第196話 『ドラゴンテール』のレベル
「ああ、僕のレベルかい?312だよ」
「さんびゃくじゅうに!?」
ムビの手が止まる。
予想を遥かに超える数値だった。
「ははは。まぁ、レベルだけなら参加者でも一番だと思うよ。レベル300を超える冒険者は、国内では僕だけじゃないかな?」
マルスは得意げに笑みを浮かべ、決め顔でドヤる。
「あの……他の皆さんも、聖装を持っているんですか?」
「ああ。パーティ全員、聖装持ちだよ。レベルも、全員250は超えているかな」
(シンラさんたちでも200なのに……。基礎パラメータは、シンラさんたちよりもかなり上ってことか……)
「ふふふ……。その顔は、聖装が欲しいって顔だね?」
「あ……いえ、その……」
「いや、無理もない。当然の反応だよ。ただ、聖装は神代の遺物で、現代の技術では製造不可能。ゆえに、入手は困難を極める。誰も見つけていない古代遺跡を発掘するくらい難しい」
古代遺跡なら先日見つけたが。
とはいえ、二度目の発見をする自信はとてもない。
「マルスさんたちは、どうやって四つも聖装を?」
「うーん、実はちゃんと探して見つけたのは1つだけなんだ。3つは、僕とユーゼンとロウターの家に代々家宝として保管されてたんだ。それをこっそり持ち出してね。バレたらタダじゃ済まないだろうな、ははは♪」
さらっととんでもないカミングアウト。
「だから、あまり見せないようにしてるんですね……」
「ははは、バレたか。あまり広めないように頼むね?」
マルスは人差し指を立ててウィンクする。
しかし、よりにもよって『Mtuber』にそんな大事な秘密を暴露するのか……。
「ドラゴンテールの秘密」なんてタイトルで動画を出せば、万バズ確定なのだが……。
「大丈夫なんですか?そんな大事な秘密を簡単に話して。俺、一応世間的には犯罪者なんですよ?」
「それは大丈夫さ。シノの友人が、悪人なはずないだろう?」
屈託のない笑顔。
いい加減なのか、それともシノへの信頼が絶大なのか。
「まあ、聖装は確かに強力だけど、今の『四星の絆』にはまだ必要ないと思う。ムビ君はともかく、他のメンバーはまだまだレベルアップが必要だ。聖装の入手は、全員が臨界者になってからでも遅くないさ」
気づけば、マルスはデザートを平らげていた。
「さて、そろそろ時間だ。僕は行くけど、最後に一つだけいいかな?」
「はい、何でしょう?」
マルスは声をひそめる。
「……ムビ君って、『四星の絆』の誰かと……付き合ってたりする?」
「えっ?もちろん、そんなことないですよ?」
「なら良かった……。もう少し具体的に聞くけど、シノのこと、好きだったりする?」
マルスの表情は真剣そのものだった。
「いや……俺、プロデューサーなので、そういう風には……」
「そっか……。いやね、ここだけの話、僕はシノのことが好きなんだ」
ムビはジュースを噴き出しそうになった。
薄々そんな気はしていたが、初対面の人間にここまで言えるメンタルにムビは感服した。
「実は一つ、ムビ君にお願いがあって……。もしシノに気が合ったら申し訳ないんだが、シノのことは譲ってくれないか?」
「譲るも何も、シノさんとは何もないですし……」
よくよく思い返してみると、全く何も無かったわけではないけれど……。
しかし待てよ?
アイドルのプロデューサーとして、恋愛を許可するのはどうなのだろうか?
個人的には、アイドルだって恋愛していいと思うのだが……。
「もう一つ。これは男として、大変情けない申し出なんだが……。もしも、もしもだよ?シノに迫られても、断ってくれないか?」
「何の申し出ですか!?」
マルスは最強の冒険者とは思えないほど腰を低くしていた。
「いや、これほんと切実な願いなんだ……。な?頼むよ。このために君には色んな情報を提供したんだ。そうだ!なんならここのご飯代も僕が出すよ!」
えらく気前がいいと思ったら、意味不明な下心が見え隠れした。
「そんな約束、必要ないですって!」
「いーや!約束してくれ!じゃあ僕はもう行くから!今日は楽しかった、またご飯に行こう!お代は払っておくからね!?払ったら約束成立だからね!?じゃあね!」
猛烈なスピードでマルスは店の外に出て行った。
ポカンと口を開けたムビが一人残され、とりあえずまだ半分残っている料理を口に運んだ。
◆ ◆ ◆
「あっ、ムビさん、お帰りなさい。ずいぶん遅かったですね」
「ただいま。マルスさんと、ちょっと話し込んでて」
「マルスったら、お喋りですからね。ごめんなさいね、ムビさん」
昼食を終えたムビは、シノの病室を訪れていた。
カーテンが風に揺れ、シノはベッドの上で読書をしていた。
「そういえば、ムビさんと会うのは数日ぶりですね。まだ言えてませんでしたが、予選突破、おめでとうございます」
「シノさんの頑張りのおかげです。しかし、ほんとよく突破できましたよね。転移でみんなバラバラになったのに」
「そう、それ!本当に信じられないですよね!」
二人は時間を忘れて語り合った。三日間の出来事を、思うままに。
つらいことも多かったはずなのに、シノは手を叩いて笑っていた。
その笑顔を見ていると、ムビの中の疲れや悩みが、少しずつほどけていく気がした。
「あー、いっぱい笑いました」
気付けば外は夕暮れ時。
冷たい風がカーテンを揺らす。
「昨日は、ずっとマルスさんと一緒だったんですか?」
「そうなんです。目を覚ましたら、病室にマルスがいて。大丈夫って言っても全然帰らなくて」
「そうだったんですね。二人は仲が良いんですね」
「ただの幼馴染ですよ。昔から心配性で……って、何ですかその顔は?」
ムビはニコニコと笑っていた。
「いやぁ、こういうの“てぇてぇ”って言うのかなぁって思って」
シノとマルスはお似合いだ。
仲睦まじい二人を想像すると、ニヤケが止まらない。
「あの……マルスはただの幼馴染で、それ以上のことは何もありませんよ?」
「ふふふ。そうなんですねぇ」
緩みきったムビの笑顔に、シノは眉をひそめる。
「もしかして、マルスに変なこと吹き込まれました?」
「えっ……?いや、別に何も……」
不意に図星を付かれ、動揺したムビをシノは見逃さなかった。
「ふーん……マルスは何と?」
「い、いや、ホントに何も……」
シノの目が細くなる。
「もしかして、婚約の話、聞きました?」
「えっ!?婚約!?」
想像以上の進展に、ムビは驚いた。
「それは聞いてなかったんですね。まぁどうせ、似たようなものでしょう?」
「は、はい……。シノさんのことが好きだから、譲ってくれと……」
シノは溜息をつく。
「あの……シノさん。それで、どうするんですか?」
「何がですか?」
「その……婚約の件、です……」




