第90話 証言者ムビ
「記者の皆様は、後方の席へお座りください」
ムビの予想通り、後方の椅子に記者達が座り始めた。
全員の着席を確認したギルド長が、重々しく口を開く。
「それではこれより、『幽影鉱道』の一件の聞き取り調査を始めます」
カメラのフラッシュが一斉に焚かれる。
ムビはあまりの眩しさに目を瞑る。
「それではムビ君。まずは、『幽影鉱道』で何があったのか、いきさつを話して貰えるかな?」
「ギルド長、その前に質問があります。この状況は何なんですか?」
「何・・・とは?」
「僕は、聞き取り調査に協力してくれ、と言われてここに来ました。『四星の絆』のメンバー全員で来たのに、皆バラバラの部屋に分けられました。公安やメディアが入るなんて、聞かされていません」
ドゴォッ———!
公安の男が怒鳴るようにテーブルを叩き、机が大きくへこむ。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと喋れ。てめぇはバカみてぇに、聞かれたことにだけ答えりゃいいんだよ」
彼はマスコミ側に冷たい視線を送る。
「そっちの皆さん、ウチら公安がここにいることはオフレコです。もし記事にしたら、その社は終わりだ。いいな?」
場の空気が凍りついた。
記者たちのフラッシュが止まり、一様に硬直する。
だが、ムビは不思議と落ち着いていた。
(こんな場面、いつもなら委縮していただろう)
ここにいる全員がムビの敵だ。
だが———ムビがその気になれば、あっという間に全員制圧できるだろう。
そう思うと、これだけの人数を前にしても、恐怖心がまるで湧いてこない。
壁際に追い詰められるのは2度目だ。
だが、1回目とは何もかもが違う。
デスストーカーに追い詰められたときと比べれば、こんなのは試練のうちに入らない。
失敗したって魂を失わないどころか、命も失わないのだから。
威圧する公安、ニヤニヤ笑っているゼルとゴリ、見下すような視線のギルド長達、ムビの失態を今か今かと待ち受けるマスコミ達・・・。
全てが、可愛く見える。
それよりも———。
この場は、真実を解明する、という場ではない。
只管に、ムビを、『四星の絆』を貶めるための場だ。
ならばこれは、戦いと同じだ。
遠慮する必要はない。
「・・・それでは、僕の方から説明をさせていただきます」
カメラのフラッシュが一斉に焚かれる。
ムビの瞳は揺るがない。
「まず結論から申し上げます。デスストーカーを討伐したのは、僕です。僕が犯罪を行った事実もありません。決闘で不正行為をした事実もありません。ゼルが先日の記者会見で述べた内容は、すべて虚偽です」
会場がざわめいた。
記者たちは一斉に騒ぎ出す。
「ほぉ・・・見事に食い違いましたなぁ」
公安の男が嗤いながら言う。
「おい、坊主。もしもお前の言葉に嘘や偽りがあった場合・・・どうなるかわかってんだろうな?」
「どうなるんですか?」
ムビの即答に、公安の男が含み笑いを浮かべた。
「なかなか肝が座ってるじゃねぇか」
「それには私がお答えします」
ゼルの弁護士が口を挟む。
「現在、ムビさんにかけられている容疑は三つ。まずは“討伐偽装罪”。禁忌指定の魔物、デスストーカーの報酬として、ギルドから10億円がすでに支払われています。これは最も重い部類に入り、実刑5年と10億円の返還が確定です」
(・・・それが含まれて30億だったのか。どれだけピンハネされてたんだ)
「次に“性犯罪”。最低5年の実刑が確定、最大で30年もあり得ます」
ゼルは弁護士の横で、不敵に笑っていた。
「最後に、“決闘の不正行為”。『白銀の獅子』はブランド価値を失い、スポンサーの撤退等多大な損害を受けました。その損害補償と、試合の公式記録からの抹消を求めています」
公安が楽しそうに付け加える。
「賭けに負けた奴らが集団訴訟を起こしたら、何十億飛ぶか分かんねぇぞ?」
ムビは眉一つ動かさない。
「そうですか。では順に説明していきましょう。まず決闘の件ですが、僕のスキルが禁止事項に抵触するという根拠は何ですか?」
「それは、あなたの使ったスキルが“決闘の趣旨を損なうチートスキル”に該当するからです。対人戦において無敵の能力を持ち、勝敗を左右する時点でスポーツ精神に反しています」
ムビは静かに頷く。
「確かに、僕のスキルは強力です。しかし、禁止事項に該当するスキルはリスト化されています。そのどれもが、過去に使用されてから禁止と指定されたものです。僕のスキルも、今回を機に禁止されるかもしれません。でも———『白銀の獅子』との試合当時、それはまだ禁止事項ではなかった」
彼の言葉に、会場が再びざわめいた。
「過去にも、禁止指定されたスキルを使った試合が後から無効とされた例はありません。なのに、なぜ僕だけが罰則を求められるのですか?」
その鋭い反論に、ゼルもギルド長も言葉を失い、沈黙が広がった。




