第195話 聖装
「あっ、ムビさん」
病院着姿のシノが、包帯を巻いた頭を揺らしながら朗らかに声をかけてきた。
「君は確か……ムビ君だね。ちゃんと話すのは初めてだね。『ドラゴンテール』のマルスです。よろしく」
マルスは爽やかな笑みを浮かべた。
ゼルのような外見だけのイケメンとは違い、言葉の端々や表情から、内面の誠実さが滲み出ている。
「あっ、『四星の絆』のムビです。どうも……」
人見知りが発動し、ムビはペコリと頭を下げることしかできなかった。
マルスの自然な振る舞いと比べて、自分の陰キャぶりが少し恥ずかしくなる。
「昨日の夜はユリさんがお見舞いに来て、今朝はサヨさんがお見舞いに来ていたよ。君にもぜひ、会いたかったんだ」
「は、はぁ……」
一体マルスはいつから病室にいるのだろう。
もしかして、シノが入院してからずっと付き添っていたのでは……?
「マルスは幼馴染なんです。予選で偶然再会して、一緒に行動していたんです」
「そうだったんですね。シノさんを助けてくださって、ありがとうございます」
「いや……肝心なときに助けられなかった。離れてしまったことを、今でも後悔してる」
マルスの表情が一瞬、陰りを帯びる。
「ところでシノさん、具合はどうですか?」
「はい。もうすっかり良くなりました。明日には退院しようと思います」
「それは良かった……」
ムビは安堵しつつも、どこか引っかかるものを感じていた。
シノは以前も、仲間に心配をかけまいと強がっていたことがある。
ネット上では、シノの切り抜きが拡散されていたが、あれで“平気”なはずはない。
「無理しちゃダメだよ。シノはいつも強がるから。悩みがあったら、医者に遠慮なく相談するべきだ」
「う……うるさいなぁ!本当に大丈夫だってば!」
頬を膨らませるシノ。
その素直な感情表現を、ムビは『四星の絆』以外の場面で初めて見た。
マルスも、シノのことをよく理解しているようだ。
二人の距離感が、自然と伝わってくる。
「さて。僕はパーティの集まりがあるから、そろそろ失礼しようと思う。その前に、ランチでも食べようかな。ムビ君、よかったら一緒にどう?」
「えっ……俺ですか!?」
「うん。シノがいつもお世話になってるし、ゆっくり話してみたくてね」
◆ ◆ ◆
ムビはマルスとともに、近くのレストランに入った。
「いやー、光栄だね。『四星の絆』のムビ君と食事できるなんて」
「いえ……俺の方こそ光栄です。『ドラゴンテール』のマルスさんとご一緒できるなんて」
「ははは!そう言ってもらえると、僕も鼻が高いよ♪」
マルスは実に気さくな人物だった。初対面とは思えないほど、次々と話題を振ってきて、ムビは料理に手をつける暇もないほどだった。
気づけば1時間が経ち、ムビは『四星の絆』に加入してからの出来事をほぼ語り終えていた。
「なるほど!シノから聞いていたけれど、ムビ君は本当に頼りになる人だね」
「いえ、そんなことは……」
「謙遜しなくていい。君とミラがいなければ、遺跡の化物とやらは討伐できなかっただろう」
ムビはようやく料理を食べる隙を見つけ、ハンバーグを一口食べることに成功した。
料理はまだ半分残っている。
冷め切ってしまう前に、マルスに話させ続けなければならない
「マルスさん。『ドラゴンテール』は、なぜそんなに強いんですか?戦闘を拝見しましたが、臨界者の域を遥かに超えていたと思います」
いかに臨界者とはいえ、Aランクパーティ100人を蹂躙するなんて到底不可能だ。
何か秘密があるに違いない。
「そうだね……本当はあまり話したくないんだけど、シノがいつもお世話になっているからね。ムビ君には特別に教えてあげよう」
マルスは最後の一口を食べ終え、紅茶を口に含んだ。
あれだけ話していたのに、いつの間に食べ終えたのかとムビは驚いた。
「人間のレベルは100が上限。そこに到達した者は“臨界者”と呼ばれる。これは常識だ。でも、実はその壁を超える方法がある」
「人間性の喪失、ですか?」
マルスは目を見開いた。
「正解。よく知っていたね」
「いえ。シンラさんたち……ミラのパーティの方から聞きました」
「なるほど。彼女たちは亜人だから、当然知っているだろうね。彼女たちは、生まれながらに人間性を半分喪失している、と言える。だから、レベル上限100を超えて、人間では到底到達できない強さを身に着けることができる」
マルスは紅茶を飲み干し、静かに続けた。
「でも、人間でも後天的にその壁を破る方法がある。“聖装”を装備するんだ」
「セイソウ……ですか?」
ムビは初めて聞く言葉に、ハンバーグを口に運ぶことを忘れた。
「"聖装"とは、神の力が宿った装備品のことさ。装備者は人間の領域から逸脱した存在になり、レベル上限がなくなる」
「上限がなくなる……?引き上げられる、ではなく?」
「その通り。亜人のように、レベル上限が200になる、というわけではない。魔物と同じように、レベル上限という概念自体がなくなるんだ」
レベル上限がない……。
無限にレベルを上げられるなんて、夢のような話だ。
「その……マルスさんは、"聖装"を装備しているんですか?」
「ああ。常に装備しているよ」
ムビはマルスの装備を見回す。
盾も鎧もない。
剣は持っているが、それが“聖装”なのだろうか?
マルスはムビの視線に気づき、笑った。
「ははは。これは、普通の剣だよ。いや、これも結構高価な剣ではあるんだけど。"聖装"ではないかな」
「……ちなみに、どれが"聖装"なんですか?」
「ふふ。本当は秘密なんだけど、特別に見せてあげよう」
マルスが手を翳すと、眩い閃光が走り、手中に剣が現れた。
凄まじい魔力が空気を震わせる。
「聖剣ファフニール。普段は僕の体内に魔力の粒子として隠れている」
「す……すごい魔力ですね……。これが聖剣……」
「"聖装"は全て、持ち主の体と融合するんだ。持ち主の体は強化され、市販の装備品に身を包むよりも体が頑丈になる。だから、"聖装"を装備することができれば、他の装備品なんていらなくなるんだ。あまり見せびらかしたくないから、剣だけは別のものを持ち歩いているんだけどね」
(なるほど、だからマルスさんはこんなに身軽なのか)
「あの……ちなみに、マルスさんのレベルって……いくつなんですか?」




