第7話 影縫いの森
昨日は『四星の絆』と制作課の全員で街に繰り出し大いに盛り上がった。
朝まで連れ回されそうになったが、次の日の冒険のため、ムビと『四星の絆』の面々は早目に帰った。
「おっはよームビ君!昨日は楽しかったね♪」
待ち合わせの場所に行くと、『四星の絆』のユリ、シノ、ルリ、サヨが既に揃っていた。
普段のアイドルの服装とは違い、今日は装備品を身に纏っている。
ユリは剣、シノは大盾、ルリとサヨは杖を装備している。
「ごめんなさい、お待たせしました。それじゃあ行きましょうか」
今回は新生『四星の絆』による初めての冒険だ。
いつもと違いピリッとした緊張感が漂うが、同時に今までにない高揚感もある。
この気持ちが冒険の醍醐味だろう。
今日の目的は、Fランクでの連携の確認と、今まで一度も討伐できなかったEランクの魔物『ダンゴール』の討伐だ。
『ダンゴール』が生息する影縫いの森まで、2時間程歩くことになる。
道中は、昨日の飲み会の話で盛り上がった。
「ムビ君、制作課の仕事全部終わらせたんだって!?ほんと凄いね!」
「皆さん、ムビさんのこと神様みたいに崇めてましたね。凄く気になっていたのですが、ほんの数分で動画編集終わらせていたって聞きました。どうやったらそんなことができるんですか?」
「はい・・・実は、体の中に動画編集用の魔力回路を構築しているんです」
魔力回路は、魔力を流すと自動的に魔法が作動する通路だ。
魔力回路を介して魔法を使用した場合、術の展開速度が早まり効果も大きくなる。
インフラにも使われており、代々の魔法使いの家系は体内に構築しているケースもある。
「魔力回路を!?自分で作ったんですか!?」
魔力回路の構築は手間が掛かる上難易度も高く、家を一軒立てるくらいの労力と技術を要すると言われている。
「はい。昔から魔法が好きで、時間があったら魔法の勉強や研究ばかりしていたので、その一環で・・・。普通、動画編集をするときって、PCを使いますよね。そのとき、魔術回路がPC内に組み込まれるのですが、同じようなものを自分の体の中に組み込んでいるだけなんです。ただ、普通はPCを操作して編集しなければならないところを、頭の中でイメージしただけで動画を作れてしまうので、とても便利なんです」
「それは早いはずだわ・・・」
「やはりムビさんは只者ではなかったようですわね」
ムビ達は2時間程歩き、影縫いの森に辿り着いた。
影縫いの森は入口付近はFランクの魔物の生息地になっており、奥に進むとEランクの魔物が出現する。
『ダンゴール』は森の奥に出現するので、道中のFランクの魔物との戦闘で連携確認をする予定だ。
「さて、では早速動画を撮影しましょうか」
ムビはボールのような丸いカメラを取り出し、手を離すとカメラは宙に浮かんだ。
「うわぁ、何そのカメラ凄いね!?」
「最新の戦闘用小型カメラに独自の浮遊術式を組み込んだものです。音もしないし、手ブレも無いので良い映像が撮れますよ」
カメラは『四星の絆』の四人の方を向いて静かに浮いていた。
「凄ーい、カッコいい!」
「では、さっそく冒頭の挨拶から撮影しましょうか」
道中の打ち合わせ通りに、ユリが挨拶を始める。
「輝く夜空からこんにちは!『四星の絆』です☆今日来たのは・・・こちら~~!影縫いの森!目当てはもちろん~、『ダンゴール』!今日こそ討伐するぞ~☆・・・あれっ、ルリ、元気無いじゃんどうしたの・・・?」
「・・・だって、これまで一回もダメージすら与えたことないじゃん・・・」
「大丈夫だって!今日こそ絶対討伐できるって!」
ムビは驚いた。
流石アイドル、カメラの前での愛嬌やトーク力は『白銀の獅子』を遥かに超えている。
ムビは動画への手応えを感じて、手に力が入った。
一通り四人のトークをカメラに映し、オープニングの編集に充分な尺を稼いだ。
「はい、おっけ~で~す」
ムビが声を掛け冒頭の撮影を終了する。
ムビが魔法でカメラを操作すると、カメラはムビの手元に飛んできた。
ムビはカメラをキャッチし、魔法で動画編集を行った。
「ちょっと編集してみました。こんな感じでどうでしょう」
ムビはカメラを『四星の絆』の四人に見せ、動画を再生した。
「おぉ~、良く撮れてる!文字やSEも良い感じで入っててすご~い!」
「ほんとにこんなに早く動画編集できるんですね」
『四星の絆』の四人は、ムビの動画編集を初めて見て感心したようだった。
ムビが初めて撮った動画は好評で、ムビは素直に嬉しかった。
「では、早速森に入っていきましょうか」
影縫いの森は自然豊かな森だが、薄暗く不気味な雰囲気が漂っている。
どこで魔物に遭遇しても不思議はなく、一行は慎重に森の奥に入っていった。
「いた!コボルドだ!」
Fランクの魔物、コボルドが3体現れた。
その瞬間、『四星の絆』の雰囲気が変わる。
ルリとサヨが詠唱を始め、ユリとシノが一気にコボルドに向かって躍りかかった。
3匹のコボルドが、ユリとシノに飛び掛かる。
シノは盾を地面に滑らせ、盾の上に飛び乗った。
盾とシノはスピードを上げて、ユリとコボルドの間に割って入る。
「はぁっ!」
コボルドと衝突する瞬間、盾を持ち上げ、体を1回転させながら盾を振り回した。
ドゴゴゴッ!
盾に弾き飛ばされたコボルドは3匹とも別々の方向に吹き飛んで倒れた。
間髪を置かず、ユリが素早く近くの一匹に接近する。
コボルドは体制を整え、ユリに飛び掛かる。
ユリはコボルドの爪をギリギリで躱し、躱しざまに剣で切りつけた。
「ギャウっ!」
切られたコボルドは大量の血を流し、そのまま動かなくなった。
残り二匹のコボルドが起き上がり、それぞれがユリとシノに向かって突進する。
「残念、手遅れですわ」
サヨの攻撃魔法が発動する。炎の玉がユリに近いコボルドに向かっていき、直撃した。
「ギャウウッ!」
コボルドは全身を炎に包まれ、黒焦げになって倒れた。
「シノ、これで止めよろしくっ!」
ルリの付与魔法がシノに向けられて発動し、シノの力が上昇する。
シノは盾を投げ捨て、冷めた目をしながら首を鳴らす。
コボルドはシノに飛び掛かるも、シノは爪の攻撃を手で受け流し、カウンターの拳打をコボルドの顔面に叩き込んだ。そのままコボルドの顔を掴み、地面に叩き付ける。
地面が割れる程の勢いで脳天から叩き付けられ、コボルドは動かなくなった。
すげぇぇぇぇ・・・!!!かっこいい・・・・・・!!!
『四星の絆』の戦闘は動画で見たことがあったが、実際に目の当たりにすると背筋が震えるほどカッコ良い。
戦闘が終わり、ムビは動画を編集し始めた。
カメラで撮った様々なカットが脳裏に浮かぶ。
・・・うわぁ、ユリ、コボルドの爪ほんとギリギリで見切って躱してるじゃん!
瞬き一つしてない・・・しかもなんだこの冷めた目、かっこよ!
普段あんなに笑顔でフレンドリーなのに、戦闘に入った途端、ギャップが凄すぎる・・・!
シノも、何だこの最初の盾の使い方!?波乗り!?普通の盾持ちと動きが全然違っててカッコいい・・・!
体術もすご・・・!
いつもは礼儀正しくて凛としてるシノの目が、こんなにも冷めた殺意に満ちて・・・なんか背筋に来るものが・・・。
ムビはカメラで撮れた映像が最大限映えるように夢中で編集した。
「いやぁ、久々の四人での戦闘、上手くいって気持ちよかったね!♪」
「本当ですね。やはり四人だと戦闘が楽に進みます」
「後衛が2人もいると安定するわね」
「本当ですわね、いつも私かルリさんがカメラを持っていましたものね」
とりあえず、『四星の絆』四人での連携確認は成功と言って良いだろう。
「皆さん、動画できましたよ」
「おっ、やっぱり仕事が早いねぇ~ムビ君♪」
「私も、自分の動きをチェックしてみたいです」
ムビは動画を再生した。
まず、コボルドと相対するユリとシノが正面から映っていた。
「・・・え、ちょっと待ってください!」
シノが声を上げて動画の停止ボタンを押す。
「どうしました?」
「これ、おかしいです・・・この映像、コボルド側から撮影しないと無理ですよ!」
確かに、撮影者のムビは『四星の絆』のはるか後方に居た筈だ。
『四星の絆』の背後からの戦闘シーンが撮れているなら分かる。
なぜ、正面の映像が撮れているのだ。
「あぁ、それはこういう理由です」
ムビが言うと、突然ムビの周りに10台以上の浮遊カメラが現れた。
「えっ、何その数!?ていうか、突然現れたんだけど!?」
「はい、このカメラ、浮遊魔法以外にも透明化魔法もかけているんです。このカメラを皆さんやコボルドの周りに飛ばして、色んな角度から戦闘を撮影していました」
ムビはニコッと笑って話す。
「えぇっ、そんなことできるの!?」
「そんな撮影は初耳です・・・」
「まぁ最初は大変でしたけど、慣れたらできますよ」
「そんなもんかな!?」
説明を終えたムビは、再生ボタンを押す。
ユリがコボルドに向かっていく場面だ。
疾走するユリを中心に360度グルリと視点が周り、ユリの剣先からユリとコボルドが映るような視点に変化した。
「なにこの映像!!カッコよーーーーー!!!」
コボルドのアップとユリのアップが交互に映り、コボルドの爪を交わすタイミングでユリの顔のアップがスローモーションで流れる。
爪は髪を掠めており、煌めく爪をユリは瞬き一つせず見据えていた。
そして、爪に向けられていたユリの冷めた瞳が、ゆっくりとコボルドに向けられる・・・。
一瞬で剣が振られ、血飛沫を撒き散らしながら宙に舞うコボルドと冷めた瞳のユリがスローモーションで映っていた。
「きゃあ~~~~~~~~!!!すごぉ~~~~~~~~~!!!」
『四星の絆』の四人は、見たことも無い程の大興奮で動画に釘付けになっていた。
動画が終わる頃には、四人とも叫び過ぎて息が乱れていた。
「ど・・・どうでしたか??」
ムビはカメラに釘付けになっている四人の後ろから話しかける。
途中から、正直四人のテンションの高さに引いていた。
四人は肩で息をしながら、一瞬間を空けて、ぐるりと首を回す。
「ムビ君最高過ぎるよぉぉぉぉ!!」
「本当に素敵過ぎます!!神動画過ぎです!!」
「感動し過ぎて鳥肌と変な滝汗止まらん!!」
「私なんかオシッコ滲みましたわ!!」
なんか変な感想混じってるけど・・・喜んでくれたなら良かった。
「透明なので気が散らないと思うので、カメラ映えなどは気にせずに、遠慮なく戦闘に集中してくださいね」
ムビはニコッと笑って言った。
アイドル四人の興奮冷めやらぬ中、一行はさらに森の奥へと進んだ。