第204話 茶会
翌日。
ムビは王宮の前に立っていた。
リリスからの招待状を衛兵に見せ、無言で門を通される。
(以前は胸が高鳴った場所なのに、今は足がすくむ……)
ミラを殺すよう命じたのは、なぜなのか。
その理由を問うとき、リリスはどんな顔をするのか。
不安が、心の奥底で渦を巻いていた。
執事セバスチャンに案内されながら、ムビは周囲の視線に嫌悪感を感じる。
王宮内でも、ムビの悪名は広まっていた。
(友好的な人はもう、ほとんどいないんだろうなぁ……)
落ち込みながら歩いていると、気づけばリリスの部屋の前に立っていた。
「中でリリス様がお待ちです。どうぞお入りください」
「……失礼します」
ムビはドアをノックし、部屋の中へ入った。
相変わらず、豪華絢爛な部屋の装飾。
その中央に、人形のような美しさを湛えたリリスが佇んでいた。
「お久しぶりですね、ムビ様。お元気でしたか?」
「うん……。なんとか……」
にこやかで友好的な笑みを浮かべるリリス。
対して、ムビの表情は硬い。
「どうぞお座りになってください。セバス、お茶とお菓子を」
「かしこまりました」
セバスチャンは一礼して部屋のドアを閉め、ムビはリリスの対面に座る。
「予選突破、おめでとうございます」
「いや。本当に運が良くて……」
「転移先で魔物の群れに囲まれて驚いたでしょう?お父様が妙な細工をしていたみたいで。あれを切り抜けるなんて、さすがムビ様ですね」
「リリスに教えてもらった剣術が活きたよ」
「そう言っていただけると私も誇らしいです。剣はやはり実戦で磨かれるものですからね。ムビ様も剣士として、一皮剥けたのではありませんか」
「あの……リリス。聞きたいことがあるんだけど」
ムビは、意を決して切り出した。
「最後、頭の中で"ミラを殺せ"って命令が聞こえたんだ。……リリスが、ギアスを使って命令したの?」
リリスは微笑みを崩さず、答えた。
「ええ。私が命令しました。正確には第三者の介入にあたるので、ルール違反ですね。ごめんなさい」
「いや……ルール違反とかじゃなくて……」
「でも、『四星の絆』は転移先を不正に操作されていたし、これくらいの支援は許されるのではないでしょうか」
「……許されないよ」
ムビの声が低く沈む。
「確かに俺には借金があるし、是が非でも勝ちたいよ。でも、人の命を奪うくらいなら敗退した方がマシだ」
「ふふ。優しいですね、ムビ様は。そんなところが素敵です」
「そういうのはいいよ。ミラには予選ですごく助けてもらったんだ。何度も命を救われたし、仲間みたいに思ってたのに……」
「まぁ、そうだったのですね。それは本当にごめんなさい。ムビ様を傷つけてしまいましたね」
そのとき、ドアがノックされる。
「失礼します。お茶とお菓子をお持ちしました」
「ありがとう、セバス」
セバスチャンはテーブルの上にお茶とお菓子を置き、一礼して部屋を出て行った。
「ムビ様には申し訳ないことをしました。でも、私はあれで良かったと思っています」
紅茶の香りを堪能した直後、リリスが発した言葉だった。
「あと一組の脱落で予選終了という場面で、『四星の絆』のシノさんが脱落寸前。戦闘状態にあるパーティは皆無。あれ以外に、予選を突破する方法はありませんでした」
「だからって、人を殺してまで……」
「私はムビ様が優勝するなら、他のパーティは全員死んでも構いません」
穏やかな口調で発せられたリリスの一言に、ムビは絶句した。
「もちろん、いたずらな殺生は望みません。ですが二者択一ならば、私は迷わずムビ様を選びます」
「じょ……冗談だよね……?」
「冗談ではありません。ムビ様は私に何を求めているのですか?後悔?反省?それとも、謝罪?」
リリスは紅茶を口に含みながら、まるで昼下がりの雑談のように語る。
「あのとき、『白銀の獅子』のゴリは興奮し我を見失っていました。放っておけば、シノさんは殺されていたかもしれません」
「それは……そうだけど……」
「良いではありませんか。結果的にミラは死なず、『四星の絆』は予選を突破したのですから。それとも、シノさんが殺され、パーティが敗退する未来の方が良かったとでも?」
ムビは口を噤んだ。
確かに、リリスの言う通りではあるが……。
言い淀むムビを見て、リリスはニコリと微笑む。
「ねっ?もうよいではありませんか、過ぎたことは。それよりも、今後のことを話しましょう」
自然な会話の流れに感じられたが、どうにも納得がいかない。
なんだかうまく流されてしまったような気がする。
「まず、ムビ様が発見された魔王軍の遺跡についてです。本来、国が対処すべき事案でしたが、その場で対処いただきありがとうございました」
「いや、ミラたちのおかげでなんとかなったよ。俺一人じゃとても対処できなかった」
「現在、騎士団を派兵して遺跡の調査を進めています。よろしければ、遺跡で何があったのか、教えていただけませんか?」
ムビは遺跡で起こった出来事をリリスに話した。
そして、儀式で召喚された魔物の特徴を詳細に伝える。
「なるほど。どうやら、魔王軍の儀式は失敗したようですね」
「……失敗?」
「はい。ムビ様の話から察するに、呼び出された悪魔は"アモン"。最上位ではありますが、魔王軍が呼び出したかった悪魔よりも格下だと思います」
「……ちょっと待って。あいつ、とんでもない化物だったんだけど……」
「もちろん、アモンも天災に匹敵する程の力を有しています。しかし、当時の魔王軍幹部のレベルには、遠く及ばないと思われます」




