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第2話 出会い

 翌朝、ムビはルミノール支部の冒険者ギルドを訪れた。

 受付のカウンターで、小さく息を吐く。


「……『白銀の獅子』の脱退申請をお願いします」


 職員は静かに頷き、端末に手を伸ばす。


「かしこまりました。ムビさん、脱退申請を確かに受理いたしました。 今後はフリーの冒険者という扱いとなりますが、次に加入を希望されるパーティはすでにお決まりでしょうか?」


「……いえ、まだ決まっていません」


「そうですか。では、ギルドの求人掲示にプロフィールを登録されますか?

『動画編集者』を募集しているパーティがあれば、追って連絡が入ると思います」


 求人募集か……。

『白銀の獅子』でのこともあるし、しばらくは一人でいたい気もする。


 けれど、ソロ活動ってことは——俺自身が演者になるってことか。

 戦闘の最中、自分でカメラ回して、編集して、語りかける?

 ……無理だよ、そんなの。


 全然自信ない。

 そもそも、戦えるわけでもないし……。


 せめて、ゼルやリゼみたいに外見が良くて、トークスキルがあればまだ……いや、それでも無理か。


 そう思いながら、ムビはため息をひとつついた。


 結局——自分に残された道は、『どこかのパーティに加入する』こと以外、何もなかった。


「えーと……じゃあ、登録をお願いできますか?」


 ムビの声は少しだけ震えていた。

 それでも受付嬢は、変わらない優しい笑顔で応じてくれた。


「承知しました。ではこちらの書類に、役職、ステータス、スキル、経歴などをご記入ください」


「……分かりました。また後で提出に伺います」


 一度席を離れたムビは、真っ白な書類を前にペンを握る。


 ——役職:動画編集者

 ——ステータス:非戦闘型

 ——スキル:力の分与《未評価》

 ——経歴:『白銀の獅子』所属(脱退済)


 何を書いても、自分の弱さと向き合うことになる。

 それでも、ムビは迷わず全てを埋めた。


 数十分後、再び受付カウンターを訪れ、書類を静かに差し出す。


「こちらで……お願いします」


 それは、小さくとも確かな“再スタート”だった。


「はい、確かに承りました」


「あのぅ……すみません」


「なんでしょう?」


「『動画編集者』の募集って、どれくらい来てますかね?」


 ギルド職員は申し訳なさそうに眉を下げた。


「そうですねぇ……。現在、動画編集者の募集は高ランクパーティからいくつか出ていますが……どこもある程度の戦闘能力を条件にしています。ムビさんのステータスでは、ちょっと厳しいかもしれません」


 ムビは肩を落としたまま、黙って聞いていた。


「低ランクパーティなら、ステータス的には合致する可能性もあります。ですが、『動画編集者』はコストが高く……低ランクの資金力では雇うのが難しいようで、募集自体が無い状態でして……」


 職員は最後に、小さくすまなさそうな声で締めくくった。


「なので……ムビさんの条件で合致する募集は、今のところ見当たりません」


『動画編集者』——

 この職業は、パーティの活動を映像に収め、編集し、MTubeに投稿することで収益を得る専門職である。


 報酬は、動画一本ごとに固定額で支払われる形式が基本となっており、 その金額は内容の複雑さ、編集技術の精度、視聴者受けを狙った演出力などによって変動する。


 シンプルな戦闘記録なら低額、 カット割りやエフェクトが精巧に施された映像は高額になる傾向がある。


 そのため、動画編集者を雇用するには、制作費と報酬を支払えるだけの余裕資金が必要であり、 実際にこの職を抱えられるのは、依頼収益が安定して高いBランク以上のパーティに限られるのが現状だった。


「そうですか……分かりました。ありがとうございます」


 ムビは小さく頭を下げた。


「ただ、ムビさんは『白銀の獅子』の元メンバーですからね。

 経歴を重視するパーティから、声が掛かる可能性はあると思いますよ」


「……ははは。そうだといいですね」


 笑ってみせたが、その声は少しだけ震えていた。


「もしパーティから声が掛かりましたら、ギルドから通知が届きますので、よろしくお願いします」


「……はい。お世話になります」


 出口へ向かう廊下で、ムビは他のパーティのメンバーとすれ違った。


「おっ、無能のムビじゃねぇか!『白銀の獅子』クビになったって噂、本当だったんだな」

「戦闘もできねぇお荷物が、次はどこ行くつもりだよ?言っとくが、うちじゃ雇わねぇからなww」

「お〜、無職の就活はつらいっすねぇ〜、ダハハハ!」


 ——言葉が、鋭利な刃のように突き刺さった。

 ムビは俯きながら、無言で歩く速度を早める。


 誰にも反論しなかった。

 誰にも反論できなかった。


 嘲笑から逃げるように——

 ムビは、光の差す出口へ向かって足を進めた。




 ギルドを出たムビは、通り沿いのテラス席に腰を下ろした。

 昼時の賑やかな空気とは対照的に、彼の表情はどこか沈んでいた。


「はぁ……」


 小さくため息をつき、視線を遠くに投げる。

 受付嬢は経歴を見て声がかかる可能性もあると言っていた。

 ——けれど、期待なんてできるだろうか。


 ゼルは、酒場で冒険者仲間と飲むたび、決まって俺の悪口を言っていた。

 この町の高ランクパーティのほとんどが、その話を耳にしているはずだ。


 さっきギルドで浴びた嘲笑が、それを裏付けていた。


「……いっそ、転職した方がいいかな……」


 苦笑しながらカップに口をつける。

 でも、ようやく手に入れた“自由”だ。少しくらい、自分の好きなことをしてもいいだろう。


「久しぶりに、魔法の研究でもしてみるか……」


 言葉にすることで、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

 このあと、魔導書でも買いに行こう——それが、今日の予定になった。




 そんなこんなで、一週間が過ぎた。


 予想通り——ムビに勧誘の声が掛かることはなかった。


 最近のムビのルーティーンは、すっかり決まりきっている。

 朝は冒険者ギルドへ行き、パーティ募集の通知を確認する。

 そして、誰からも声が掛かっていない現実を改めて受け止める。


 その後は、通り沿いのお気に入りのテラス席へ。

 魔導書を広げ、静かにページをめくる。

 陽の光と小鳥のさえずりを背景に、一日を過ごす。


「あっ、すみません。イチゴパフェ、ひとつお願いします」


「かしこまりました」


 注文を終えると、ムビは魔導書へと視線を戻す。

 精緻な魔法陣の構造式、構文の組み立て方、古代語の解読ページ——

 どれもが、心を落ち着かせてくれる存在だった。


「……やっぱり魔法の研究してると、心が静かになるなぁ」


 嫌なことも、少しずつ遠くへ流れていく気がする。


 陽気な昼下がり。

 さわやかな風が通り抜け、小鳥のさえずりが耳にやさしく届く。

 テラスの席には適度な陽射しが差し込み、パフェの甘い香りがふわりと漂ってくる。


 ——ムビは、この一週間、一人の時間を静かに、穏やかに、満喫していた。


 この店の絶品パフェ——コスパ最強の800円。

 ムビはすでに、チョコ味もレアチーズ味も抹茶味も堪能済みだった。


 さて、今日はイチゴ味。

 果たしてどんな味なのか……へへへ……楽しみだ。


 そんなことを考えていたその時、テーブルに一羽の鳥が舞い降りた。

 鮮やかな羽を揺らしながら、足には羊皮紙と小さなペンを括りつけている。


 鳥はムビの前にそっとそれらを置き、くりくりとした瞳で確認を促す。


「……なんだ、これ」


 ムビが羊皮紙を手に取ると、そこには見覚えのある紋章が描かれていた。

 ——冒険者ギルドの正式な印章だった。


「なるほど……これが通知方法なのね……」


 羊皮紙に目を通してみると——

 どうやら、ムビと面談したいパーティが現れたらしい。


 パーティランクは、E。

 名も知らぬ、小規模な新人パーティだった。


 紙には、面談希望日を記入する欄と、参加の意思を示すチェック項目が添えられている。


「……良かった……」


 ムビは小さく、胸の奥で安堵の息を漏らす。

 これで、少なくとも転職はしないで済むかもしれない。


 とはいえ——Eランクか。


 高ランクに比べて支援は乏しく、戦力も不安定。

 そもそも、動画編集者を雇う余裕があるのかどうかも怪しい。


「大丈夫かなぁ……」


 呟いたその声は、ほんの少しだけ、甘いイチゴパフェの香りに溶けていた。


 ——普通なら、あり得ない。


 Eランクパーティが『動画編集者』を雇うなんて話は、まず聞かない。

 Eランク依頼の報酬はせいぜい一件につき一万円程度。

 それに対して、動画編集者の報酬は一本あたり数万円から十万円。

 企画付きの映像ともなれば、さらに単価は跳ね上がる。


 つまり、雇えば確実に大赤字になるはずだった。


「……まさか、ピンハネ屋じゃないよね?」


 不安がじわりと胸を締め付ける。

 このランクには、報酬の不当な分配や書類上の架空人員など、不正が横行しているケースもある。

 現に、Eランクはゴロツキ率が高いというのはギルド職員も認めているほどだ。


 それでもムビは、羊皮紙の「面談を受けますか?」という欄に視線を落とし——


 藁にもすがるような思いで、静かに「Yes」に丸をつけた。




 二日後、ムビはギルド施設内の面談室の扉の前に立っていた。


 ——うぅ……緊張する。

 怖い人だったらどうしよう……。


 心臓の音を抑えながら、ムビは意を決してドアをノックした。


 コンコンコン。


「どうぞー」


 聞こえてきたのは、意外にも柔らかく若い女性の声だった。

 その響きに、ムビは少しだけ肩の力を抜いて扉を開けた。


「失礼します。こんにちは、ムビと申しま——」


 言葉が途中で止まる。


 そこには——

 信じられないほどの美少女たちが、4人、整然と並んで座っていた。

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