第6話 ルナプロダクション
翌日、ムビは『ルナプロダクション』の入り口前に立っていた。
「すみません、本日から入社予定のムビと申します」
「あぁ、ムビさん。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
ムビは会議室に案内される。
会議室に、女性が一人座っていた。
「ようこそムビさん。アイドル課執行役員のエヴリンです。どうぞお掛けください」
「本日からお世話になります。よろしくお願いします」
アイドル課執行役員ということは、『ルナプロダクション』のアイドル課のトップということか。
「本日は会社説明とムビさんの業務内容についてご説明しようと思います。『ルナプロダクション』は歌手やアイドルなど様々なタレントの方々と契約しサポートしています。ムビさんはアイドル課のプロデューサーとして働いていただくので、仕事で何か分からないことなどありましたら私に聞いてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
30代後半に見えるが、かなりの美人さんだ。
ひょっとしたら昔、タレント活動をしていたのかもしれない。
ムビは『ルナプロダクション』の様々な課の存在や事業規模、会社方針について説明を受けた。
「ーーー以上が『ルナプロダクション』の説明になります。続いて、ムビさんの業務内容についてです。ムビさんには『四星の絆』のプロデューサーを担当いただきます。プロデューサーの仕事は、歌やダンスのレッスンを手配しアイドルを育成すること、アイドルの広報活動、市場分析、イベントの企画、メンタルのケアなど様々です」
つまり、担当のアイドルが売れるようにあの手この手で支援するということか。
「また、プロデューサーの仕事とは別に、ムビさんには『動画編集者』としてのお仕事も期待しています。ムビさんは『白銀の獅子』の『動画編集者』だったと聞いてます。うちの会社も『動画編集者』がいますが、人手が足りておらず、ムビさんのような経験豊富な方が入社してくださり大変ありがたく思っています。なのでムビさんはアイドル課だけでなく制作課にも所属していただこうと思っています。基本は『四星の絆』の動画作成を優先していただいて大丈夫ですが、他の動画も編集いただくようお願いするかもしれません」
なるほど。
プロデューサーの仕事は自信無いけど、動画編集だったらちょっと自信あるぞ。
「分かりました。ちなみに、『動画編集者』の方ってどれくらいいらっしゃるんですか?」
「10名程いますが、先程も言った通り人手が足りていない状態です。実は、皆さん残業時間が毎月200時間を超えていて・・・。人員を増やしたいと思っているのですが、動画編集のスキル持ちは希少でなかなか人員の確保ができず・・・。私もアイドル課なのですが、魔法が使えるという理由でタスクが回ってきている状態です。」
うわ・・・、ブラックな話を聞いてしまった・・・。
『四星の絆』優先という話だけど、制作課の仕事もガッツリ入って欲しいってのが本音なんだろうな・・・。
「すみません、ちょっと質問なのですが、動画編集の際、魔石の支給などはあるのでしょうか」
「経費の面から、基本的には魔石は使用せず、個人の魔力で動画編集をしていただく方針になっています。ただ、現在タスクがパンク状態で毎日フル稼働しているので、時間外作業においては魔石の使用が認められている状態です」
まぁ・・・毎日十数時間も動画編集していたら、魔石なしでは魔力は持たないだろうな。
「ムビさんには『四星の絆』専属になっていただくだけで大変ありがたいんですけどね。本来、あの子達にも『動画編集者』が付くべきなのですが、うちの会社の『動画編集者』は皆戦闘は専門外なんです。ただでさえ人手が足りていないのに、命に関わる仕事で1日拘束させる訳にはいかないということで、『四星の絆』の撮影に『動画編集者』が同行する許可が下りなかったんですよね」
確かに、冒険者の動画撮影はタレントの撮影とは訳が違う。
魔物に襲われる可能性があり、自己防衛力が問われる。
そのため昨日確認した『四星の絆』の動画には、常に3人しか映っていなかった。
誰か1人がカメラマンをするためだ。
戦闘も常に1人欠けるため、この体制には無理がある。
「このような状況なので、私は元々『四星の絆』が冒険者系の動画を出すのは反対でした。でも彼女たちが『それなら自分達でやる』と言って・・・。ここまで自分達で、育成もプロデュースも全部やってきて、本当にすごい子達なんです。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ色々とご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「最後に、ムビさんの給料や福利厚生の話です。こちらをご覧ください」
ムビは1枚の紙を渡される。
紙には、ムビの給料や福利厚生について記載があり、給料の欄は『25万円』と書かれていた。
「お給料の方ですが、『白銀の獅子』時代と比べると物足りないものになるかもしれません。ただ、会社の規定で、ムビさんの年齢と1年目ということを考慮したとき、このぐらいになりまして・・・」
「・・・こんなにいただいてよろしいんですか?」
「え・・・?」
ムビもエヴリンも、互いが驚いた顔をしていた。
「・・・失礼ですが、『白銀の獅子』のときは、どのくらいの報酬だったのですか・・・?」
「はい・・・。『白銀の獅子』のときは、動画1本あたり1000円でした。毎日メインの動画とショート動画を1本ずつ上げていたので、月に6万円程」
「動画1本1000円!?『白銀の獅子』クラスの『Mtuber』の動画なら、5万円〜10万円が相場ですよ!」
エヴリンが驚愕の声を上げた。
「はい・・・。そうなんですけど、仲間なのでそれくらいの金額でということでゼルから言われていて・・・。あ、流石にそれだと食べていけないので、冒険者パーティとしての報酬も貰っていました。役立たずということでどんどん割合も減っていって・・・。最終的には報酬額の1%を下回って、月10万くらいでした」
「いやいや、それでも初任給以下じゃないですか!?トップ『Mtuber』なら、数百万は下らない筈では・・・?」
「そうですね、他の4人はそれくらいあったと思います。ゼルは確か1000万いってたような・・・」
「な・・・なるほど・・・。ちなみに、『白銀の獅子』の動画制作班は何人くらい居たんですか?」
ムビが不思議そうに首を傾げる。
「・・・?僕一人ですけど?」
エヴリンは亡霊でも見てるかのような顔になった。
「・・・ひ・・・一人・・・?」
「・・・はい。一人です」
「・・・あの動画のクオリティで、毎日2本の投稿頻度を、一人でですか・・・?」
なんか褒めて貰っているのかな?
嬉しいな。
ムビはにっこり笑って言った。
「はい、一人です!」
エヴリンは自分の動画編集の知識を駆使して可能な限り考える。
『ルナプロジェクト』で最も優秀な『動画編集者』でも、あのクオリティの動画を作るとなると数日はかかる筈だ。
何か特別なツールでもあるのか・・・・・・?
それとも優秀なプラットフォームを複数持っている・・・?
「そ・・・そうですか、それは頼もしいですね・・・。では、そろそろ時間ですので、ミーティングは以上としますね。アイドル課と制作課へ挨拶に行きましょうか。その後、デスクの方へ案内しますね」
エヴリンが苦笑しながら言った。
ムビの言葉に嘘が無いならば、少し作業を任せれば分かるはずだ。
ムビはエヴリンに連れられ挨拶を済ませ、アイドル課のデスクに案内された。
「こちらがムビさんのデスクになります。早速ですが『四星の絆』の動画が3本分程溜まっていて、そちららの編集作業をお願いしてもよろしいでしょうか。チャンネルの次回投稿予定日が5日後なので、それまでに1本完成させる必要があります。3日後を一本目の期限として、残り2日を私のチェックと修正予備日とさせてください。それから、今日はダンススタジオで『四星の絆』の4人がレッスンの予定なので、時間のあるときに行ってみてください」
「分かりました」
ムビが返事をすると、エヴリンは自分のデスクの方へ向かった。
さぁて、早速仕事やってみるか。
デスクのPCを開き、アイドル課共通の魔法ネットワークに接続し、『四星の絆』の動画の素材を見つけた。
うーん、画角が悪いなぁ、本当はこの角度の絵が欲しいけど。
それに映像がかなりブレブレだし・・・。
まぁでも編集で誤魔化して、それなりのクオリティには仕上げてみるか。
ムビは『四星の絆』の素材を全て確認し、動画をどのように編集するかしばらく考えた。
・・・こんなイメージでとりあえず良いかな。
よし、大体の目途は着いた(付いた)し、ダンススタジオの方行ってみようかな。
ムビは離席しダンススタジオへ向かった。
ダンススタジオに行ってみると、ガラス張りの入り口から中の様子を伺うことができた。
ちょうど『四星の絆』の4人がダンスのレッスンを行っていた。
コーチらしき女性が4人のダンスを見ている。
・・・うわぁ、やっぱりめっちゃダンス上手いなぁ・・・。
入り口の外からしばらくレッスンの様子を眺めていると、休憩時間に入ったようで、その際、四人がムビに気付いた。
「あー!ムビ君じゃん♪」
ユリが笑顔で近づいて来た。
「おはようございます、ムビさん。会社の案内は済みましたか」
シノがタオルで汗を拭きながら近付いてくる。
「うん、さっきデスクに案内されて、ちょっと時間が空いたので見学に来ました」
「私達のダンスはどうでした?」
サヨがいたずらっぽく聞いてくる。
「・・・いや、その・・・カッコ良かったです・・・」
「また泣いちゃわないようにねぇ〜?」
ルリがドリンクを飲みながらニヤニヤ話しかけてくる。
ムビ達はしばらく談笑した。
「そういえばムビさん。明日の予定ですが、影縫いの森に行って午前中はFランクで連携確認、午後はEランクのダンゴール討伐、で良いですか?」
談笑していたシノが、突如真面目な表情で聞く。
「僕もその話をしようと思ってました。その予定で良いと思います」
「今度こそダンゴールを倒したいですわね」
「やっと4人で戦えるし、今度こそきっと倒せるよ!」
翌日の予定を確認して、ちょうど休憩時間終了の時刻になった。
「そしたらレッスンに戻らなきゃ。ムビ君、私たちのレッスン見てく?」
「いや、仕事があるので、僕もぼちぼち戻ろうと思います」
「そ?なら、また後でね、ムビ君♪」
いやぁ、皆と居るとやっぱり癒されるなぁ・・・
よし、元気貰ったし仕事頑張るか!
ムビは自分のデスクに戻って、PCを開いた。
その様子を、エヴリンは横目で見ていた。
・・・入社初日、デスクに座ってわずか5分で長時間離席・・・。
随分余裕じゃない。
『白銀の獅子』の話を聞いたけど、本当に優秀だったらあんなに低い報酬の筈が無いわ。
お荷物だったって話だし、報酬通りの無能でしたってオチなんじゃない・・・?
『動画編集者』ではあるけれど、動画の殆どを実は別のパーティメンバーが作っていて、本人にはまるでスキルが無いとか。
肩書だけで雇用したら失敗でしたって事例はいくらでもあるわ。
そもそもどう考えたって無理な話があるし、最悪、虚言癖の可能性もあるわ。
エヴリンはセキュリティソフト『ツカイシー』を起動し、ムビのPC画面の様子を確認した。
ほーら、やっぱり。
PCを起動しているクセに、まるで作業をしている様子が無いわ。
このまま定時までやり過ごそうって考えかしら?
残念だけど私そういうのはすぐ察知するから、そんな態度が続くようなら遠慮なく評価を下げさせてもらうわ。
「あのーすみません」
いつの間にかムビが真横に立っていた。
突然声を掛けられ、エヴリンはビクッと体を震わせた。
「な、な、な、何かしら!?」
エヴリンは急いでPCの画面を切り替えた。
「・・・?あの、動画が出来たので、チェックいただいてもよろしいですか」
エブリンはしばらくムビに言われた言葉を頭の中で反芻させた。
「あの・・・動画って、さっき頼んだ動画ですか?」
「はい、一本目ができましたので、確認いただこうかと思いまして。共通ネットワークの所定フォルダに格納しているので、修正点等あったらよろしくお願いします」
ててて、とムビは自席に戻って行った。
いつの間に・・・一体いつ、動画編集をする時間があったんだ?
というか、こんな短時間で動画が出来る筈がない。
もしかして・・・素材を繋げただけで提出してきたパターンか?
それを私が見逃しただけか?
それなら辻褄が合う。
ふーやれやれ、いるんだよな。
それだけで『動画編集者』名乗っちゃう初心者が。
訂正箇所だらけの提出物出しちゃう新入社員が。
私、そういうのはしっかり見逃さないタイプなんだから。
ちゃんとうちの会社の品質基準は守ってもらうわ・・・!
エヴリンは格納先の動画を開いて視聴を開始した。
上司としての威厳とプライドに満ちたエヴリンの表情が、みるみるうちに変わっていった。
何これ、映画やん・・・。
こんな動画、私なら徹夜で残業しても作れんわ。
修正点?私レベルが出そうもんなら滑稽過ぎて草も生えんわ。
「あのー」
「ひゃいっ・・・!?」
ムビがまたいつの間にか横に立っていた。
エヴリンは驚いて変な声が出た。
「動画視聴中にすみません。残りの2本も終わったので、こちらも後でご確認お願いします」
ムビはまた駆け足で自席に戻っていく。
嘘だろ・・・ひょっとしてこのクオリティの動画が、あと2本来るの・・・?
てかいつ編集したの・・・?
魔法?魔法なのか?いや、魔法ネットワーク使ってるから魔法なんだけど・・・。
自席に戻ったムビは上機嫌だった。
いやー、初仕事だから、かなり気合い入れて作ったぞ。
我ながら良い出来栄えだったと思う。
しかし、指摘が来るまで暇になっちゃったな・・・。
制作課の方にも行ってみようか。
ムビは、隣の部屋の制作課に行ってみた。
部屋に入ると、殺伐とした空気が充満していた。
「おい!こっちは時間ねぇんだよ、それくらい自分で考えろ!!」
「また修正っすか!?そんなんやってたら時間いくらあっても足りんですよ!!」
「ダメだ、絶対締切間に合わねぇ!!」
「くそー!今月も200時間残業コースかよ!!」
「あのーすみません」
血走った目がムビに向けられる。
「先程挨拶に来た、新人のムビと申します。手が空いたので、何か作業があったら手伝います」
「作業!?そんなん死ぬ程あるから、共通フォルダの管理表見て!!」
ムビは怒鳴られた。
うわぁ、皆大変そう・・・。
管理表、と・・・・・・。
PCから管理表を開いてみると、タスクがビッシリ書いてあった。
うわぁ、全然間に合ってないじゃん・・・
よし、納期がヤバくて、まだ皆が未着手のタスクから手を付けてみるか・・・。
エヴリンは全ての動画を見終わり頭を抱えていた。
想像を絶する『動画編集者』だ。
動画のクオリティは最高、何より制作スピードが尋常では無い。
普通の動画編集者の恐らく数十倍の作業効率だ。
エヴリンの中のムビの評価は、ついさっきまで地に落ちていたのに、今では天をも突き破らんばかりに上がっていた。
というか、こんな人材、絶対に逃してはならない。
給料25万とか言ったの誰だ、馬鹿じゃないのか。
社長に交渉して倍に・・・いや、3倍に上げる必要が・・・。
そのとき、隣の部屋から歓声が上がった。
制作課の部屋だ。
何だろうと思って、エヴリンは制作課の部屋に行く。
「うおーーーー!!まじか!!遅延分のタスクが全部終わった!!!」
「くっそ重くて頭抱えてたタスクも全部終わってる!!」
「えっ!えっ!今日ひょっとして定時で帰れる!?嘘、何年ぶり!??」
制作課の全員が、まるで戦に勝利したウォーモンガーのように猛り狂っていた。
その中心にはムビがいて、皆から胴上げされようとしているところだった。
「ムビさん、あんた天才だ!!!」
「俺達の救世主だよ!!!」
「今日は飲みに連れて行かせてくれ!!いくらでも奢るから!!!」
何が起きたのか聞かずとも分かった。
「お疲れー!レッスン終わったー!」
『四星の絆』の4人がちょうどやって来た。
「おお!かわい子ちゃん達!あんたらのところのプロデューサーが、俺達の仕事全部片づけてくれたよ!今日はムビさんの入社祝いに、皆で飲みに行こう!!うちの課が全部出す!!!」
「えっ、ムビ君そんな活躍したの!?すごーい!♪良いんですかぁ、行きます~♪」
エヴリンが入社して以来、見たことも無い程活気に満ちた光景が広がっていた。
「あっ、エヴリンさん。今日までの分の制作課のタスクが終わりました。定時までもう少し時間があるので、エヴリンさんの分もお手伝いしましょうか?」
エヴリンは何も言わず部屋の外に出ていった。
「エヴリンさん・・・?」
ムビが不思議がっていると、部屋の外から大きな声が聞こえてきた。
「・・・もしもし、社長ですか!?ムビ君の給料、今すぐ10倍に上げてください!!・・・えっ??理由??良いから黙ってとっとと10倍に上げろ!!」