第34話 フタリカラオケ
「ふえっ!?」
女性は変な声が出た。
部屋を覗かれたことは何度もあるが、声をかけられたのは初めてだ。
なんだろう、ひょっとしてヤバイ人だった!?
「私、こういう者なのですが・・・」
ムビが名刺を女性に渡す。
・・・ムビ・・・ルナプロのプロデューサー!?
「あの、本当に失礼を承知で言うのですが、隣の部屋であなたの歌を聞いていて、信じられないくらい上手いなと・・・」
勧誘だろうか?
それは無理だ、断らなければならない。
「もし良かったら、僕に歌を教えてくれませんか?」
全然予想していない提案だった。
「えっと・・・あなたプロデューサーさんなんですよね?」
「そうです。担当アイドルのアドバイスができればと、今日から歌の練習を始めたのですが・・・」
きょ・・・今日から練習してこの上手さ!?
天才じゃん!
面倒なことになる前に退店しようと考えていた女性だったが、少し興味が湧いた。
「まぁ、私に教えられることはあまり無いと思いますが、それでも良ければ・・・」
「本当ですか!?ありがとうございます!部屋代とレッスン料はお支払いしますので!」
そのまま203号室に二人で入る。
「あの・・・もしよろしければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
ムビは女性に恐る恐る尋ねる。
「あー・・・名前はちょっと・・・。203号室と呼んでください」
「わ・・・分かりました。203号室さんですね」
「えーと・・・それじゃあ、どうしよう・・・何か歌われますか?」
「いえ、203号室さんが歌われてください」
「私が歌うんですか?」
普通レッスンを受ける側が歌うものだと思うが・・・。
「俺、魔法が使えるんです。ちょっと良いですか?」
ムビが魔法を発動し、光が女性の体を包み込む。
ま・・・魔法使い!?
この人何者・・・!?
「このまま、何か歌っていただいてもいいですか」
女性はデンモクで曲を選び送信した。
そのまま1曲歌う。
同じ部屋にいると、女性の歌唱力が更に分かる。
化け物みたいな声をしていて、まるでライブ会場にいるようだった。
曲が終わり、女性を包んでいた光がムビを包む。
「僕も歌いますね」
同じ曲をムビが選んで歌う。
とんでもない歌の上手さに、ムビも女性も驚愕する。
うわっ・・・こんな感覚なんだ!
喉や鼻がめちゃめちゃ使えてるし、お腹からものすごい声が出てる!
えぇっ!私と同じように歌えてるんじゃん!?魔法って凄っ!
歌い終わったムビは、息も絶え絶えだった。
「す・・・すみません。凄いですね、こんなにエネルギー使ってたんですね・・・」
「だ、大丈夫ですか!?喉が枯れてますけど・・・」
「ゲホッ、ゲホッ・・・!大丈夫です、回復できるので」
ムビは自分の喉に回復魔法を使用する。
「それも魔法なんですか?凄いですね・・・」
「回復魔法です。ちょっとしか回復できませんが、喉のケアにはちょうど良くて」
「凄い・・・。なら、こんな感じで交互に歌いますか?」
「いえ、時間が勿体ないので、このまま203号室さんがガンガン歌っちゃってください!僕はずっと魔法の記録をストックしていきますので」
そこから2時間程、女性はムビが指定する曲をぶっ通しで歌い続けた。
ムビは女性の歌声25曲のストックを貯めることができた。
「こんなにたくさんご協力いただき、ありがとうございます!疲れてませんか?何でも注文してくださいね!」
ムビはデザートやおつまみをどんどん注文する。
30分おきに、女性の喉を回復魔法で回復させる。
「魔法って凄いですね。喉の疲れがほんと取れる・・・」
最近レコーディング続きで喉の調子があまり良くなかったのに・・・完全に回復してる。
「いや、僕にできることはこれくらいしかありませんから。こちらの方が本当にありがたいです」
女性はムビをチラッと見る。
2時間程一緒にいるが、普通に良い人だ。
陰キャコミュ障の私でも、なんとなく安心感を覚える。
「ねぇ・・・ムビさんもそろそろ歌いません?折角のカラオケですし」
「いえいえ、僕の分まで歌われてください」
「ずっと一人で歌ってもつまんない☆ムビさんも歌ってよー」
女性が頬を膨らませる。
「そ・・・そうですか?なら、僕も歌いますね」
そこからは交互に歌った。
女性はムビの歌に合わせて合いの手を入れてくる。
乗せられてムビも笑いながら気持ちよく歌える。
カラオケってこんな楽しいんだなぁ・・・。
感動したり笑ったりしながら時間がどんどん過ぎていく。
時刻は4時を超えていた。
もう他のお客さんも帰って、ムビ達しか残っていないようだ。
「203号室さん、次はこの曲を歌ってくれませんか?」
ムビは『ざっけんな』を表示する。
女性は、急に気まずそうな顔をする。
「いやー、その歌知らないんですよねぇー」
「えっ、ドアさんの『ざっけんな』ですよ!?知らない人いるんですか!?」
「えー、初めて聞きましたその曲ー」
「絶対この曲合うのに!僕が最近一番ハマってる曲なのになー」
女性はピクっと反応する。
直後、嬉しそうに笑う。
「しょうがないです。なら、『昼に駆ける』をお願いします」
「あー、この歌なら大丈夫です、オッケーです♪」
閉店時間も迫っており、そこから最後の追い込みで神曲メドレーが続いた。
大盛り上がりのまま、時刻は5時半になっていた。
「あと30分で退店ですね」
「おかげ様で50曲もストックできました!それに・・・とても楽しかったです!」
「そうですね・・・私も、とても楽しかったです」
「最後の追い込みですね!すみません、その前にちょっとトイレ行ってきます!」
ムビは203号室から出て行った。
ふぅー。
久しぶりに楽しかったなぁ。
最近は仕事やレコーディングに追われてばかりで・・・。
歌がこんなに楽しかったのはいつぶりだろう・・・。
女性は部屋の扉を開け、他の客が誰もいないことを確認する。
デンモクに、曲を入力した。
これはお礼。最後に、本気で歌うか。
ムビはトイレに駆け込んだ。
いやー、今日は本当に楽しかったなぁ。
203号室さんにはお礼を言わなきゃ。
ほんと勉強になるし、これからも仲良くしたいな。
このあと朝バーガーに誘ってみようかな。
と、ムビが思っていると、突如歌声が聞こえてきた。
~~~~~~~~~~~~~♪♪
ムビは固まった。
203号室さんが『ざっけんな』を歌っている。
しかも、音源と同じ声・・・いや、それ以上。
今までのは楽しんでいただけで、本気ではなかったのだと一瞬で悟った。
これはもう神レベルというより、神そのもの・・・。
ムビは曲が終わるまで立ち尽くしていた。
心が完全に奪われていた。
急いで手を洗って203号室に向かい、扉を開ける。
「あの!203号室さんってもしかして・・・!」
203号室には誰もいなかった。
女性の荷物もない。
ムビは急いで受付に行った。
「すみません、203号室の人って帰りましたか!?」
「あぁ、はい。先程お支払いを済ませて帰られましたよ」
ムビは支払いを済ませ、外に出て周囲を見回した。
温かい朝日がムビを包むだけで、通りには人っ子一人見当たらなかった。




