第39話 決心
ミラとの決闘から2日後、『白銀の獅子』は拠点に集合していた。
「クソっ!あんなの勝てるわけないだろう!」
ゼルはテーブルを強く叩いた。
「いくら何でもチート過ぎたわね・・・」
「ムビさん加入時の調子が出たとしても、あの方にはまるで勝てる未来が見えませんわ」
「まさに、本物の化物ってやつだったな・・・ありゃあしょうがねぇ」
流石の『白銀の獅子』でも、ミラの実力を認めざるを得なかった。
「あの、ゼルさん・・・動画の編集が終わりました・・・」
連日の徹夜で目にクマができた新人が、か細い声でゼルに話しかけた。
「よし、動画を見せてみろ」
ゼルは動画をチェックする。
「なんだこの動画は!?全然安っぽいじゃねぇか!全部作り直せ!」
ゼルが怒鳴り散らかし、新人はビクっと体を震わせた。
「わ・・・わかりました・・・」
新人はまた編集部屋に戻っていく。
「ちっ・・・使えねぇなあいつ」
ゼルが舌打ちをする。
ムビが制作した動画のストックは既に底を突いていた。
ヘンリーや新人が制作した『白銀の獅子』の動画は、再生数が軒並み低下しており、コメント欄でも本当に同じチャンネルの動画なのかと叩かれていた。
低評価の数も増えており、チャンネル登録者数も増えなくなっていた。
毎日投稿も維持できなくなり、現在では週2~3回に更新頻度が減っていた。
SNSでエゴサをしてもオワコン化しているとの声が少なくない。
「ヘンリーさんが仰っていたように、動画編集のチームを組むべきではないでしょうか?」
マリーが提案する。
ゼルが焦って新人を缶詰にしているが、どう考えても限界だ。
「いや、それだと人件費が馬鹿にならない。もう少し新人のスキルアップを信じて頑張らせてみよう。俺達はチームだからな」
個人に無理なタスクを強いることが果たしてチームのやることなのかと、マリーだけが微かに考えた。
殆ど話を聞かず『Mtube』のコメント欄を見ていたリゼが、ゴリに話しかける。
「ゴリ、あんた太ったって書いてあるわよ。最近太ったんじゃない?」
皆うすうす感じていたことだった。
「そうなんだよ。腹が出てきて、腹筋が見えなくなってきてな」
「何たるんでんだよゴリ。しっかり訓練しろ」
「いや、お前だって最近輪郭変わってきてるだろゼル!コメントにも書いてあるぞ!」
ゼルはギクッとした。
実は体重が10キロ近く増えている。
「正直あたしも最近体重が増えてきてて・・・」
「リゼさんもですか。私も今朝、体重計に乗ったら見たことない数値になってまして・・・」
どうやら『白銀の獅子』全員が太ってきているようだ。
「そういや、ムビの野郎が脂肪吸引魔法ってのよく使ってたよな。しょっちゅう使ってたから体重計を見ることなんて無かったが、ほっとくとこんなに太るもんなんだな・・・」
「お酒や甘い物、食事全般を見直す必要がありそうですわね」
「えーっ!御馳走が無かったら冒険なんてやってらんねぇって!」
「私も嫌よ!酒とスイーツなしとか、考えられないわ!」
「でも、スタイルや輪郭が変わると相当見た目の印象が変わりますわよ?現にコメント欄でも指摘されていますし・・・」
リゼが口をつぐんだ。
『白銀の獅子』はビジュアルの良さも人気の理由の一つだった。
スタイルの維持は死活問題だった。
「それも大事だが、一旦、次の冒険のことを考えよう。どうする、Bランク任務にしておくか?」
通常、冒険者は自分のランク帯の依頼を受注するものだが、最近の体たらくではBランクすらも心配だった。
誰も口には出さないが、皆そのことは分かっている。
「戦闘面も大切ですが、索敵できないのもかなり面倒ですわ」
先のキングトロール討伐時も、魔物の接近に気付くのが遅れ、陣形が乱れたまま戦うことが多くあった。
また、魔物を警戒しながら進むため、ダンジョン攻略スピードが何倍も遅くなる。
「マリーが索敵魔法を使用できるだろう?」
「確かに使用できますが、ダンジョン攻略中ずっと使用し続けるならばMP消費量がかなりのものになってしまいます。恐らく回復魔法の使用頻度が半分以下になるでしょう。それに私の索敵魔法は、ムビさん程広くはなくて・・・。せいぜい、曲がり角や扉の向こうの敵の存在を探るのが限界ですわ」
「そういえば索敵魔法はムビの担当だったな・・・」
またムビだ。
あいつがいなくなったせいで、どんどん厄介ごとが増えていく。
どれだけあいつは俺達に迷惑を掛ければ気が済むんだ。
「あの・・・」
新人が部屋から出てきていた。
「何だ?動画編集が終わったのか?」
「いえ・・・。昨日アップしたミラさんのドッキリ動画が炎上しておりまして・・・」
「何だと!?」
ゼルは急いで動画を確認する。
低評価数が高評価数をはるかに上回っている。
「コメント欄を見る限り、遠方からはるばる来たミラを騙してひどいと・・・。ミラのファンから低評価と批判コメントが嵐のように届いています。それから、『白銀の獅子』の動画のクオリティが下がった理由を知ったファンがチャンネル登録を解除しているみたいで・・・。動画のクオリティを楽しみにしていたファン層が思ったよりも多かったみたいです・・・」
登録者数を確認すると、昨日より1万人減っている。
ゼルの頭に血が上った。
「すぐにこの動画を消せ!何してる早くしろ!」
「わ・・・わかりました。ただ、もう既に切り抜きがいくつも作られていて、火消しになるかどうか・・・」
「お前がこんなクソみたいな動画を上げるのが悪いんだろうが!徹夜してやっとできた動画が炎上ってどういう品質管理しているんだお前は!?責任取れ!!」
ゼルに一喝された新人は、そのままパタリと倒れた。
「だ・・・大丈夫ですか!?すぐに病院へ・・・!」
マリーが回復魔法をかけて、そのまま病院へ連れて行く。
「・・・あいつもう駄目だな。また新しい奴雇わないと」
「くそっ・・・貧弱なやつめ!せめて動画を消してから倒れやがれ!」
「ゼル、どうするの?動画の消し方、分かる?」
今まで『Mtube』のことは『動画編集者』に任せっきりだった『白銀の獅子』メンバーは、誰も動画の消し方が分からなかった。
「・・・くそっ!二人とも、急いで誰か新しい『動画編集者』を探してきてくれ!」
ゼルの指示により、ゴリとリゼは部屋を出て行く。
部屋にはゼル一人になった。
「あぁ・・・登録者数が減っていく・・・」
ゼルはどんどん減っていく登録者数を見て、心が削られる思いだった。
批判コメントもどんどん増えて、SNS上でも本格的に炎上している。
公式アカウントにも「死ね」というメッセージや殺害予告が届いていた。
もうやめてくれ。
どうしてこんなことに。
・・・全部あいつだ。
ムビのせいだ。
あいつが足を引っ張りさえしなければ、こんなことにはならなかったんだ。
ゼルはすり減っていく精神を、ムビへの怒りでなんとか埋めるしかなかった。
30分・・・1時間・・・。
チャンネル登録解除者と、批判コメント、低評価の数はどんどん増えていく。
それらを確認する度に、ゼルの心は傷付き、ムビへの怒りが増していく。
この悪循環が延々と繰り返される。
しかし、ゼルは悪循環を止めることができない。
むしろ食い入るように画面を見続ける。
頭の中で、名刺を渡してきたあの男・・・。
『両面宿儺』のノームの声が思い出される。
———このままでは皆さん、ろくでもない末路を辿るかもしれませんよ?
3時間が経過したところで、ムビへの怒りが憎しみに変わった。
すっ・・・と、ゼルの手がポケットの名刺に伸びる。
名刺に記載された連絡先を確認し、ゼルは電話を掛けた。




