第56話 伸ばした手
最深部とボス部屋を繋ぐトンネルも、残り半分となった。
「それにしても、よくこんな長いトンネル掘ったよね」
「だね。改めて見ると、ほんとこのつるはし凄いよなぁ」
ムビは念のため探知魔法を発動していた。
流石に、このトンネル内でこれ以上の発見は無いだろうが。
万が一、金喰いスライムの巣がまた見つかるかもしれない。
「それにしても、レベル43かぁ。私達、本当に強くなったよね」
「レベル40台は一生かけてもなれないと思っていました。まさか、一瞬で到達するなんて」
一般的に、一流冒険者のボーダーラインが、レベル40に到達するかどうかと言われている。
若くて才能のある冒険者達も、殆どがレベル30台で伸び悩む。
『レベル40の壁』という言葉があるくらいだ。
その重要なレベル30台を一気にすっ飛ばしてしまったのは、冒険者の歴史を紐解いても前例が無いのではないだろうか。
「それにしても、お宝どうしましょうか・・・。帰ってる間に、他の冒険者に取られないか心配です」
シノが後ろを振り返りながら言う。
「皆が一回街に帰ってる間、私が見張りしていようか?」
ルリが胸を張る。
「ダンジョンに1人で残るのは流石に・・・」
「いやいや、もう『幽影鉱道』の魔物なんか楽勝だって。ボスも倒して魔物の出現頻度も減るんでしょう?なら、2日ぐらいなら余裕だよ」
確かに今のルリなら、『幽影鉱道』の魔物なら何が相手でもワンパンだろう。
「でも、何かあるかもしれないですし、一人は流石にやめた方が良いと思います」
「じゃあさ、私とムビ君で街に帰る?魔物の群れが来ても、私一人で蹴散らせると思うよ」
ユリが笑顔で提案する。
「そうですね、二手に別れるしかないですかね。ただ、食料の問題もありますし、もしもを考えるとやっぱり皆で街に帰りたいんですよね」
ムビは石橋を叩いてもなお渡らないタイプだ。
あらゆる事態を想定して、可能な限り最善の手段を取りたいと思っている。
『幽影鉱道』の探索前にアイテムを過剰に購入したのもそのためだ。
結果、想定外の事態が続き、それでもギリギリだったのだが。
「なぁに~?私と二人っきりは嫌なの~??」
ユリが悪戯っぽくムビの顔を覗き込んでくる。
「い・・・いや、別にそういう訳では・・・」
「”大地の要塞”でこの穴の入口を塞いで、皆で街まで往復すれば良いのではないでしょうか」
サヨが早口で提案する。
「なるほど、それが良さそうですね。それでいきましょう」
ムビがサヨの案を採用すると、ユリはちぇっと小さく悪態をついた。
ムビは採用こそしなかったものの、ユリとルリの提案には頼もしく思った。
二人とも、もう『幽影鉱道』は自分一人で十分だと思ってる。
とんでもない成長スピードだ。
ボス部屋の発見と言い、金喰いスライムといい、彼女達はそういう星の下に生まれているのかもしれない。
これからも凄まじい勢いで成長していくんだろうな。
しかし一方で、どうしても不安が過る。
・・・俺はいつまで、『四星の絆』に必要とされるだろうか。
『四星の絆』の成長は嬉しい。
それなのに、彼女達が成長する度に、怖くなってしまう自分がいる。
今回のダンジョンボス戦・・・最後に、彼女達に庇われ、危険な選択をさせてしまった。
『白銀の獅子』のときも、それが原因でクビになったのだ。
———『白銀の獅子』のように見捨てられるのではないか———。
そんな言葉がどうしても頭を過ってしまう。
彼女達の成長を素直に喜べない自分が、本当に嫌になる。
「ムビさん」
くるりと振り返り、サヨが話しかける。
「私達は、これからもずーっとムビさんと一緒にいますよ。末永く、よろしくお願いしますね」
ムビは、えっ、と小さく声を上げた。
「何言ってるんですかサヨ?そんなの当たり前ですよ」
「そうだよ・・・あ!・・・ムビ君、大金をゲットしたからって、どこにも行かないでよ・・・??」
シノとルリも、自然と同調する。
「ふふっ、これからどうなるかなー♪Aランクパーティ?ドーム公演?私達のこと、一番近くで見ててね♪」
ユリが屈託のない笑みをムビに向ける。
———そうなんだ、俺、ずっとここにいていいんだ・・・。
ムビは嬉しくて泣きそうになった。
富も名声も何もいらない。
ただ、仲間が欲しかった。
ムビの願いはずっとそれだけだった。
ムビはようやく、自分の本当の居場所を見つけた。
———夢はもう叶った。
これからは彼女達の夢を叶えるために、全力でサポートを続けよう。
『四星の絆』にとっては何気ない日常会話に過ぎなかったかもしれないが、ムビは固くそう誓った。
彼女達は神様に愛されている。
これからAランクパーティになり、『Mtube』での人気にも火が付き、ドーム公演だって実現するだろう。
『四星の絆』の未来は、なんて明るいんだろう———。
「あっ、ようやくトンネルの出口だよー♪」
ムビ達は、光の差す出口の方へ向かって行った。
「いやー、やっとキャンプ地まで戻って来たね♪」
張りかけのテントと結界用スクロールを設置した地点まで戻ってきた。
「今日は色々あり過ぎて疲れましたね。ゆっくり休みましょう」
「そうかなー?私はどれくらい強くなったか、腕試ししたい気分だよ♪」
ユリがグルグルと腕を回す。
「確かに、レベル43の実力がどんなもんか、試してみたいよね!・・・ムビ君、帰りはステータス補助のスキルはなしで頼むよ?」
ルリが得意げに鼻を鳴らし、ムビに注文する。
「はいはい、分かりました。とりあえず、ご飯食べて寝ましょ?」
ムビが苦笑しながら二人を落ち着かせる。
「あーあー、明日が楽しみだなー♪」
ユリは頭の後ろに手を組んで、上機嫌そうに呟いた。
「———さて、食器の準備はできましたね。今日は何を食べましょうか」
「あっ、それだったら、実は・・・」
ムビはゴソゴソと保存袋を漁る。
「保存魔法の掛けられた、ドラゴンのお肉とケーキがあるんです。今日はお祝いにこれを食べませんか?」
ムビが保存袋から取り出した御馳走に、『四星の絆』は目を輝かせる。
「おぉーーーっ!なんて準備の良い!!」
「本当は明日、ダンジョン攻略のお祝いにと思って準備したんですが・・・今日で良いですよね?」
「あたぼうよーーー!!流石ムビ君、でかした♪」
ユリがグッと親指を立てる。
「流石にダンジョン内なのでお酒は駄目ですが」
「ちぇー、全然飲んでも良いのにー」
ルリがつまらなさそうな顔をする。
「まぁまぁ。それじゃあ、早速火をつけますね———あら?」
火をつけようとしていたサヨが、何かに気付いた。
サヨの視線を追うと、ムビ達とは反対側の鉱道から、魔物が一体現れた。
「もうー、ちょうどいいところで邪魔をしてー」
ユリが剣を握って立ち上がる。
「お腹減ったよー」
「パパっと倒して早くお肉食べましょう」
「ユリ―、焼いとくからねー?」
他三人は魔物を一瞥して、ドラゴン肉に視線を戻した。
「ふふっ、まぁレベル43の力がどんなもんか、試してみますか♪」
ちょうど真後ろだったムビは、皆に遅れて振り向き———
———戦慄した。
何だあいつ———。
魔物探知に、引っかからなかった??
ムビは、キャンプの準備をしながらも、魔物探知だけは常に怠っていなかった。
本来なら、数百メートル手前で探知魔法に反応がある筈だ。
それが、全く気付かないまま、接近を許した。
もう一回探知魔法を———。
駄目だ、やっぱり反応がない———。
黒いローブに包まれた、人型の魔物がそこにいた。
まるで生気を失った影のような姿をしている。
顔はローブに隠れ、全く見えない。
ムビは心臓が早鐘のように鳴っていた。
バクバクという音が脳にまで響き、思考の邪魔をする。
ムビは必死に思考に集中した。
———ゴースト探知———駄目だ、反応しない。
———幻覚探知—————駄目だ、反応しない。
———人間探知—————駄目だ、反応しない。
———動物探知—————駄目だ、反応しない。
ムビはありとあらゆる探知魔法を繰り返す。
———物質探知—————駄目だ、反応しない。
———魔力探知—————駄目だ、反応しない。
お願いだから、やめてくれ。
それだけはあってはならない。
どの探知魔法も一切反応を示さず、ムビは泣きそうになった。
「さーて、パパっとやっちゃいますかー♪」
ユリは魔物に向かって飛び出す。
レベル43のユリの動きは今までよりも桁違いに早く、ムビは反応が遅れた。
「———ユリさんっ!!!待って———」
ドス
ユリが魔物を倒した音を聞き、ルリはテンションが上がった。
「終わったかな?さぁーて、お肉ー♪お肉ー♪」
ふと、隣のムビが視界に入る。
後ろを向いたまま、顔面蒼白で固まっている。
「え、どうしたの」
シノとサヨも気付き、ふと、ムビの視線の先へおもむろに目をやる。
黒いフードから、ぬう、と伸び上がった手が、ユリの胸を貫いていた。




