第201話 聖女ティアナ
ルリの家を後にしたムビが自宅にたどり着いたのは、午前二時。
ポストを開けると、王族の紋章が刻まれた封筒がひとつ、静かに置かれていた。
(選抜戦の連絡かな?)
家に入り、封筒の中身を確認する。
手紙が入っていた。
(差出人は……リリス……)
内容は『四星の絆』予選突破の祝福と、三日後に城へ遊びに来ないかという招待だった。
(リリスには聞きたいことがある……。行かなくちゃ)
ムビは返事の手紙を書いてポストに投函し、その日は就寝した。
◆ ◆ ◆
翌朝。
目を覚ますと、『四星の絆』のグループラインに、元気なシノの姿が投稿されていた。
「退院したよー♪」
メンバーたちが歓喜のコメントを寄せる中、明日の夜に予選突破の打ち上げをすることが決まった。
(無事に退院できて良かった……。でも、話し合うべきことも山積みだ。今後の方針も決めないと)
ムビは顔を洗って外出し、馬車に乗り込む。
向かう先は——クラナディアの大聖堂。
目的は、呪印の解呪。
(以前は、スキルの鑑定のためにルイズさんを訪ねたんだっけ)
ルイズも解呪は超一流だが、今回はモノがモノだ。
この国一番の解呪の使い手に頼るしかない。
大聖堂の頂上、99階の主。
(聖女、ティアナ様。若くして聖女に上り詰めた天才……)
どんな傷も一瞬で完治し、死者すら100%の確率で復活させる最強のヒーラー。
解呪もこれまで失敗したことがないという。
(この人ならきっと、この呪いも解除できるに違いない)
現状のムビにとって、解呪は最重要課題だ。
呪いさえなければ、ムビの力は解放される。
『四星の絆』のレベルアップを惜しみなく支援できるし、優勝する確率はグッと高まるだろう。
逆に解呪ができなければ、『四星の絆』は本選出場パーティの中でも最弱。
優勝は夢のまた夢だろう。
ムビは保存袋に3億円を用意していた。
解呪料金1億円+優先権2億円だ。
優先権がなければ、聖女に会うのは何ヶ月後になるかわからない。
(うう……また借金しちゃった……。本選通過者だから、なんとか融資してもらえたけど……)
◆ ◆ ◆
午後二時。ムビはクラナディアに到着した。
まっすぐ大聖堂に向かい、天まで聳える塔を見上げる。
(前回は95階のルイズさんのところに行ったんだよなぁ。上の階層ほど凄い人がいるって話だったけど、最上階の聖女様はどんな人なんだろう……)
相変わらず長蛇の列ができていた。
受付の神父に2億円を支払い、ムビは行列を横目に大聖堂の中へ案内された。
◆ ◆ ◆
最上階へ辿り着いたムビは、豪華絢爛な作りに目を見開いた。
下を見下ろすと、クラナディアの街が一望できた。
「ムビ様。どうぞ、中へお入りください」
従者に案内され、ムビは扉を開ける。
中は、さらに豪華絢爛な作りになっており、王城にも負けないほど煌びやかだった。
部屋の奥に装飾の施された大きな椅子があり、そこに少女が座っていた。
「こんにちは。はるばるようこそ。私は聖女、ティアナです。本日は、どのようなご用件ですか?」
朝露に濡れた白百合のような少女だった。
肩までの銀髪は、月光を編み込んだように淡く輝き、風が吹くたびにそっと揺れる。
瞳は淡い水色で、涙を含んだような潤みが常に宿っている。
まるで、誰かの痛みを代わりに感じ取ってしまうかのような、優しすぎる目をしていた。
衣装は、純白のローブに淡い金糸で聖紋が刺繍されている。
袖は広がっていて、光を受けてふわりと舞う。
「こんにちは、聖女様。ムビと申します」
「あら……あなたは、ひょっとして『四星の絆』のムビ様ではありませんか?」
ティアナは手を叩いて歓声を上げる。
「あ……僕のこと、ご存知ですか?」
「もちろんです。予選は拝見しました。本選進出なんてすごいです」
優しい表情を浮かべてニコリと笑う。
あまりいい噂は無いはずだが、友好的に接してもらえているようだ。
ムビは少し安心して話を続ける。
「ありがとうございます。実は、予選で魔物を討伐した際に、呪印が体に刻印されました。その解呪をお願いしたく参りました」
「まぁ、それは大変。今までつらかったですね。呪印を見せていただけますか?」
「はい。これです」
ムビは肩に刻まれた呪印を見せる。
ティアナは神妙な顔つきになる。
「ふむ……。強力な呪いのようですね。これはちょっと、本気を出す必要がありそうです」
ティアナが手を翳すと、光と共に杖が現れた。
マルスが聖剣を見せてくれた時と同じ光景だった。
「あっ……!聖女様、それって聖装ですか!?」
「あら、よくご存じですね。その通り、代々クローディア国の聖女に受け継がれている聖杖です。私とこの杖の力があれば、どんな呪文もたちまち解除できます」
誇らしげに胸を張り、ムビも期待感が高まる。
「では、いきますね。"聖典解呪呪文"」
祝福の光がムビを包み、呪印へと収束していく——
——パァンッ!
光が砕け散った。
「……あれ?」
ムビは肩を確認する。
呪印はくっきりとムビの体に刻印されたままだった。
ティアナを見ると、目を見開き、言葉を失っていた。
「嘘……今まで、解呪できなかったことなんてないのに……」
ムビの心は一気に落ち込み、ガクリと頭を落とした。
やはり、魔王軍の残した呪い……そう簡単には解けないようだ。
(はぁ……せっかく2億円払ったのに、水の泡……)
「ぐすっ」
鼻を啜る音がして、ムビは顔を上げた。
ティアナが涙ぐんでいた。
ムビも従者もぎょっとする。
「ごめんなさい……せっかく来てくれたのに、何の役にも立てなくて……」
ティアナは顔を手で覆って号泣し始めた。
従者がおろおろしながらティアナに駆け寄る。
「せ、聖女様!?だ、大丈夫です、こんなこともあります!……ほら!お前も聖女様を慰めんか!」
「えっ!?あ、あの……呪いが強力すぎましたね、ははは……」
「私の力が足りないばっかりに……う、うぐぅぅぅっ……!」
「貴様!聖女様を泣かせるな!」
「ええっ!?ご、ごめんなさい!」
ティアナが泣き止むまで、しばらく時間がかかった。
「取り乱してごめんなさい。解呪に失敗したのは初めてで……」
「いえ、そんな」
「あの……よろしければ、呪印が刻印されるまでの経緯を教えていただけますか?」
「わかりました」
ムビは、経緯を詳細に説明した。
「魔王軍の……そんな化物が、現代に現れるなんて……」
ティアナはしばらく物思いにふける。
「ムビさん、お代はお返しします。あの……もしよろしければ、連絡先を教えていただけませんか?」
従者が驚愕する。
「せ、聖女様……!?何を……」
「私なりになんとか解呪する方法を見つけようと思うので、解呪の見通しが立てばまた連絡させていただこうかと……」
「聖女様!こやつ一人のためにそこまでする必要はありません!聖女様は多くの人を救う責務が……」
「いえ。誰一人として、私を頼った方を見捨てるわけにはいきません。お願いします」
ティアナと従者の押し問答が続き、結局従者は押し切られた。
ムビはティアナと連絡先を交換した。
(すごっ……聖女様の連絡先を手に入れてしまった……)
「呪印のことで何か分かったら、また連絡します。本当に、力になれず申し訳ありません」
ティアナは終始ぺこぺこと頭を下げていた。
(聖女様って底抜けに優しいんだなぁ……)
ムビは大聖堂を後にし、帰りの馬車に乗った。




