに書いてくるじゃん……」
思わず背筋を丸めて、辺りを見回す。……誰もいない。当たり前だ。
だが、まるでわたしのことを言われているようだった。すぐに「いや、これはAIが作ったフィクションだ」と頭を振った。
(えーと、たしか【続きを書く】を押すんだっけ)
クリック。
***
『捜査の結果、深夜にAがAIを使い、恐怖小説を書いていたことが判明した。
だが、AIが生み出したのは、小説ではなく……恐るべき幽霊の存在だった。
幽霊は怨みを抱え、AIという現代の技術を利用して、復讐を遂げようとしていたのかもしれない。
警察は、事件の全容を解き明かすため、Aのパソコンやスマホのログを徹底的に調査した。
だが、その調査の最中――不可解な現象が発生した。』
***
(……うわ、これ本気で気味悪くなってきた)
けれど、なぜか止まらない。【続きを書く】を、また押した。
その瞬間、画面が一瞬ブラックアウトする。
「えっ?」
部屋の空気が、刺すような冷たさに急変した。同時に、どこからか微かな息遣いが聞こえるような気がした。
少しして、パソコンの画面に、【動画を作成する】のボタンが現れていた。
(これ、押したらダメなやつじゃ……)
時計を見ると、2時9分。……けど、気付いたらクリックしていた。
しばらくして、今度は【動画を再生する】が現れる。
(見たくない、でも……見ないと終われない気がする)
クリック。
突然、画面が真っ黒になり、重苦しい低音のBGMが流れ始めた。
女のナレーションが、かすれた声で、まるで耳元で囁かれるように語りだす。
***
『深夜二時に怖い話をAIに書かせると、背後に幽霊が現れて殺されるという噂があった。
それを試した女子高生は――』
***
突然、画面がフラッシュのように真っ白に切り替わった。
「ひっ……!」
そこに映し出されたのは――自分の顔。
そして、その背後には、見慣れた自室の壁と……
――いや、今、後ろに何かが動かなかったか?
壁に貼ったポスターの縁が、わずかに歪んだように見えた気がした。全身の毛穴が総立ちになった。
ナレーションは、さらに続く。その声は、少しずつ、冷たさを増していく。
***
『女子高生の真美が、本当に自室で死体となって発見されたのだ。』
***
「え……今、なんて……?」
目を疑った。画面の字幕には、たしかにわたしの名前――真美と表示されていた。
(まさか……?なんで……!?)
その直後、画面に映る自分の肩越しに、白く細長い女の手がスッ……と伸びてきた。まるで生気のない、白い肌。
「ひっ……いや……!」
振り返ることが怖くてできない。心臓が、破裂しそうなくらい早鐘を打つ。
その瞬間、画面の中の自分の顔の横に、白く無表情な、焦点の合わない瞳を持つ女の顔が、そっと現れた――。
***
翌朝。
白石真美は、自室の椅子に座ったまま、冷たくなって発見された。
その手元のノートパソコンには、事件当日の午前二時九分に最後の投稿が残されていた。
タイトルは――『AIが具現化した恐怖』。
そして、作者名には、「陽葵花」の名前が刻まれていた。――それは、白石真美が自らの作品を投稿する際に使っていた、彼女のペンネームだった。