第31話 決闘のあと ~『白銀の獅子』陣営~2
『白銀の獅子』は全員、声の聞こえた方を見る。
黒いフードに身を包んだ、背の低い男が立っていた。
声から判断するに50~60歳くらいだろうか。
「なんだお前は?どこから入ってきた?」
「いやいや、申し訳ない。私、こういうものでして」
男が名刺を渡す。
「ふーん。ノームっていうのか。なになに?ギルド名・・・」
ゼルがピタリと固まり、そのまま沈黙を続ける。
「おい?どうしたんだよゼル?」
ゴリの呼びかけにも、ゼルは応じない。
名刺を見つめたまま動かない。
「・・・お前・・・これマジで言ってんのか・・・?」
「・・・?はい。普通の名刺ですが?」
「お・・・おい・・・なんか変なこと書いてあるのかゼル?」
「・・・ギルド『両面宿儺』」
ゼルの一言にゴリが絶句する。
ピンときていない様子のリゼはゴリに尋ねる。
「な・・・何のよ、『両面宿儺』って・・・?」
「伝説の暗殺ギルドだ・・・。この国の殺人と行方不明者の2割はこいつらの仕業って言われてる・・・。都市伝説だと思っていたが・・・本当に実在したのか・・・?」
ゴリの言葉を聞いてノームが笑い出す。
「いやいや。流石に2割は多過ぎます。うちは冒険者ギルドと違って、外注はしないんです。せいぜい1割ってところです」
笑いながら手を振るノームをゼルは睨みつける。
「お前、何かの悪ふざけか?『両面宿儺』だと?こんな分かりやすい嘘をついて何がしたいんだ?」
ゼルはあたりをキョロキョロと見回す。
どこぞの都市伝説系『Mtuber』のドッキリ企画かもしれない。
どこかにカメラがある筈だ。
「あらあら、信じてもらえませんでしたか。名刺より、こちらの方が良かったですか?」
言うと、ノームはフードの中から何かを取り出し、地面に放った。
放られたそれが何かを認識した途端、『白銀の獅子』は全員息が止まった。
「キャアアアァァァーーーーーーー!!!」
マリーの悲鳴が響き渡る。
地面にヘンリーの生首が転がっていた。
「まぁ、総菜コーナーの試食みたいなものです。お代金は要りませんよ?あっ、ちなみに胴体はトイレに置いてあります」
「・・・お前っ・・・俺達を殺しに来たのか・・・!!?」
『白銀の獅子』は全員戦闘体制に入る。
その様子を見て、ノームは朗らかに笑った。
「いえいえいえ、そんな滅相も無い。『白銀の獅子』の皆様は大事なお客様です。本日はビジネスのお話で伺った次第です」
「・・・ビジネスだと?」
「・・・ゼルっ!こいつの話を聞いちゃダメ!」
リゼが呪文の詠唱を開始する。
「おやおや、お静かにお願いします。私がその気になれば、10秒以内に全員絶命しますよ?」
殺気が放たれたわけではない。
だが、ノームの言葉には、信用に足る何かが含まれていた。
『白銀の獅子』の全員が滝のような冷や汗をかく。
キングトロールと一人で渡り合い、ゼルを軽く捻ったヘンリーが殺されたのだ。
構えてはいるが、殆ど戦意を失っていた。
「・・・お前の目的は何だっ!?」
「はい。単刀直入に伺います。今日の試合、無かったことにしたくはありませんか?」
「・・・なんだと?」
「私達に依頼いただけば、今日の試合を無かったことにできます。正確に言うと、『四星の絆』に不正疑惑をかけて無効試合とします。ゴネられると面倒なので、先に『四星の絆』には死んでいただきますがね」
ゼルは警戒を解かずにノームの言葉に耳を傾ける。
できるのか?そんなことが?
「闇ギルドとの関わりは犯罪だ!そんなことをすれば、俺達もギルドから追放される・・・!」
「ははは。大丈夫、バレなければ良いのです。私達が、そんな足がつくような真似をする間抜けに見えますか?」
ノームは高笑いをする。
「皆さん、つらくありませんか?悔しくありませんか?自分達をこんなに追い詰めた『四星の絆』を
許せないでしょう?私達に任せれば、胸がスカッとすると思いますよ?オプションで、死ぬよりひどい目に合わせることだって可能です」
「・・・そんなことするわけないじゃないですか!早くお帰りください・・・!」
マリーが絶叫する。
「そうですか・・・。まぁ、もしも気が変わったら、名刺に書いてある連絡先へいつでもどうぞ。・・・ただ、このままでは皆さん、ろくでもない末路を辿るかもしれませんよ?・・・それでは」
ノームは控室から出て行った。
「・・・何なのよあいつ!あんな薄気味悪い奴初めてよ・・・!」
緊張から解放されたリゼは、大きく息を吐いた。
「一刻も早く憲兵を呼びましょう!ヘンリーさんの遺体を・・・」
「皆、ちょっと待ってくれ」
ゼルが『白銀の獅子』全員に呼びかける。
「念のために聞く。あいつに依頼を出すべきだと思う奴はいるか?」
「何言ってんのよゼル?」
「いいから。そう思う奴は手を上げてくれ」
誰も手を上げようとはしなかった。
「依頼を出すべきではないと思う奴は?」
そう問いかけると、4人全員が手を上げた。
「そんなの当たり前でしょ!あんなヤバい奴に関わっちゃダメよ!」
「俺もそう思う・・・。あいつのことは憲兵に報告すべきだ」
「・・・そうだよな。皆もそう思うよな」
ゼルはすっと手を下した。
「まずは憲兵に報告だ。状況的に、俺達も容疑者になるだろうが・・・」
「ヘンリーさん・・・せめて致命傷であれば回復できたかもしれないのに・・・」
「ああ。パーティを離脱さえしなければ死なずに済んだかもしれないのにな」
ゼルの一言に、マリーは思わずゼルを見つめる。
「・・・それ、本気で言ってますか・・・?」
「冗談だよ。とにかく、憲兵を呼ぼう。ミラのことは後回しだ」
そう言って『白銀の獅子』は控室を出て行った。
最後尾のゼルは、誰にも気付かれることなく、名刺をさりげなくポケットに忍ばせた。




