第96話 鍛冶屋ゲルデ
休日、ムビと『四星の絆』はルミノールで一番と言われる鍛冶屋に訪れた。
店の看板には『鍛冶屋ゲルデ』と書かれている。
「ここがゲルデ・・・」
「ルミノールの全冒険者の憧れの店・・・」
要件はもちろん、武器・防具の依頼だ。
『幽影鉱道』で手に入れた、ファントムクリスタルを使用して、オーダーメイドの武器を作ってもらう。
「ゲルデの装備品ってだけでも凄いのに、オーダーメイドなんて・・・」
店内に入ると、ピカピカに磨かれた装備品がそこら中に飾られていた。
造形は美しく気品があり、まるで宝石のように高価なものに思えた。
「いらっしゃい」
店の奥から声がする。
この店の店主にしてルミノール随一の鍛冶職人、ゲルデだ。
背は低いがガッシリとした体躯をしており、豊かな髭を生やしている。
「こんにちは。私達、『四星の絆』と申します。ゲルデさんにオーダーメイドの装備品を依頼したく伺いました」
シノが丁寧に挨拶をする。
「おー!こりゃまた別嬪さん達じゃな!どうぞどうぞ」
気の良さそうなおじいさんだ。
『四星の絆』は来客用のテーブルに案内される。
「オーダーメイドと伺ったが、店に並んでる装備品もかなり優秀ですぞ?良ければそちらもご覧になられては?」
「ありがとうございます。でも、これで装備品を作っていただきたいんです」
ムビがテーブルの上に、ファントムクリスタルを置く。
「おぉー!こりゃなんとも美しい・・・!ミスリルとも違うな・・・」
「『幽影鉱道』で採れたファントムクリスタルです」
「ファントムクリスタルとな!?幻の鉱石じゃないか!
いやいや、長年鍛冶屋をやっておるが、お目にかかるのは初めてじゃわい!」
ゲルデは興奮していた。
「むむむ・・・見れば見るほど素晴らしい・・・これは確かに、うちの店の商品では敵うまいな」
「こちらの四人の武器・防具・装飾品を一式、揃えていただきたいんです」
「しかし、そりゃまたかなりの量が必要じゃぞ?」
「大丈夫です。全部使ってください」
ムビは保存袋の中身をひっくり返す。
数百キロのファントムクリスタルに、ゲルデは目が飛び出していた。
「うひゃー!こりゃ久々に腕が鳴るのう!責任を持って、最高品質の装備品に仕上げてみせるわい!」
「ありがとうございます!装備品はこのメモの内容でお願いします」
ムビが注文リストを渡し、ゲルデはまじまじと読む。
「どれくらい時間がかかりそうですかね?」
「そうじゃなぁ、この内容なら1か月は時間が欲しいかのう。ところで、代金は大丈夫かの?2〜3億はかかると思うが?」
「大丈夫です。お金はどれだけかかっても構いません」
「そうか?それなら最高傑作を仕上げてやるわい。楽しみにしておるといい」
ファントムクリスタルをゲルデに渡し、『四星の絆』は店を出た。
「どんな装備品になるか、楽しみですね」
「これでアリーナ公演に向けて集中できるってもんだね♪」
『四星の絆』は昼食を食べると、そのままルナプロダクションに向かいレッスンに打ち込んだ。
暗闇のなか、鎖が乾いた音を立てる。
冷たい床に座り込むリゼの足首には、重々しい鉄の輪が嵌められていた。
魂に刻まれる奴隷契約——それが、今まさに交わされようとしている。
部屋の空気は沈黙に包まれている。壁も床も感情を吸い込むように、彼女の絶望を静かに受け止めていた。
(私の人生、終わったわ・・・)
リゼは虚ろな瞳で天井を見つめ、抵抗する力さえ失っていた。
どんな主に買われたのか、想像すればするほど胸が軋む。
いびつな欲望の化け物なのか。
皮肉な笑みを浮かべながら、彼女の壊れゆく様を楽しむ輩なのか。
「・・・ムビ、助けて・・・」
その名を、誰にも届かぬ声で呟く。
希望でも祈りでもない。
それは、最後に残された記憶への手向けだった。
ギィ・・・。
重い扉が軋む音とともに開かれる。
そして現れたのは——ゼルだった。
「ゼル!!?」
リゼの瞳に、沈んでいた光が瞬き始める。
驚きと希望が入り混じった声が部屋に響いた。
「迎えに来たぞ、リゼ」
その姿は、暗闇に差し込む一筋の光のように見えた。
リゼの瞳に大粒の涙が溢れる。
「・・・良かった・・・!本当に・・・!私、もうダメかと・・・」
「大変な目にあったな。お前が奴隷として売られたって聞いて、俺が買ったんだ。
変態どもと競り合って、かなりの出費だったがな」
「早くここを出よう!・・・また呪いが全身に回って・・・」
「ああ。これが終わったらな」
ゼルはゆっくりと、一枚のスクロールを取り出す。
「・・・それ、何?」
「何って・・・ギアススクロールさ。奴隷契約を結ぶために必要だろ?」
空気が一瞬で凍りついた。
リゼの表情はみるみる青ざめる。
「ちょ・・・ちょっと待って、ゼル。売買は成立したんだから・・・それはもう、必要無いんじゃない・・・?」
「何を言ってるんだ。奴隷として買ったんだぞ?契約を結ばないとダメだろう?」
その真顔に、リゼは言葉を失った。
「ま・・・待って・・・」
「“奴隷契約”」
呪文が唱えられた瞬間、スクロールが淡い光を放つ。
床に魔法陣が広がり、部屋の空気が一変する。
鎖に繋がれて身動きできないリゼは、抵抗もできずに契約を受け入れざるを得なかった。
「・・・あ、ああ・・・」
魂が焼き印を押されるような痛み。
その瞬間、彼女の自由は名実ともに消えた。
「さてリゼ。早速だが——」
ゼルはリゼの腹を殴った。
「かはっ・・・!」
リゼは体をくの字に折って悶え苦しんだ。
「お前、ムビと会ってただろう?デスストーカーの件をムビに漏らしたのは——お前だな?」
「な・・・なんのこと・・・?」
「"正直に言え"」
その命令が発された瞬間、口が勝手に開いた。
「・・・はい・・・私が・・・バラしました・・・」
ゼルはリゼを殴った。
鈍い音とともに、身体が床に崩れ落ちる。
「うぅ・・・」
リゼの声は、押し殺した嗚咽のように震えていた。
「さぁて、最初の命令だ。——これからは敬語で喋れ。俺のことは“ご主人様”と呼べ」
容赦なく突きつけられる言葉に、リゼは唇を噛み、うつむいたまま答える。
「・・・はい、ご主人様・・・」
ゼルは満足げにニヤリと笑う。
"俺に一切危害を加えるな"
"俺や『白銀の獅子』に不利益なことをするな"
"他の男と一切関わるな"
命令が次々と降り注ぐ。
まるで意志という名の灯火を、次々と踏み消していくかのようだった。
「・・・はい、分かりました・・・」
「ははっ、立派な奴隷の完成だな♪」
ゼルは鎖を外し、主と奴隷としての形を確かにしながら、リゼを部屋から連れ出した。




