第57話 奈落の底
「ユ・・・ユリ・・・!!?いやぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
ルリが悲鳴を上げた。
シノは瞬時に盾を持って魔物に突っ込んでいく。
「シノさん!!駄目です、止まって下さい!!」
シノはムビの制止を聞かない。
くっ・・・『エンパワーメント』!
シノのステータスを上げつつ、同時に浮遊カメラを操作する。
間に合え———っ!
「———ユリを・・・放せっ!!!」
シノが魔物に攻撃を仕掛ける。
魔物の黒いフードの中から、水死体のような白い腕が伸びる。
ぶよぶよした指先から、鋭利な爪が伸びる。
バキンッ
シノの盾が両断された。
と、同時に———
ボトッ
シノの右腕が地面に落ちた。
「う・・・ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!!!」
激痛にシノが絶叫した。
ぬう、と伸び上がった白い腕は、まるで蛇が鎌首をもたげるように宙を彷徨い———
———爪の攻撃が、シノに向けて振るわれた。
ドンッ!
ムビの浮遊カメラが、シノを突き飛ばした。
シノは後方に飛ばされ、間一髪爪の攻撃を回避した。
「”暗殺影鎌”!」
サヨの呪文が発動する。
中級闇魔法が魔物を直撃する———魔物にダメージは無い様だ。
「"物体接近"!」
ルリが引き寄せの魔法をユリに発動する。
ズルっと音を立て、ユリの体は魔物の腕から引き抜かれ、そのままルリの方へ飛んでいく。
飛んできたユリの体を、ルリがキャッチした。
「・・・がはぁッ・・・!!!」
ユリは口から吐血する。
胸に穴が開いていた。
「ユリッ!!しっかりして!!!」
ルリが金切り声を上げながら、回復魔法を施す。
びゅるんっ
魔物は白い腕をローブの中に戻すと、この世のものとは思えない声で呪文を唱えた。
魔物から5つの赤い光線が走り、ムビ達5人の胸に当たる。
なんだ・・・?
何ともない・・・?
直後、魔物の周囲に巨大な魔法陣が展開される。
「ヤ・・・ヤバいっ・・・!!!」
ドゴオオオォォォォォォォォォォ!!
魔物が放った呪文により、『四星の絆』の足下が崩落した。
ムビ達は、奈落の底へと落ちていった。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ————・・・!!」
「・・・!・・・ビさん・・・・まして・・・!」
「ん・・・」
ムビは目を覚ました。
どうやら気を失っていたようだ。
真っ暗で何も見えないが、誰かがムビの両肩を掴んでいるようだ。
「・・・ムビさんっ・・・!!良かった、生きてた・・・!!」
どうやら両肩を掴んでいるのはサヨのようだ。
「こ・・・ここは・・・痛っ・・・!」
ムビは体を起こそうとして激痛が走った。
どうやら腕が折れているようだ。
「魔物の呪文により、足場が崩壊して、『幽影鉱道』の更に深部に落ちたみたいです。何百メートル落ちたのか分かりませんが・・・」
サヨはあまり傷を負っていないようだった。
レベル43にもなると、自由落下ではどんな高さから落ちてもほぼ無傷になる。
勿論、ムビの防御力ではこの有様だが。
ムビは自分に暗視魔法をかけ、周囲を見渡した。
シノが右腕を押さえて壁際に蹲っており、ルリは必死でユリに回復魔法を掛けていた。
「ユリッ!ユリッ!」
ムビは激痛に耐えながら二人の元へ駆けつける。
「ユリさん・・・!」
「肺がやられてるの!私の回復魔法じゃ治らなくて!どうすればいいか分からない・・・!!」
ルリは泣きじゃくりながらユリの胸に手を当て続ける。
サヨもユリに駆け寄り跪く。
「・・・内臓の損傷は、ハイポーションでも治りませんわ・・・」
ユリは顔面蒼白で、血を吐きながら賢明に息をしようとしているが、もう長くないことは誰の目にも明らかだった。
ムビは折れていない方の腕で、懸命に保存袋を漁る。
早くしないと、ユリが死んでしまう。
・・・・・・あった・・・!
ムビは小さな瓶を取り出した。
中には虹色に輝く液体が入っている。
「ムビさん、それは・・・?」
「ルリさんっ!手をどけてくださいっ!」
ムビは口で瓶の蓋を開け、中身をユリの胸にかけた。
すると、虹色の光がユリの全身を包み、みるみるうちに傷が塞がった。
ユリの呼吸が次第に穏やかになり、顔にも血色が戻り始めた。
ユリの様子を見て、ムビは安堵のため息をついて座り込んだ。
「ムビさん・・・それは・・・?」
「エリクサーです」
「エ・・・エリクサー!!?伝説級のアイテムじゃないですか!!?」
「もしもの時のためにと思い、買っていました。買っておいて本当に良かった・・・」
「ユリッ・・・!!よ・・・良かった!!本当に良かった!!!」
ルリは嗚咽を漏らしながらユリに抱き着く。
「あ・・・あと1個だけエリクサーがあります。こ・・・これをシノさんに・・・」
ムビは激痛で気を失いそうになりながら、サヨにエリクサーを手渡す。
「わ・・・わかりましたわ!」
サヨはエリクサーを受け取り、シノの方へ駆けて行った。
ムビは最後の気力を振り絞り保存袋からポーションを取り出し、一気に飲み干した。
痛みが和らいでいく。
ふぅ、とムビは大きく息をついた。
現状を確認しなきゃ。
魔物の呪文により足場が崩れ、数百メートル落下した。
幸い、魔物は落下してきてはいないようだ。
ここはどこだろう?
『幽影鉱道』の下に更に階層があったのだろうか?
次にムビは、荷物の確認をする。
保存袋はある。
カメラは・・・駄目だ、落下の衝撃で全滅してる。
保存袋に入れていた予備のハンドカメラは・・・。
・・・よし、これだけはなんとか使えるみたいだ。
食料と水は・・・3日分か。
それまでに、抜け出すことができるだろうか。
ムビが保存袋の中身を確認していると、シノとサヨがムビの方へ来た。
シノは、切断された右腕が元に戻っていた。
「ムビさん・・・本当に、本当にありがとうございました」
シノは涙を流していた。
本当に痛くて、怖かったのだろう。
「そんな・・・シノさんが無事で、本当に良かったです」
あのエリクサーは1個1億円したものだが、シノの腕が元に戻って本当に良かったと、ムビは心から思った。
「ユリっ、大丈夫!?」
ルリが声を上げた。
「こ・・・怖い・・・!あいつが来る・・・!」
「大丈夫だよユリ、魔物はどこにもいないよ!」
ユリはガタガタと震え、酷く怯えた表情をしている。
シノはユリの手を握って寄り添うが、ユリの震えは止まらない。
「こんなユリは始めて見ますわ・・・。精神系の状態異常かもしれません」
「いえ、状態異常ならエリクサーで治る筈です」
ムビはユリに手を翳して魔法を発動した。
「・・・これは・・・呪いですね」
「呪い!?」
「はい。呪いの探知に反応がありました。呪いはエリクサーでも治せません」
「ちょっと待って・・・。ユリはずっとこのままってこと!?」
「かなり高レベルの神官なら解呪呪文が使える筈です。もしくは、呪いの元凶である魔物を倒す必要がありますが・・・」
「・・・あの魔物を倒す・・・。そもそも、あの魔物は何なのでしょう?」
「あれは恐らく、Aランクの魔物です」
「Aランク!?」
「はい。冒険者ギルドの依頼の中でも最高ランクの
・・・つまり、最強クラスの魔物です」
「な・・・なんだってそんなのが『幽影鉱道』に?」
「それは・・・分かりません」
本来Aランクの魔物は、最高難易度ダンジョンの最深部でお目にかかれるかどうかという怪物だ。
『幽影鉱道』に出現するなんてとても考えられない。
「Aランクの魔物は、探知魔法に反応しないという特徴があります。あいつはどんな探知にもヒットしなかったので、間違いないと思います。今後遭遇したとしても、絶対に戦ってはいけません。Aランクの魔物の討伐推奨レベルは80〜160です。」
「ひゃ・・・160!!?」
ルリが雷に撃たれたような表情をする。
「ちょ・・・ちょっと待ってください。160ってどういうことですか?人間のレベル上限は100でしたよね?」
「はい、その通りです。なので、基本的に人間はAランクの魔物には勝てません。どうしても討伐する場合は、徒党を組んだり、バフで能力を底上げするしかないです」
『四星の絆』に絶望的な空気が流れる。
「た・・・確かに、あの魔物は信じられないくらいの強さでした・・・」
「ユリさんにもシノさんにも、『エンパワーメント』のスキルは発動していました。皆さんのレベルなら、Bランクの上位とも渡り合えるくらいの戦力はあったと思います。それでも一方的に倒された・・・。多分あいつは、Aランク上位の魔物だと思います」




