第72話 混浴
ムビは女性経験が全くない。
手を繋いだこともないし、『四星の絆』に会うまではプライベートで碌に会話したこともない。
せいぜいリゼに罵倒され続けたくらいである。
そんな童貞野郎がアイドルと混浴している。
それも超絶美少女だ。
ムビはデスストーカー戦並に鼓動が早くなっていた。
「ねぇムビ君、こっち見なよー♪」
ムビはコチコチに固まり、水面の一点を凝視していた。
「ねぇってばぁー。こんな美少女と混浴できる機会なんて、そうそうないぞー?」
あってたまるか。
そもそもこんな美少女がいないし、混浴する機会なんて尚更あってたまるか。
「それにしても、ここの温泉最高だね♪お肌つるつるだよー♪」
ユリは自分の腕を撫でる。
視界の端に、滑らかな白い肌が見える。
「そ・・・そうですね・・・」
「どれどれ、ムビ君のお肌はどうかな?」
不意にユリがムビの肩を撫でる。
「ひっ―――!?」
ムビに電流のような衝撃が走った。
ビクリと体が反応する。
「あはは!女の子みたいな声出ちゃったねー♪・・・それにしても、ムビ君って肌白いねぇー」
言いながら、ユリはムビの肩や腕を撫で続ける。
「あ・・・いや・・・そんな・・・」
ムビは完全に頭がショートしていた。
嬉しいような、今すぐ逃げ出したいような、背反する感情が同時に押し寄せる。
モゴモゴと訳の分からないことを口走るばかりだ。
ユリはそんな反応のムビに何故かご満悦のようで、ちょっかいが止まらない。
ユリが何をしたいのか、ムビには皆目見当が付かなかった。
何か悪いことでもしただろうか。
「ふふっ、ムビ君緊張してる?しょうがないなぁ、悪戯はこれくらいにしてあげよう♪」
ユリがちょっかいを止め、正面を向く。
ムビは発汗が止まらなかったが、恐らく原因は温泉だけではない。
「ねぇ、ムビ君。助けてくれてありがとうね」
ユリが急に真面目なトーンで話始める。
「いえ。たまたまエリクサーを購入しておいて良かったです」
「ほんと、ムビ君には頭が上がらなくなっちゃったね。命どころか・・・魂も救ってもらって」
ユリは膝を曲げ、両手を膝の前で組む。
「私ね、呪われたとき本当に怖かった。死んだ方がマシなんじゃないかってくらい怖かったの」
ユリの気持ちは、一緒に呪われたムビも分かる。
自害に走らなかったのはユリの精神力が強かったからだろう。
並の人間なら恐らく自害している。
「でね、ムビ君が手を握ってくれたとき、すごく暖かかったの。そしたら、心がどんどん軽くなっていって」
「はは、そのときスキルを使ったんですよ。呪いを僕に移し替えたんです」
「えっ・・・?ってことは、呪われた状態で、デスストーカーに立ち向かったってこと??」
「はい。ユリさんがデスストーカーから逃げる時に、少しでも楽になった方がいいかなと思って」
ユリはムビを見つめる。
眼差しに含まれているものに、水面を凝視していたムビは気付かなかった。
「すごいね、ムビ君は。とっても心が強いんだね」
「えぇっ!?いやいや、そんなことないですよ」
「そんなことあるよ。あんな状態で化物に立ち向かうなんて、私だったら絶対できないもん」
「いやぁ、あの時はなんというか、捨て身だったので・・・」
「つまり、私達のために、魂を犠牲にしようとしていたんでしょう?」
「まぁ・・・。それが一番効率的かな思ったんです。僕のパラメータじゃ絶対に逃げきれないし、それなら皆さんが逃げた方が全体の生存率は上がると思って・・・」
ユリがふふっと笑う。
「それなのに、デスストーカーをやっつけちゃうんだもん。ムビ君は、私の勇者様だね。カッコよかったよ」
ムビは、人から、まして女子から『カッコいい』なんて言われたことがなかった。
恥ずかしくて、なんと返せば良いのか分からず頭が混乱した。
「ねぇ、ムビ君。お願いが二つあるの」
「な、なんでしょう?」
「もしまた皆がピンチに陥っても、絶対に自分を犠牲にしないでね。ムビ君がもしいなくなっちゃったら、凄く悲しいから」
ユリが真剣な表情でムビを見つめる。
「あ・・・あはは。あの時は、追い詰められ過ぎて頭がおかしくなってたんです。次は、きっと逃げ出しちゃうかもしれません。せめて、逃げ出さないように頑張ります」
「ふふっ。それからもう一つなんだけど・・・」
ユリがまじまじとムビを見つめる。
な・・・なんだろう・・・?
数秒間ムビとユリは見つめ合い―――ユリが、二コッと笑った。
「例の脂肪吸引魔法なんだけど、私にもやってくれない?」
「えっ?あ、あぁ!もちろん大丈夫ですよ!」
「ありがとう!それじゃあ、早速お願い♪」
ユリが腕を差し出す。
「えっ、今ですか!?」
「そうだよ、今だよ♪最近食べ過ぎてさぁ~」
「いや、でも・・・今はまずい気が・・・」
脂肪吸引魔法を使うときは、接触する必要がある。
裸の男女が二人っきりで混浴していて、触り合うというのは・・・。
「大丈夫、今がいいの!さっ、やって頂戴♪」
ユリはもう一度腕を差し出す。
全く引く気が無い様だ。
「わ・・・分かりました・・・」




