第22話 ムビと『白銀の獅子』の接触4
ムビが着席してから30分程経過したところで、ゼルが全員に話を始めた。
「皆すまない、聞いてくれ。今日は、『四星の絆』のメンバーと交流を深めることができて個人的にとても嬉しく思う。ささやかだったが、差し入れは気に入ってもらえただろうか?」
「もう最高でしたーーー!!♪」
ユリとルリが同時に声を合わせる。
ゼルがにっこりと笑って話を続ける。
「それは良かった。実は、ちょっと皆に相談したいことがあるんだ。聞いてもらえるだろうか」
ゼルは一呼吸置いて、皆の注意が集まっていることを確認し、話を続けた。
「実は、『白銀の獅子』とミラ・ファンタジアのコラボが決まったんだ」
「えぇっ!?ミラ・ファンタジアってあの!?」
ムビを含め、『四星の絆』の全員が驚いた。
「そう、あのミラだ。それでミラがコラボにあたって一つ要望を出してきたんだが、うちの『動画編集者』に興味があって、会ってみたいそうなんだ」
「つまり、ムビさんのことでしょうか」
サヨが質問する。
「その通り。ミラは動画編集に悩んでいるそうだからな。恐らくアドバイスを貰いたいとかいう理由だろう。しかし、ムビは現在『四星の絆』に加入している状態だ。そこで皆に提案なんだが、『四星の絆』全員、『白銀の獅子』に加入しないか?」
「えぇっ!?私達がですか!?」
ユリが驚きの声を上げた。
「そうだ。聞けば、『四星の絆』はアイドルグループの宣伝として冒険者関連の『Mtuber』になったんだろう?チャンネル登録者数を確認させてもらったが、もうすぐ10万人だったっけ?とても凄い数字だと思うが、僕達のメンバーに加わって動画に毎回出演すれば、宣伝効果は今までの比じゃない。将来的には、『エヴァンジェリングループ』にも負けないくらいのファン数を獲得できるんじゃないかな?」
ゼルの言葉にゴリも続く。
「そうだぞ。俺達とチャンネル登録者数が同じくらいの『Mtuber』は、だいたい数万人規模のライブを開催してるぜ。『Mtube』登録者数の1~10%がライブに足を運ぶと言われているんだ。『四星の絆』は確か1000人規模のライブハウスを埋めるのが過去最高集客数だったろう?俺達のパーティに加入すれば、ドーム公演も夢じゃないぜ?」
アイドルの活動には段階がある。
まずはライブハウスなどの小規模イベント。
観客数は数百人~1000人程度で、『四星の絆』は現在この位置だ。
次に、ホール・中規模会場で観客数は1000人~5000人程度。
その上がアリーナ・スタジアムで観客数は1万人以上。
ドームはさらに上の観客数3万人~5万人で、このクラスになると国のトップアイドルや海外で活動するグループ並だ。
つまり、ドーム公演は全アイドルの夢のステージということだ。
「もちろんAランクパーティに付いて行けるかという不安があるだろうが、そこは心配無用だ。しばらくは君達のレベル上げに専念しよう。俺達がサポートし、通常君達のランク帯では到底行けないような美味しい魔物の狩場を紹介しよう。レベル30を超えるまでは君達のサポートに専念することを約束する。冒険者としてのキャリアも安泰になるというわけだ。今加入している『ルナプロダクション』は退所することになるが、君達にとっては将来の成功が約束された美味しい話だと思う。どうだろうか?」
シノがごくっと喉を鳴らす。
これまでの苦労が脳裏に浮かぶ。
いつかドームに立つことを夢見て、どんな苦労も仲間と一緒に耐えてきた。
それが叶う可能性が、今目の前に転がっている……。
しかも、憧れの『白銀の獅子』に加入できるのだ。
「ゆっくり考えて欲しい……と本来は言いたいところなのだが、何分ミラとのコラボ時期まで時間が無い。可能なら、今日か明日にでも返答をいただけないだろうか」
しばらくの沈黙が流れる。
そして、シノが口を開く。
「……本当にありがたい話なのですが、申し訳ありません。その話はお断りさせてください」
「……えっ、どうして?どこか不満なところがあるのかい?」
ゼルは最高の提案をしたつもりだった。
まさか断られるとは思いもしなかった。
「いえ。本当に私達には勿体ないくらい素敵な提案をいただいて感謝しています。ただ……」
一呼吸置いてシノが続ける。
「そのやり方だと、ファンと一緒にアンチも大量に増えてしまうんです。『妖精の囁き』というアイドルを御存知ですか?同じやり方で大型『Mtuber』に加入してアイドル活動をしました。一時の宣伝効果と流行で2~3年は人気が続きましたが、その後は伸び悩んで、結局早期にアイドルを引退したんです。大量のアンチコメでメンバーが次第に病んでしまって……。私達は、ファンと一緒に楽しみながら、できるだけアンチを作らずに活動していきたいと思っているんです」
「『妖精の囁き』は知っているよ。有名だからね。ただ、アレは正直顔も微妙だったし、マーケティング戦略のみだったからね。俺も正直、こいつらの何が良いんだ?って思ってたし。その点、君達は顔で圧勝しているし、今日交流してみて分かったけど、話が面白くてとても愛嬌がある。君達なら『妖精の囁き』と違って成功すると思うんだけどなぁ」
ゼルが食い下がる。
「ありがとうございます。でも私達、ルナプロにもお世話になっていて、スタッフの皆さんも大好きなんです。一緒に同じ夢を見て、同じ舞台に立ちたいと思って活動を続けてきました。ですから、そう簡単にルナプロを辞めるわけにはいきません」
「それに、私達は元々『エヴァンジェリングループ』に所属していて、ネット上では事務所を変えたって叩かれていますの。ここでルナプロまで退所したら、更に叩かれてしまいますわ」
サヨもシノに同調する。
「それに、私達の目指したいアイドル像があるんです」
「アイドル像……?」
シノの言葉にゼルは眉をしかめる。
「私達、今までたくさんの同期や先輩達を見てきたんです。皆夢があって、情熱があって、一生懸命努力して、その姿が本当に素敵で……。夢は自分の手で掴むもので、それがアイドルなんだって背中で教えてもらいました。アイドルは成功率1%未満の厳しい世界なので、実力があっても売れず、夢半ばでやめてしまう人が殆どでしたが、今でも輝いていた姿が鮮明に焼き付いています。ゼルさんの提案は大変ありがたいのですが、もしそうやって成功しても、彼女達に顔向けできないと私は思うんです。だからごめんなさい、パーティに加入することはできません」
ゼルは笑顔のままだが、口元が少しヒクついている。
「しかし、その結果が今の状態なんじゃないか?2年も活動して、伸び悩んでいるんだろう?本当に売れるアイドルなら、とっくに登録者数も来客数も、もう10倍は数字がある筈さ。君達のポリシーは素晴らしいと思う、そこは尊重しよう。だが、プロなら結果が全てなんじゃないか?確実に数字を伸ばす術があるなら、実行するのが本物なんじゃないかな?」
「確かに私達は伸び悩んでいました。夢や理想だけで、数字が伴っていない。プロ失格かもしれません。でも、今の私達にはムビさんがついています」
ムビは驚いた。
シノが、笑ってムビを見てくれている。
ゼルは目元をピクピクさせながらそれでも食い下がる。
「ムビだと?確か、君達のプロデューサーでもあるんだっけ?まぁ最近の『四星の絆』は動画のクオリティも投稿頻度も確かに改善したよ。でも、これは君達が言ったことにも通じるんだが、結局は演者の実力が無ければ『Mtube』の人気は続かないんだ。僕達のようにね。いくら動画編集で一時的に数字を稼げても、結局は飽きられるのがオチさ。『Mtube』はそんなに甘い世界じゃないからね。それに、ムビに頼ろうという発想自体が、君達がタブー視している、自分の実力以外の手段による数字稼ぎになるんじゃないか?それは矛盾していると僕は思うけどね」
「それは違うよ」
ムビが、テーブルに座って以降、初めて口を開いた。
ゼルの笑顔が崩れた。
「あ?」




