第80話 水
「へへへ・・・釣りはいらねぇぞ?じゃあな」
ゴロツキ達は路地裏にリゼを置いてどこかへ行った。
くそっ・・・あいつら、好き勝手しやがって・・・!
リゼは路地裏でへたり込んでいた。
服が乱れている。
怒りと屈辱で頭が狂いそうだった。
なんだってあんなザコ共に、私が・・・!
気持ちに反して、体がまた疼き始めた。
刺激を欲して、下腹部が切なくなる。
もうこんな体、いや・・・。
リゼは目に涙を浮かべた。
どいつもこいつもムカつくし、自分が情けなくてしょうがない。
一刻も早く、この体をなんとかしなければならない。
リゼが行こうとしていた店は、もうとっくに閉店時間が過ぎている。
この時間は、他には安い店しか開いてない。
何もかもが馬鹿らしくなって、リゼは帰路についた。
リゼの体を蝕む後遺症は、病院も、ヒーラー達もお手上げだった。
経過観察なんて言って、どんどん酷くなるばかり。
どうすれば治るのよ・・・。
そのとき、リゼの脳裏に一人の少年が過った。
・・・あいつなら、ひょっとしたら―――なんとかしてくれるかも・・・。
普通は無理なことでも、なんとかしてしまうのがあいつだ。
あいつに頼って、失敗した記憶がない。
思い出した。
駆け出しの頃、私が困っているときは、あいつがいつも助けてくれた。
不安なときは、あいつがいつも笑顔で励ましてくれたっけ。
ムビのことを考えていると、体が余計に疼き出す。
だんだん頭がおかしくなってくる。
―――そうだ、ムビの家に行けばいいじゃない。
あいつなら、きっとなんとかしてくれる。
あいつは優しいから、今までのことは水に流して協力してくれる筈だ。
これが正常な判断なのか、そうではないのか、今のリゼには分からない。
ともかく、リゼはムビの家に向かって歩き出した。
リゼはムビの家の前に着き、玄関の扉をノックした。
「はいはーい」
ムビの声が聞こえる。
トントンと、足音が近付いてくる。
扉が開き、ムビが現れた。
「こんばんは、ムビ」
ムビの顔を見て、リゼの体が更に疼く。
ダメだ、今はこいつでさえカッコよく見えてしまう・・・。
ムビは優しい顔をしていたが、リゼを見るなり、どんどん顔が険しくなっていく。
数秒間、沈黙が流れた。
「ちょ・・・ちょっと、どうしたのよ、怖い顔して」
「―――何しにきたの?」
ムビの声色には冷たさを通り越して、戦場で敵兵に出会ったかのような警戒感が含まれていた。
ムビは、直ちに探知魔法を発動した。
どうやらリゼ一人のようだ。
「実はちょっと困ってて、あんたを頼ろうと思ったの。ここじゃなんだし、家の中に入れてくれない?」
リゼは乱れた衣服をあえて直さずにここに来た。
胸元が開け、谷間が見えている。
どんな男もイチコロだろう。
「帰って」
「そう、じゃあお邪魔するわね・・・今、何て?」
「帰って」
ムビは虫でも見るような、冷たい目をしている。
リゼは生まれて始めて人から向けられるこの類の視線が、何を意味するのか分からなかった。
「何言ってるのよ?こんな時間に、美人が家に来てやったのよ?さっさとこのドアチェーン外しなさいよ」
リゼがドアチェーンを引っ張り、ガチャガチャ音を鳴らす。
ムビは無言のまま、扉を閉めた。
「そうそう。さっさと開ければ良いのよ」
少し時間が経った。
ドアチェーンを外す音が聞こえ、扉が開いた。
「遅いわよ。何して―――」
ムビの手には、水の入ったコップが握られていた。
「帰って」
―――パシャッ
コップの水が、リゼの顔にかけられた。
「えっ」
リゼは一瞬、何が起きたのか分からなかった。
目を見開いたまま、顔からポタポタと雫が滴る。
そのままムビは扉を閉め、再びドアチェーンをかけた。
トントンと、ムビが遠のいていく足音が聞こえた。
リゼは立ち尽くしていた。
情況が整理できず、頭が混乱する。
少しずつ頭が整理されていく。
あんなに優しかったムビが・・・。
あいつのあんな顔も、人を傷つけるような行為も、見たことがない。
そんなに私って―――。
その先を考えて―――リゼの瞳から大粒の涙が零れる。
体の内側から、止めどない感情が溢れてくる。
「うわあぁぁぁーーーっ」
子どものように、声を上げて泣いた。
頭がおかしくなっているのかもしれない。
でも、もう何も分からない。
ただただ溢れ出てくる感情が止まらない。
「うええ・・・ひっく・・・うわあぁぁぁーーーっ」
誰も私を心配してくれる人なんていないんだ。
私を助けてくれる人は、この世に一人もいないんだ。
そう思うと、悲しくて悲しくて涙が止まらない。
雨が降り始めた。
通行人が何事かとリゼに注目する。
それでも、リゼは泣き続けた。
「ひっく・・・ひっく・・・うえぇぇ・・・」
水溜まりができ始めたとき、ガチャッと音を立て、目の前の扉が開く。
ムビが顔を出した。
「いつまで泣いてんの?」
「ひぃっ・・・うぐぅっ・・・」
リゼが目に一杯の涙を溜めて、縋るようにムビを見つめる。
ムビは、はぁ、とため息をついた。
手に持っていたタオルをリゼに差し出す。
「入って」
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