第91話 裁かれる獅子
弁護士がすぐさま声を上げる。
「確かに、過去の決闘にまで禁止事項が遡及されることはありません。ですが、今回は異例です。ムビさんは自身の能力を意図的に隠していた。それは、公平な勝負への意思を欠いた行為と言えます。もし事前に強力なスキルと分かっていれば、運営側への申告義務があったはずです。それを怠ったということは、自身で違法性を理解していた証左ではありませんか?」
ムビは即座に反論した。
「それはおかしいです。事前の禁止事項へのリスト追加は、決闘の歴史で過去7件あります。しかし、いずれもスキル保持者の自己申告によるものではなく、既に一般認知されているほど強力なスキルであり、運営側が主体的にリスト追加を行ったという経緯があります。つまり、スキルが広く知られていたからこそ、事前の対策が可能だったのです。弁護士さんの仰るような自己申告による事例も、申告義務の規定も、一切存在しません。もし義務があると仰るなら、規定の何条に記されているか、ご説明いただけますか?」
弁護士の顔がこわばる。
ゼルもギルド長も、思わぬ反論に狼狽していた。
(こいつ……どうしてこんなに事例や数字を熟知している!?)
ムビがこれ程話せるのには秘密があった。
ムビは体内の魔力回路を魔力ネットワークに接続し、会話しながら瞬時に過去の事例を検索していた。記事を読むのではない。
検索した内容は脳内に直接流れ込む。
議論になりやすい観点、その反論、関連条文まですべて即座に処理してしまう。
僅か数秒で生き字引並みの知識を得ることができる。
ゆえに、この手の議論で、ムビは負けたことがなかった。
それは弁護士といえど例外ではない。
「それに僕は、能力を隠していません。『四星の絆』にはスキルの内容を詳細に説明しました。『白銀の獅子』在籍時にも同様です。説明を聞かず誤解したのは、ゼル自身の管理能力の問題でしょう」
ゼルは、ブチブチと頭の中で何かが切れていくのを感じた。
公の場で、———しかもあのムビに、堂々と無能扱いされた。
それが、耐えがたい屈辱となって胸を焼き、苛立ちが言葉を突き上げる。
「ふざけるな!お前が説明した気でいるだけだろうが!自分の説明不足を、俺のせいにするのか!?」
「そこは証拠がないから水掛け論だね。けどさ、ゼル———ひとつ疑問があるんだけど」
ムビは冷ややかな目を向ける。
「君の主張通り、俺のスキル隠匿が原因で決闘が無効なら———『白銀の獅子』の過去の試合も、全部無効になるんじゃない?」
「なっ……何を言って———!」
ゼルが絶句するより早く、ムビが言葉を畳み掛けた。
「僕は『白銀の獅子』にいた時、4戦目から18戦目まで———15戦、スキルを使ってた。 それ全部、禁止事項級の力だったと君は言った。つまり、君たちの戦績は“違法行為の上に積まれた虚飾”だよね?」
ゼルの表情が、怒りから焦燥へと変わる。
「公安の方も言ってたよね。集団訴訟になるかもって。15回……やってみる?俺達から横取りした『幽影鉱道』の財宝で得た利益を、丸ごと吐き出すことになるんじゃない?」
ゼルはムビの指摘に驚愕した。
(こいつ……なぜだ!?どうして、俺たちが『幽影鉱道』の財宝を回収したことを知ってる!?)
記者席から質問が飛んだ。
「“幽影鉱道の財宝”って、どういうことですか?」
「『幽影鉱道』の最深部にはボス部屋と宝物庫がありました。ボスは僕たちが討伐しました。でも、すぐにデスストーカーに襲われて、財宝はほとんど未回収でした。その後、救助を名目に現れたのが『白銀の獅子』———実態は財宝の横取りが目当てだったわけです」
「で……でたらめを言うな!俺達は財宝など回収していない!」
「へぇ。じゃあ、誰が回収したっていうの?」
「他の冒険者だ!きっと別の奴らが……!」
「『幽影鉱道』に入ったのは、『白銀の獅子』と、ルミノールの冒険者たち、そしてミラの率いるレイドパーティだけ。レイドパーティは到着直後、僕達と合流。ルミノールの冒険者達は裏ルートで全滅。残っているのは……君達しかいない」
ゼルは慌てて言葉を捻り出した。
「……じゃあ、デスストーカーだ!あいつは人語を理解するほどの知性を持ってる。財宝に興味があっても、何ら不思議じゃないだろ!?そ、それに……保存袋だ!俺たちが討伐したとき、奴は保存袋を落としていたんだ!中身を見たら、そこに大量の財宝が入ってた!……そうか、あれは宝物庫の財宝だったのか!ははは、それは知らなかったなー!」
笑いながら、ゼルはギルド長へ視線を向ける。
「いやぁ、本当に気の毒だよムビ。返してやりたいところだけど……ギルド長、こういう場合、財宝の所有権は俺たち———『白銀の獅子』にあると見て問題ないですよね?」
ギルド長は小さく頷いた。
「うむ。一度デスストーカーが所持していたのであれば、それは討伐によるドロップアイテムとして扱われる。奪取とは見なされんだろう」
「弁護士さん、法的にも問題ないよな?」
「そうですね。ギルド長が仰られた通りです」
「そういうわけだムビ!残念だったな、宝の正当な所有者は俺達なんだよ!」
「嘘ばっかり」
ゼルはカッと頭に血が上った。
全身が熱を帯びるような衝撃。
自分がムビに嘘つき呼ばわりされた———それが、何よりも屈辱だった。
「嘘だと!?嘘を並べてるのはお前の方だろうが!デスストーカーを討伐しただの、犯罪は無かっただの———よくそんな戯言を堂々と言えるな!?恥ずかしいとは思わないのか?ここに、お前の言葉を信じる奴なんて一人もいねぇよ!」
ムビは、表情一つ変えずに返した。
「そうだね。お前の、自分の嘘を最後まで平然と押し通せるそのメンタルだけは———ちょっと尊敬してるよ」
ゼルは一瞬言葉を失ったが、すぐに怒鳴り返した。
「……だったら証拠を出してみろよ!俺が嘘をついてるって証拠を!」
そんなものあるわけがない。
ムビは状況証拠で『白銀の獅子』だと断定しているに過ぎないんだ。
水かけ論に持ち込めば、印象操作で俺が白、お前が黒になるんだ。
お前の負けだよ、ムビ。
ゼルは勝ち誇った顔をしていた。
ムビはゼルの顔をじっと見つめ———荷物を探り始めた。
「……何してんだ?」
取り出したのは、小型カメラだった。
「これは僕が所有している高性能カメラです。プロジェクターの機能もあるので、皆さんにも見えるように映します」
壁に映し出されたのは、『幽影鉱道』の奥———『四星の絆』、そしてデスストーカー。
「これは、『幽影鉱道』で撮影された実際の映像です」
足場が崩れ、『四星の絆』が落下。カメラも床に投げ出された。
「撮影中に落下したため、電源が入ったまま放置されていたようです。録画は続いていました」
映像の中で、デスストーカーは穴の周囲をしばらく歩き回り、そのまま元の道を引き返していった。
「この映像を見て分かる通り、デスストーカーがボス部屋や宝物庫へ向かった形跡はありません。財宝を回収することは、不可能です」
ムビは早送りボタンを押す。
長く続く変化のない映像。
誰も通らない、誰も現れない。
「この場所は、宝物庫へ向かう唯一の通路です。そこを通ったのは……ただ一つのパーティ」
再生を止めた瞬間———画面に映ったのは、『白銀の獅子』だった。
「えっ……!?」
「……まさか」
記者たちの席がざわめき、報道用のカメラが一斉に構えられる。
ゼルは、全身から冷や汗を噴き出していた。




