第67話 頑張れ、ムビ
1000年以上の歴史を持つコロセウムでは、人VS人、人VS魔物、魔物VS魔物など、様々なタイマンが行われてきた。
大抵強者が勝つものであるが、稀に番狂わせが起きる。
強者と弱者の力の差が大きければ大きい程、人々は熱狂に包まれた。
その長い歴史の中で出された一つの結論がある。
『レベル差が1.5倍以上では、番狂わせは起きない』
歴史上最大の番狂わせと言われる試合がある。
レベル40の戦士モ―ディックが、討伐推奨レベル65のマンティコアに勝利した試合である。
ギルド協会は200年前、このコロセウムの歴史を基に、レベル160以上の魔物を禁忌指定とした。
人間の強さの限界に達したレベル100の臨界者でも、タイマンで勝つことが不可能な魔物と認定したのである。
つまり、禁忌指定の魔物は、人間が一人で戦ってはならないのだ。
ならば、この状況はなんだろう。
コロセウムや決闘の試合観戦を生き甲斐にしている、バトルマニアのショーン・グレイスは、ある配信を見ていた。
ちょうど朝のコーヒーを飲みながら、いつもの日課でSNSを開くと、トレンド1位の欄に『ダンジョンで遭難した冒険者の配信』が上がっていた。
かなり遠方の国だな。
『四星の絆』っていうのか。
ダンジョンから配信なんて不可能だろう。
どうせ釣りに決まっている。
始めはそう思っていたが、どうやらそれは真実らしく、しかも禁忌指定の中でも最悪の魔物に追われていることが分かった。
配信上で次々と冒険者が結託し、『四星の絆』を救出する策を練る。
熱い展開に、食い入るように配信に熱中した。
そして、ついに現れた禁忌指定の魔物。
追い詰められたその時、一人の少年が前に出た。
無理だ……。
クレイジーだ。
この少年は、禁忌指定がなぜ禁忌指定なのか、分かっているのか?
そもそも、この少年はDランクパーティなのだろう?
ノーチャンスだ。
というより、傷一つ付けることすら不可能だ。
10秒も命が持てば奇跡だろう。
コメント欄を見ると、大量に少年の名前が書かれている。
この少年は、ムビというのか?
間違いなく、この少年は命を落とすだろう。
だが……応援せずにはいられない。
何でもいい。
この少年と少女達が助かるならば。
奇跡よ、起きてくれ、と願う。
ショーンはコメントを書いて送信した。
それは既に大量にコメント欄に表示されている、実にありきたりな内容だった。
『頑張れ、ムビ』
ムビはデスストーカーに向かって歩き出した。
疲労と恐怖で足が震える。
呪いの効果で今にも心が張り裂けそうだ。
「ムビさん、ダメッ!」
サヨがカメラをしまい、呪文の詠唱を始める。
だが、恐らく間に合わない。
間に合ったとしても、デスストーカーにダメージを与えることは不可能だろう。
「ムビさん、ダメだよ……」
シノは息を切らし、泣きながらムビを止めようとするが、体が竦んで動けない。
デスストーカーまでの距離はあと数メートル。
禁忌指定の魔物が放つ、絶望的なまでの威圧感。
津波や火砕流に向かっていくのと変わらない。
近づけば近づく程、自らの死を確信する。
何も誇れることのない人生だった。
戦闘することもできず。
嫌なことを拒否することもできず。
人の顔色を伺ってビクビクする毎日だった。
こんな土壇場に陥ったら、自分は震えて何もできないだろうと思っていた。
自分の人生に唯一誇れることがあるとすれば、今この瞬間、前に出れることぐらいか。
本当に人間、その場面に陥らなきゃ、分からないものだな……。
最後の最後、ムビはようやく自分のことが少しだけ好きになれた。
好きな人達のために、消えていく。
人生の終わり方、魂の消え方としては、悪くないかもしれない。
生きていても何も良いことはないと思っていた。
最後の最後に、『四星の絆』と出会えた。
それが、人生最大の幸福だったかもしれない。
ムビの頭に『四星の絆』との思い出が蘇る。
楽しかった思い出が、一瞬で何度もフラッシュバックし———
———これが、人生最後の雑念。
ムビは集中した。
もう頭の中に、『四星の絆』のことは欠片も無かった。
ただ、1秒でも長く時間を稼ぐ。
今後の人生も、転生するはずだった永遠の未来も。
全てを投げ捨て、たった1秒の捻出のために全神経を研ぎ澄ませる。
デスストーカーの間合いまで、あと5歩。
あと10秒以内でムビの人生は終わる。
腸を抉られるか。
胴を両断されるか。
あらゆる苦痛を想定する。
どんなことをされても、必ず食らいついてみせる。
……3歩……2歩……1歩———。
フードの中から、ぬう、と青白い手が伸び、ムビの腕を掴んだ。
呪いに浸食され、ムビの精神は汚染される。
「うわああぁぁぁぁっ!!!」
デスストーカーはニタッと笑った。
完全に遊んでいる。
ユリの呪いを肩代わりしていたムビの心は、更に絶望の奥底へ沈んでいく。
生まれてから感じた全ての負の感情が蘇った。
涙と汗と涎と……体中の体液が止まらない。
———死のう!今すぐ死のう!!
ムビは腰に差していたナイフで自らの首を掻き切ろうとしたが、呪いの浸食が進み、その気力すら失った。
立つ気力も失ったムビは、デスストーカーに腕を掴まれたまま、膝を地面に落とした。
ミチミチミチ———
肉の裂ける音と共に、デスストーカーの口が大きく開いた。
そのままムビを食べるため、青白い顔面をムビに近づけた———。




