第81話 解呪
リゼはムビの家に上がった。
雨で全身びしょ濡れで、タオルで髪や体を拭く。
風魔法も駆使し、ある程度乾いたところで、ムビにタオルを手渡す。
「あの……タオルありがとう」
ムビはタオルを受け取ると、洗濯籠に放り投げた。
家の奥で、ムビとリゼは向かい合わせでテーブルに座る。
「で、何の用?」
ムビの表情は相変わらず冷たかった。
「あ……あのね、私、以前『蝦蟇蜘蛛』に捕まったじゃない?そのとき、何か変なのを体に塗られて、体が敏感になっちゃって。そのときの効果が今も残ってて、むしろ段々酷くなってるみたいで……。病院やヒーラー達も治せなかったけど、もしかしたらあんたなら治せるかもって……」
リゼはムビの顔を直視できず、目を泳がせながら話した。
数秒の沈黙の後、ムビは溜息をついた。
「それが治ったら帰ってもらえる?」
リゼの顔がパッと明るくなった。
「えぇ、もちろんよ!」
「じゃあ、症状が酷い箇所をちょっと診せて」
「……はい」
リゼが胸元を開けさせる。
ムビは胸元に手を当てると、リゼが小さく喘いだ。
普通は興奮する場面なのだろうが、相手がリゼだと何も感じない。
ムビは淡々と探知魔法を発動する。
毒ではない……状態異常系は一通り反応が無い……。
ムビは次々に探知魔法を試す。
すると、とある探知に反応があった。
……これは……呪い?
なるほど、回復魔法では治らないわけだ。
デスストーカー程強力な呪いではないようだ。
これなら、何とかなるかもしれない。
ムビは解呪呪文を発動した。
パラメータ不足で、デスストーカーとの戦い以前のムビでは使いこなせなかった魔法だ。
光がリゼの全身を包み込み、呪いが浄化される。
「……あれ?治った……?」
体の疼きが止まり、思考もクリアになる。
あれ程悩んでいたのが嘘のようだ。
「すっごー!あんた流石ね!やるじゃない♪」
リゼが笑顔でムビをバシバシと叩く。
「何かお礼しなきゃね♪……そうだ!なんなら、体でお礼してもいいわよ?」
リゼが自信満々な表情で、谷間をチラ見せする。
「それよりも、さっさと帰って」
「あら〜?あんたみたいな童貞には刺激が強過ぎたかしら?」
リゼが口元に手を当ててクスクスと笑う。
呪いによる精神デバフが消え、すっかり調子を取り戻したようだ。
「じゃあ、今から街に繰り出すから付き合いなさいよ。私、今日何も食べてないからお腹ペコペコなの。勿論、私の奢りよ?」
「俺は食べたし、今何時だと思ってんの。早く帰って」
ムビはリゼを玄関の外に押し出した。
「何よ〜、折角人がお礼しようと……」
リゼが言いかけている最中に、ムビはバタンとドアを閉めた。
ドアチェーンをかけ、ベッドに戻ってスマホを開く。
30分程『Mtube』を見ていたら、メッセージの通知が届いた。
リゼからだった。
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今日はありがとうー♪
本当に困ってたからガチで感謝♡
お礼するから、明日ご飯に行かない?
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ムビは2秒で返信した。
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無理
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既読が付いたかどうかも確認せず、ムビはそのままスマホを放り投げた。
……何が狙いか分からない。
必ず、何かしら裏があるはずだ。
次会ったときのために、明日は嘘探知魔法を習得しよう。
翌朝、ムビは日が昇る前に家を出て、ルミノール山の湧水地に出かけた。
ルミノール山は魔力濃度の高い水が湧き出ており、魔法の修行にはもってこいだ。
今までは乗り物で片道2時間掛かっていたが、パラメータの上がったムビは1時間程走って到着した。
湧水地には、老人が一人立っていた。
「おぉ、ムビか。久しぶりじゃな」
「おはようございます。おじいちゃん」
ルミノール山の麓に住む、魔法使いのおじいちゃんだ。
なんでもこの湧水地には30年間毎日通っているらしい。
「どれどれ。魔法を見てやろう」
修行に来た者は皆弟子だと思っているのか、ムビが来るといつも師匠のような振る舞いをする。
実際には何も教えてもらったことはないのだが。
「はい、お願いします」
ムビは今まで使えなかった魔法を、次々と試した。
初級魔法、中級魔法、上級魔法……全て成功した。
これも撃てる……これも撃てるぞ……!
すごい、全部できる!
「やるようになったのう……ムビ。もうお前に教えることはない……」
「おじいちゃん、それ岩だよ。僕は後ろです」
疲れたら泉の水を飲み、魔力を回復させた。
昼になるとおじいちゃんと長年付き添っているおばあちゃんがお昼ご飯を持ってやってきた。
「久しぶりだねぇムビちゃん。ほれ、おにぎり食べな」
「うわぁ、おばあちゃんありがとう!」
三人でお昼ご飯を食べた。
お腹がいっぱいになったら魔導書を読んだり、再び魔法の訓練を行った。
10時間程修行したムビは、おじいちゃんとおばあちゃんに別れを告げ、クタクタになって帰宅した。
家に着いたとき、もう日が沈みそうになっていた。
温泉に行って、美味しいものでも食べようかなぁ……。
コンコン
ムビがベットで眠そうにしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はいはーい」
ムビがドアを開けると、リゼが立っていた。
「こんばんはー♪」
ただでさえ疲れているのに、ムビの顔は完全に死んだ。
「何よその顔ー?はいこれ、昨日のお礼ね」
リゼから紙袋を手渡される。
紙袋には、高級お菓子ミドラシェフのマークが入っていた。
ムビは探知魔法を発動し、毒が入っていないことを確認した。
「あんたご飯まだでしょ?お店予約してるから、今から街に行くわよ♪」
「……メッセージ見てないの?」
「もちろん見たわ。無理とは書いてあったけど、行かないとは書いてなかったわ」
どういうわけか自信満々のリゼはムビに勝ち誇ったような顔をする。
呪いがまだ脳みそを蝕んでいるのだろうか。
そのとき、修行で疲れたムビのお腹が鳴る。
リゼはニヤ〜っと笑った。
「あ~ら、もしかしてご飯誘われてお腹空いちゃったの??しょうがないわね~。ほら、いっぱい食べさせてあげるから行くわよ」
「うっざ……ちょ、引っ張るなって」




